先人たちへの感謝

勇者とは勇気ある者と書くが、道を切り拓くには、勇気だけではなく冷静な観察力と洞察力。そして判断力が必要だと思う。


入り口の脇に、落ち葉がパンパンに詰まったゴミ袋が積まれていて、ガサガサと中身が動いたような気がした。


「ほらほら、臆せず進めですよ」


スズキに背中を押されて御堂の中に入ると、畳から香るイグサの匂いがした。


ザワザワしていたが、みんな行儀良く座布団に座って、説明会が始まるのを待っている。


私の頭上を跨いでいった大男だけは、天上に頭をぶつけないよう首を折っていて、縦横の列もズレてはみでていた。


私の席は用意されていかったが、後ろの壁際に立って授業参観で我が子の活躍を見守る親御さんのごとく全体を見渡すことができて、悪い気はしなかった。


「ここでは、宿主の出産時における一般的な注意点を学びます。それから、それぞれの師匠からの伝言や差し入れを受け取ることができます」


スズキが小声で説明してくれた。宿主に天寿を全うさせることが、立派な神様になる為の試練となるらしい。


本来、師匠である神様の元で訓練を積んで、認められた者だけが、この試練に参加できるらしい。


「私には師匠がいない」


「いいえ、いると思いますよ。ただ何らかの原因で、その繋がりが途絶えてしまった。生命に宿るというのは、それだけ危険もあるという事です。心配しなくても、こんな時のために先人の残した手引書があります」


「良くあることなんですか?」


「力のある優秀な者ほどね、宿主の身体と反発しあって事故が起こりやすいんだ。速い車ほど制御が難しかったりするだろう?」


「車を運転した記憶はありませんが、なんとなく意味は分かります」


間もなくして巫女がやってきて説明会が始まった。


「ハイハイハイハイ、それじゃ集まっているかナ? 始めるわネ」


母体の動きに合わせた産道の進み方や、手足がへその緒に絡まないようにする注意点など基本的なことから、トラブル時の対処法まで、覚えることはたくさんあった。


母胎から出たあとの外界で、細菌や一般的なウイルスから宿主を守る方法など、戦う為に準備が必要なことも説明された。


「じゃあ、座学はこの辺にして、神主のスズキから実戦訓練の手ほどきを受けてネ。ここから先は、みんなの後ろにいるハゲ散らかった偉大なるお方にバトンタッチです」


一斉に視線が一点に集中して納得すると、スズキが深々と頭を下げるのに合わせて上下した。


「ミコトさんありがとうございます。では、みなさんまずは外に出ましょうか。すでにウイルスを模した生命体を放っています。体内に侵入してきた病原体だと思って自由に退治してみてください。手段は任せます」


警戒しながら外へ出た者たちの「うわっマジかよ」という声や妖怪でも見たような悲鳴が聞こえた。


私もみんなに続いて外に出てみると、フォークのような武器を持った小さな生き物や、黒い羽根で飛び回る獣が暴れ回っていた。


入り口に置かれていたはずのゴミ袋から落ち葉が消えているのに気付いて、この敵の正体は落ち葉なのでは? と思った。


「良いところに気づいたようですね。弱点は同じです。頑張って」


スズキが笑顔でそう言った。


そうは言っても、どうすればいいのか……。


何人かは勇敢にも素手で殴りかかったり、近くにあった武器になりそうな物を構えて間合いを詰めていくが、私には物理的な攻撃が効く相手には思えなかった。




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