空気を操る男
スズキという男は、ポケットからビニール袋を取り出して集めた落葉を回収すると、口を固く縛ってから私に笑顔を向けた。
「どうも、スズキです」
穏やかで、人当たりの良さそうなその男は、ハンカチを取り出して薄い頭皮の汗を拭いながら深々と頭を下げた。
「初めまして、ノーマンと申します」
「記憶がないとか?」
「……はい」
スズキが崩さぬ笑顔のまま核心に触れるので、私は病院で検査結果を聞く時のような不安と心配の入り混じった気持ちになった。
「記憶がない原因には3つの可能性があります。まずひとつめは、何者かによる妨害」
「妨害? なにを邪魔しようっていうんですか?」
「新たな命に宿るべき者を選ぶのは、いわゆる神様です。それは深いお考えがあってのもの。ですが、残念ながらその思慮深さに気付かず、反抗する者もいるのが事実です」
「なるほど、何者かが神の采配に反抗しようとして、私の記憶を奪った可能性があると……」
スズキは頷きながら「神のご意志に背くなんて嘆かわしいことです」とつぶやいた。
それが本当なら、とんだとばっちりである。ただ巻き込まれただけ。不運としか言いようがない。
「ふたつめは、選ばれた者が自ら記憶を封じた可能性」
スズキが急に真顔になって続けた。声のトーンが落とされ、疑いの眼差しが飛んでくる。
「えっ!? 私が自分で消したって言うんですか? 何のために?」
「これのやっかいなところは、本人が覚えていないことです。何かを企んでいる場合もあれば、ゼロから始めて自分の能力を試したいなんて者もいます。あなたは優秀で上昇志向の強いタイプに見える」
すべてを見透かすような鋭い視線だった。私には全く身に覚えがないことだが、覚えていないだけの可能性もある。どうにも居心地が悪くなり、私は反応に困った。
「すみません。疑っているわけではないんです。お気を悪くされたらごめんなさい。ただね、そういった可能性があるってことを伝えておきたかっただけなんです。答えなんてわからないし、助けになればと思いまして」
乾いた砂漠だった顔に温泉が噴きだしたように笑顔が戻り、腰の低い男が帰ってきた。乾ききった頭頂部に花は咲かなかったものの、張りつめていた空気が和らいだ。
緩急付けた話術と雰囲気の作り方が実に見事で、頼りなさげに見えるこの男は、実はすごい人物なのでは? と思い始めた。
「いえ、ありがとうございます。何も知らないよりずっと良いです。それで、最後のひとつはなんですか?」
「たんなる事故ですね。意図せず起きてしまったもの。これが一番多くて手に負えないんです。まあ理由がどれにせよ、できることはあまりありません。忘れてしまったことは忘れてしまいましょ!」
スズキはそう言ってゴミ袋を持って歩き出した。
「私はどうしたら?」
「まずは、宿主を守ることです。そのための手段を学びましょう。さ、こちらへ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます