剣人使いとロストフレール

しんしま

第1話

「うぐっ、うぅ……お、にぃちゃん!」

「にぃに……!」

 清々しい朝とは逆に、騒がしい泣き声が家の中に響いていた。ルナは玄関で苦笑いを浮かべる兄、ナナルの胸に顔を押し付け泣き叫んでいた。太ももあたりでは、末っ子のルリナもルナと同様に涙を流していた。

「そんな泣くなって、絶対に戻ってくるって言ったろ? ルナ、ルリナ顔を見してくれよ」

 ナナルは膝を曲げて二人と同じ視線になると、ポケットからは二つの赤い宝石が眩しいペンダントを取り出し、静かに付けた。

「見てごらん」

 そういわれ、二人は袖でゴシゴシと涙を拭い、開くと、そこには三兄妹の写真が入ってあった。

「もし寂しくなったらこれを見て思い出せばいいさ、俺はお前らの心の中にいるし、お守りみたいな物だ」

「お兄ちゃん、帰ってくるよね……?」

「勿論、お兄ちゃんが嘘付いたことあるかい?」

 二人は直ぐ様首を横に振った。

「立派な剣人使いになったら帰るから、それまで父さんと母さんの手伝いとかしてるんだぞ」

「うん、うん。そうする。私だってお姉ちゃんだから」

「よし、いい子だ。それじゃあ父さん、母さん。行ってきます」

「おう、行ってこい」

「気を付けて、ナナル」

 両親に笑みを見せ、抱き付く妹達を離そうとしたが、最後に強く二人を抱き締めた。頬を流れる涙を見られないようするために。

「元気でな、二人とも……」

 力強く最後に抱き締め、ナナルは玄関を開けて家を出た。その見えない背中を見続けていたら、母親であるリンシャが突如声を上げた。

「あの子……弁当忘れてる……」

「ったく、アイツらしいな。ルナ、ルリナ、ナナルに届けてあげて来な」

 ルナは弁当を持ち、空いてる手でルリナを手を掴み、兄の背中を追いかける為に扉を開けると、強い日差しが視界に飛び込んだ……。









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「ふぇ……」

 突如明るさを感じ目を覚ました時、口から間抜けな声を出しながらルナは目を覚ました。

「夢……か、何百回も見たんだろ」

 この言葉も何百回呟いたんだろうと思い、布団を頭まで被って思い切り息を吸っても、兄のベッドに関わらず自分の匂いしかしなかった。その事にため息を漏らす。

「お兄ちゃんいつ帰ってくるんだろ」

 体を起こて寝癖が付いた赤髪を手で撫で付けリビングに向かう。あれから5年経過したが、一度もナナル戻ることは無く、さらに通っていた剣人学校からは、行方不明との通知がポストに入っていた。








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 扉を開ければ、朝食を作る母親のリンシャ・シュティーリンがフライパンを振るいながら振り向いた。

「おはようルナ、早速だけどお父さんとルリナ起こしてくれる? もうご飯出来るから」

「はーい」

 父のティルと妹のルリナを起こし、再びリビングに戻れば、テーブルの上には野菜がゴロゴロ入ったコンソメスープに、 焼きたてのトースト、目玉焼きが並べられていた。

「おはよう皆、今日も一日頑張ろうか、それじゃ、いただきます」

「「「いただきます!」」」

 父の言葉の後にお決まりの言葉を口に出し、朝食が始まった。

「お父さん、今日は何をするの?」

 トーストにバターを塗りながらルナは聞いた。ティルは、細かくちぎったトーストをコンソメスープに沈め、スプーンで救い野菜もろとも口に運ぶ。ゆっくりと咀嚼をした後に、水を飲み口を開けた。

「そろそろニンジンの種まきをしたいから天地返しをして、アスパラの収穫だな」

「うわぁー、またー?」

 ルナは天地返しという言葉に若干眉がつり上がった。

「うわぁーとか言わない。疲れる仕事だけど重要な事だからな、やらない訳にはいかないだろ?」

「ま、まぁそうだけどねぇ……」

 天地返しとは、表層と深層にある土を入れ替える作業の事を言う。これをするお陰で病原菌や、害虫の駆除や連鎖障害の回避も出来るために、大事な作業なのだが、鍬(くわ)使って土を入れ替えるため、かなりな体力仕事だった。

「ねぇね、頑張って」

 隣で小さくガッツポーズを取るルリナにルナの顔はにやけてしまった。

「可愛い妹の応援があれば、ねぇね頑張れちゃうよ!」

「よし、ならルナには半分やって貰おうかな」

「うえっ!? そ、それは無理だよ!」

「冗談だ、冗談。手伝ってくれてるだけでもありがたいんだからな」

「もー、やめてよ」

 笑いながらティルの腕を軽く叩き、バターを塗ったトーストを食べ始めた。

 ルナ達が朝食を食べ終わり、畑に向かって三時間が経過した。季節は春。暖かい気候に、気持ちのいい春の風が三つ編みな編んでいた赤髪を揺らす。

 こんな気温なら芝生の上でサンドイッチを食べて、昼寝なんて出来たら最高だなと思いながら、真夏の時みたいに額から流れる汗を首に掛けていたタオルで拭く。

「ふぅ……終わった……」

 その場で座る前に畑から抜け出し、ティルが作った木製のベンチに座り、水筒に入っていた水をがぶ飲みし、最後は顔に掛けて汗を流す。

「あー、疲れた……」

 上を向いて空を見上げて春の風に当たり、火照った体を冷やし、風で揺れる木の音を聞いてリラックスをしようとした時だった。

「おーい! ルナー!!」

 叫ぶように名前を呼ばれ、ルナは走りながら寄ってくる幼馴染の姿を見て、ルナは手を上げた。

「なんか起きたの? ファルン」

「はぁ……はぁ……ちょっと、待ってくれ」

 よほどの距離を走ってきたのか、両手を膝に付けて呼吸を整えていた。

 ファルン・ステイライトは、ルナの幼馴染であり、両親がルナ同様農家で日頃から手伝いをしている彼がここまで疲れているのは珍しく、なんだか心がざわめいていた。

「水、少し残ってるけど飲む?」

「あ、あぁ。貰う」

 残った水を一口で飲み干し、息を吐いたファルンはルナの両肩を突如掴み、今まで見たことの無いほど焦りに満ちた顔を見せた。

「きゃっ、な、何。ファルン」

「今、ティルさんはどこにいる!?」

「お父さんなら多分、西側の畑にいるかも……」

「ちょっと来てくれ!」

「え? ちょっ!?」

 突如手を引っ張られれるとファルンは走り出した。よろけて転けそうになるのを耐えて必死に足を動かした。

「ねぇ! ファルン、どうしたの!?」

 返事はなくファルンはひたすら走ると広い畑に一人立つティルの姿を見つけた。

「ティルさん!!」

「おぉ! どうしたー!?」

 ティルは鍬を地面に置いてファルンに駆け寄る。

「珍しいな、そんなに息を荒げて」

「じ、実は……」

 ルナの手を握るファルンの力が強くなり、手先が痺れる感覚が走る。

「今、貴族がこの村に来て村長がティルさんの家族を呼んでこいって言われて……」

「……なに?」

 普段穏やかな表情を浮かべるティルの顔からは想像も出来ない形相をしていた。ルナは足の力が抜けてしまいその場に座りそうになるのをファルンが起こした。

「大丈夫か? ルナ」

「うん、ちょっと力が抜けちゃって」

「ファルン、君は戻ってくれていい。村長に行くよう伝えてくれ」

「分かりました」

 ルナの手を離すと感じていた体温が無くなり、寂しさを感じると自然と走り去るファルンの背中に手を伸ばしていた。

 ティルは、ルナと同じ視線になるように腰を曲げて目を見つめて話した。

「ルナ、母さんとルリナを呼んで村長の所に行く、お前は母さんの背中に隠れていなさい。いいね?」

「うん……分かった」

 アスパラの収穫をしてから選別、梱包をしていたルリナとリンシャを呼んで、ティルは家族を連れて村の中心にある大広場に向かった。

 大広場は騒ぎを聞き付けて村の人達で溢れ、ティルを見た村人が心配するような眼差しを送っていた。

 ティルの顔は険しい表情を浮かべ、村人達は道を開けた。

 村長の家の前では、その持ち主と豪華かな宝石を身に纏い、体型は誰もが見ても肥満と言えるほど太り、顔も脂肪が付き多量の汗を流していた貴族が話をしていた。

「村長さん、どうしました?」

「来たか、実はこの貴族の方がティルと話をしたいという事なんだ」

「……分かりました。そこの貴族さん、要件はなんだね?」

 貴族は明るい顔をしてティルに一歩近付く、全身の脂肪が大きく揺れ汗を飛ばし、ティルは不快な顔をした。

「貴殿がシュティーリン家の当主のティル殿ですね。私は、セラル・アランミスと申します。貴殿の野菜は都市、エアミアルでとても評価が高く、私も気になり、貴族で普段から最高級の物を食べていますが非常に美味で、是非とも話をしたいと思い、七日間もの時間を掛けてここに来たんです」

「それは、どうもありがとうございます」

「いえいえ、家族の方ともお話をしたいんですが可能ですかね?」

 ティルは一度後ろを振り向くとリンシャが微かに頷いた。後ろにいるルナとルリナは見えないが、母の手を両手で握り締めているのは分かった。

「勿論、リンシャ」

 リンシャは手を繋ぎながら足を出し、ティルの隣に立つ。

「ティルの妻のリンシャです。娘のルナとルリナです」

 その時、ルナを見つめるセラルの目付きが変わった。

 体の作りを一つ一つ見つめ始めた。張りのある胸元、引き締まった腰回り、細く滑らかな脚をセラルは見つめ始め、鼻の下が延び始めた。

 その視線にルナは気付き、両腕で身体を抱き締め睨み付けた。

「娘を変な目で見るな!」

 ティルがルナを隠すように前に立ち、頭の上に手を置くとそれを掴んだ。睨むティルとは正反対に、笑みを浮かべるセラルの口からルナに追い討ちを掛ける言葉を口に出した。

「ふむ、その可憐な娘。こんな田舎で生涯を終わらせるには勿体無い! このセラル・アランミスがエアミアルに連れて行くためにルナ・シュティーリンを我が妻に迎え入れる!」

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