第15話 共生都市

 再び市庁舎を訪れたシドウとティア。

 通されたのは執務室ではなく、立派なソファとテーブルのある応接室だった。

 そして二人の前に現れた人物は、市長ではなかった。


「お二人とも、今回の件ではお世話になりました」


 と、丁寧な挨拶をしてきたのは、黒い髪をしっかりと決めた中年の男性だった。

 二人にとっては初めて見る人物だ。


「あれ? 市長は?」

「市長は……昨日朝、アンデッド化したシーサーペントの襲撃で亡くなりました。当面は副市長の私が市政を担当します」

「ええっ⁉︎」


 ティアは率直な疑問を述べただけだったのだが、衝撃の事実が言い渡された。

 シドウも驚く。


「亡くなったって……どういう、ことでしょうか?」


 昨日朝の襲撃場所は、汚染源の工場などがある工業地域のエリアだった。市長の家がそこにあったなどとは聞いていない。時間的にも、市長は庁舎で仕事をしていたはず。

 なぜあの襲撃で死亡するのか。

 腑に落ちず、シドウは副市長に詳しい説明を求めた。


「市長は、汚染源と特定された工場で、朝から経営者と祝杯を交わしていたそうです」

「祝……杯……?」

「はい。シーサーペントの討伐で工場が続けられることを祝って、ということでしょうね」

「……」


「もう故人ですので深く調査はされないと思いますが、もしかしたら、市長は工場の経営者とあまりよろしくない繋がりがあったのかもしれません」




 * * *




 市庁舎を後にしたシドウとティアは、宿屋で荷物をまとめ、冒険者ギルドへもう一度挨拶をすると、そのまま都市の北口に向かった。

 そこで駅馬車に乗り、港湾都市イストポートに別れを告げた。


 結局、わずか数日間の短い滞在だったが……。

 あまりにも、色々ありすぎた。


 馬車の外、流れていく広野を見ながら、シドウはついボヤいてしまう。


「しばらくこの都市には来づらくなってしまったかもしれないな」


 いちおうは、「凶暴化して街を襲った海竜シーサーペントを倒した冒険者」ということになっている。

 だが、ドラゴン姿も少なくない人数に見られており、おそらく噂も広まっている。


 今後この都市では、普通の人間扱いされる可能性が極めて低い。

 都市側としても「またいつでも遊びに来てください」とは思っていないだろう。

 イストポートにはしばらく出入りしないほうがよさそうだ。


「でも、よかったじゃない! 副市長もシドウの話をちゃんと聞いてくれたし。もう同じような事件は起きないんじゃないの?」


 左隣の席でシドウのボヤキを拾ったティアが、長い黒髪を風でなびかせながら、そう言う。


「そうだね。それは少し、いやかなり安心したというか……」




 シドウは先ほどの市庁舎での面会を思い出す。


 約束なしの突然の訪問だったが、副市長はシドウとティアの話を聞いてくれた。

 その丁寧な態度からは、やはり多少の敬遠感はあった。だが、真剣に聞こうという気はたしかに感じられた。


 シドウはあまり弁が立つわけではない。だが、一生懸命に、話した。


 シーサーペントの生態について。水循環や生物濃縮について。

 あのシーサーペントがどんな立場で、そしてどんな思いで港に来ていたか。

 頑張って伝えた。


 また、この都市とシーサーペントの関係についても、思うところを伝えた。


 人間が登場するずっと昔からこの世界に存在していた海竜、シーサーペント。港湾都市イストポートが誕生してからも、特に介入してくることもなく、じっと人間の都市の発展を見続けてきた。

 そして人間のほうは、海の最強生物シーサーペントがいる海域で、安全に漁をおこなうことができた。人間にとっては、海での活動を助けてくれていた存在だ。


 つまり、このイストポートは、海竜と共生し、海竜に守られていた都市でもあったとも言える。

 それを軽視して一方的に関係を解消するようなことがあれば、想像もつかないような大きな問題が起こってくるかもしれない。


 そして毒物については、海産物を利用する人間にも生物濃縮の影響は出てくる。

 今回のように、海の生態系の頂点に君臨する生物からメッセージを出してきてくれたことは、むしろありがたいと思わなければならない。


 今後同様の事態が起こった場合は、共用語を理解できる冒険者を通訳として、できるだけ謙虚に対話してほしいとお願いした。


「あなたはこの都市のために戦ってくれました。この都市として、恩人の言うことを無下にはしない。かならずこの先、あなたの言うことを市政に反映させると約束しましょう」


 そのような副市長の力強いコメントからも、手ごたえは感じた。

 もう同じような事件は簡単には起きないだろう。




「あの死んだシーサーペントも、ちょっとは浮かばれるのかな、と思うよ」


 シーサーペントは高い知能を持つ。

 人間とやりあえば自身が死ぬであろうことは、十分に予想できたはずだ。その覚悟を固め、それを家族にも伝えていたに違いない。

 そうでなければ、あの死に際の潔さや、そしてピヨピヨの母親が「後は頼む」と言っていたことの説明がつかない。


 あらためて、あのシーサーペントの死が無駄にならなかったことは大きい。

 シドウはそう思った。


「まあ……殺した張本人である俺に、そんなことを言う資格があるのかはわからないけど」

「ほらほら泣かない泣かない」

「泣いてない」


 ティアが右手で背中をさすってきたので、シドウはそれを引き剥がして抗議した。


「でもそうやってすぐ暗くなるのは悪い癖だよ? たまにアンデッドに見えちゃう」

「その例えは酷いと思う」

「だって、服ダサいしマザコンだしオタクだし露出狂だし、すでに救いようがないんだからさ。せめて明るくないと」

「……」


「あ!」

「今度は何」

「アンデッドといえば。シーサーペントのアンデッド化って、結局シドウはどう考えてるの?」


 新しい悪口でも考えついたのかと思ったシドウだったが、そうではなかったようだ。


「ああ。まあ、自然にアンデッド化はしないと思うから、誰かがやったということになるけど。わからないことが多すぎて、なんとも……」


 その点は、謎が多く残っている。


 シーサーペントと交信していたという人物。死体をアンデッド化した人物。

 同一人物なのか別人による犯行なのか、それは不明だが、容疑者が捕まったとは聞いていない。


 ただのイタズラだったのか、何か意図があるのか、それはわからない。

 だが、今回の件は市長をはじめ死者が多数発生している。決して許される行為でない。


「チェスターの森の上位アンデッドの件といい、なんかきな臭い感じがするのよね」


 腕を組むティア。シドウもそれには同意だった。






(一章『小さき魔物 - 海竜と共生する都市イストポート -』 終)

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