第2話

「ルナ・シュティーリンを我が妻に迎え入れる!」

 堂々と胸を張り、セラルの声は村に響き山に反響した。ルナはその場に座り込み呆然としていた。耳が遠くなるような感覚になり、リンシャの言葉が耳に入ってこなかった。

「ルナ、こっちに来なさい!」

 リンシャが直ぐ様駆け寄りルナの手を引いて、セラルから離して耳を隠すように抱き締めた。ティルは激怒し、セラルの胸ぐら掴み上げた。

「ふざけんな、そんなの父として認める訳ないだろ! とっとと出て行け!」

「こんな不自由な所から抜け出すチャンスを我は与えたのだ! 親ならば、子に自由を与えるもんではないか!」

「俺が認めた男以外ルナには触れさせん。家族が作った野菜を誉めてくれたのはありがたいが、お前にルナは預けれない。帰ってくれ」

 セラルを離し、ルナに寄り添うルリナとリンシャを連れてティルは家へ向かった。

 大広場を離れ、家が見えた時ルナの足が止まり細々強い声でティルを呼んだ。

「お父さん……私……嫌だ……嫌だよ……結婚なんてしたくないよ」

 顔色は悪く、体は細かく震え自分を抱き締めていた。よっぽどの嫌悪感と恐怖感に襲われたのか鮮明に家族が捉えた。

「そんな事は絶対にさせない。家族を守るのが父の役目ならルナを絶対に守ってみせる」

「お父さん……」

「さぁ、帰るぞ。まずは汗を流さないとな」

「うん、そうだね」

 ルナは父の手を掴むとしっかりに握り返してきた。

 家に着いた途端にルナは着替えを持ち、脱衣室に向かうとシャワーが流れる音がシンと静まるリビングに小さく響いた時、ドアのノック音が聞こえティルが直ぐ様開けた。

「ティルさん……ルナは大丈夫ですか?」

「今シャワーを浴びせさせ一人にさせるつもりだ」

「そうですか、俺も協力するから負けるなって事ルナに伝えて下さい」

「分かった、ありがとうファルンくん。いつもルナがお世話になってて」

「とんでもないです。幼馴染っていうより妹みたいなもんですから」

「そしたらルナはこう言うな。ファルンの方が弟だよ! ってね」

 そういうとファルンは笑い、ティルの頬も上がった。

「確かに、ルナなら必ず言いますね。それでは、俺も一旦帰ります。ルナにお願いします」

 ファルンは綺麗な動作で会釈をして行き、ティルはその背かを見つめていた。

「いい、幼馴染を持ったな。ルナ」

 感謝の気持ちをし、ドアを閉じて心配そうに見つめるリンシャに微笑む何事もなかった事を察したのか安堵の息を吐いた。ルリナもそんな二人を見てざわついていた心が静まるが、セラルが村を訪れて三日後事態は思わぬ方向へ進んでいった。







 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄






 あれから三日後、大広場はセラルが現れた時と同じ位騒ぎが起きていた。その中でファルンが村長に向かって激怒していた。

「結婚を認めたってどういう事なんですか!」

「その通りだファルン。セラル殿と二人きりで話し、村長の立場で結婚を認めた」

「そんなのティルさんが納得する訳ないじゃないですか!」

「だか、これは決定事項だ。それに、結婚を認めれば経済的な支援をしてくれるとセラル殿は言った。これは村を繁栄させるチャンスなんだ」

 村長の言葉が頭の中で何度も再生された。そして、ファルンの口から呟くように小さな声だった。

「それって……ルナを売ったって事じゃないですか……」

「お前がルナに抱いてる気持ちは理解している。だが、この村には活気が必要なんだ。分かってくれ」

 ファルンの怒りは頂点を越えると村長に飛びかかると地面に押し倒し、胸ぐらを掴んだ。

「そんなの理解できねぇよ! ルナがどれだけ怖くて震えていたか分かるか!」

「ファルン落ち着け!」

 複数の大人が村長から引き離す。

「俺は幼馴染としてルナを守る。こんなの認めないからな!」

 大広場からルナの家に目掛けてファルンはひたすら走った。脳裏流れる村長の言葉を吹き飛ばすように、走る速度が上がるとルナの顔が浮かび上がる。

「ルナ。絶対に守ってみせるからな!」

 拳を強く握り、さらに足を早く回転させる。気付けば、ティルが所有する畑の敷地に入っており、一度止まり辺りを見渡す。

「はぁ……! はぁ……! いた!」

 広い畑でも十分に目立つ赤髪を見つけ、畝を踏まないように気を付けながら近寄った。

「ティルさん! ルナ!」

 険しい表情のファルンとは逆に、収穫した野菜を見せつけて無邪気な笑顔を見せるルナがいた。ファルンに気付いたのか採ったばかりの野菜の出来栄えを自慢するように見せつけてきた。

「あっ! ファルン見て、私が植えたアスパラこんな立派になったよ!」

 大きさを比較するように顔の真横にアスパラを持ってく。ここに来た理由をルナに伝えるのは避けたかったファルンはいつも通りに接した。

「おぉ、スゲェな。今度味の感想教えてくれよ」

「任せといて、それよりファルンどうかしたの?」

「え、あ、いや……その」

 返事に戸惑いっていると何か察したティルが助け船を出した。

「ルナは収穫の続きをしてくれ、ファルンくんと二人で少し話したい事がある」

「えー、なにそれ?」

「男の秘密だ」

 ブー垂れるルナの頭を撫でてファルンは手招きするティルに着いて行くと、農具が置いてある小屋だった。

「ルナの事だろ?」

 既に何の話か分かっているようにティルの表情は険しくなった。村長という立場で結婚を認めた話をした。

「なん……だと……! あの男は帰ったんじゃないのか!?」

「それが、ずっと居座り続けたらしいくて、それに迎えの馬車も明日の朝には村に到着して……ルナを……」

「そんな馬鹿げた話があってたまるか、直接話をしてくる!」

 小屋から飛び出すティルだが、扉の前にはルナが立っていた。

「なに……その話? どういうことなの……」

 目が見開いた状態でファルンにゆっくりと近づく、その表情に目を反らす事しか出来なかった。

「聞いてたのか?」

「だって、ファルンいつもの様子違うし……」

「ルナ……。悪いがこの話は本当だ」

「そう……なんだ。みんな、私の事を売って、お金を優先するんだ……」

「ち、ちがっ! 俺は必死に止めようと……」

 ファルンがルナの手を掴もうとした途端手を弾いた。初めての事にファルンの脳内が真っ白に染まり、弾かれた手を擦った。

「ル……ルナ?」

「帰って、もう聞きたくない」

 その言葉を最後にルナは一滴の涙を飛ばし、走るように家に帰った。それを何も出来ずに、ただ見送るように立ち止まっていたファルンは、爪が皮膚に食い込み、出血する程の力で拳を握った。

「……もう決めたのに、アイツを絶対に泣かせないって決めたのに……! チクショぉぉぉぉぉ!!」







________






 家族が全員寝ている深夜。ルナはいつものようにナナルの布団から目を覚まし、用意してあった服を手にして、肌寒さを感じぶるりと震え早めに着替えた。

 机の上に置いてあった一つのペンダントと家族へと手紙を手にして部屋を出る。

 実家の風景を脳裏に焼き付くすように部屋の隅から隅、家具の置き場を意識して見ると思い出が一つ一つ鮮明に流れる。涙が出そうになるのを必死に抑え、ルリナの部屋に静かに入る。

 天使のような寝顔を見つめ、頬にそっと手を添えた。

「ルリナ……ごめんね、知らない内に居なくなっちゃって……。これ、お兄ちゃんと同じだけど受け取って」

 開いている手のひらに自分で作ったペンダントを握らせる。

「ダメ……! 泣かないって決めたのに……!」

 込み上がってくる涙は抑える事が出来ずにポロポロと落ちてルリナこ頬を濡らす。

「ねぇ……ね……」

 寝ているルリナから呼ばれてビクリと体が跳ねる。ソッと顔を見ると瞼は閉じていた為に寝言と分かり一安心したが、涙の量は増える一方で耐えきれず逃げるように部屋を出た。

「バイバイ……ルリナ」

 最後にテーブルの上に家族に向けた手紙を置いてルナは振り向く事なく、ドアノブを回し暗やみに消えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

剣人使いとロストフレール しんしま @sinsima1104

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る