スズキ
思い込みとは怖いもので、焼けた鉄を見せられたあと、目隠しをされて冷たい鉄を押し付けると、本当にやけどする。
まあ実際にやったことはないから、真実はどうか知らないが、ともかく脳が身体をコントロールしている。
私の管轄はそういう場所である。私の思いこみで、宿主が危険にさらされないように、気を引き締めねばならない。
安産祈願のお守りから来た場所の空は白く、霧がかかったような世界だった。赤い鳥居の塗料はところどころ剥げ落ち、長い年月を感じさせた。
足元には玉砂利が敷き詰められていて、試しにしゃがんで触ってみると、ひんやりしていて、かすかに土のにおいがした。
鳥居の先には大きな御堂があり、その周囲を木々が囲んでいた。あちこちで、がやがやと話し声が聞こえるが内容までは聞き取れない。
「おっと、失礼するよ」
そう声がして振り向くと、しゃがみ込む私に気づいた大男が、私の頭上をまたいでいった。
境内に舞い落ちた木の葉をほうきで掃除するメガネの男がいるのをみつけて、私はこれからどうしたらいいのか助言を仰ごうと考えた。
「ハイハイハイ、それじゃあ初めての人は集まってネ! ひとりずつお師匠さんの名前を言って貰えるカナ?」
すると御堂から白い装束に身を包んだ小柄な少女が出てきて早口でみんなを集め始めた。
「師匠の名はマン・ド・レイクだ」
黒いローブの人が前に出て、フードの奥から野太い声を響かせた。
「ハイハイハイ、じゃあ中に入って3番の所で待っててネー、次ぃー」
小柄な少女は、手に持ったリストと照らし合わせて御堂の中での席順を割り振っていく。
「アタシの師匠は高木千春でーす」
「ハイハイハイ、タカギタカギぃーっと。あった、7番の所ネ、次ぃー」
マン・ド・レイクに続いたのは布面積の少ない女性で、ピンク色の口紅とピンク色の日傘が印象的だった。
その後も次々と師匠の名前が上がっていき、指定の番号を割り振られていく。
「ハイハイハイ、次ぃー。師匠の名前は?」
「えーっと、わかりません」
自分の番が来たが、私は師匠の存在を知らなかった。
「は? 師匠の名前忘れたの? ずいぶん薄情なやつネー」
「いや……忘れたとかじゃなくて、いない……と思うんですが……」
それともいたのか、いたことすら忘れてしまっただけなのか。
必死で記憶の海を探すが、それらしき人物の記憶は、どこにも見あたらなかった。
「キミは何を言っているのカナ? 師匠がいないわけないヨネ?」
私は、これまでのいきさつを説明した。気付いた時には中にいて、タンデンさんと出会い栄養を運んでいることを知り、右近と左近に出会って身体の中にいるんだと推測し、ドラゴン・ジャックの言葉を信じてここに来たこと。
小柄な少女は黙って聞いていた。周りでそれを聞いてる者たちは首を傾げ、口々にそんなことあり得るのかと疑った。
「事情はわかったヨ。まあここに来たってことは日本の生まれなんだろ? ひとまず神主のスズキさんと話してくれる? 本来だったらここで出産時の注意点聞いたりとか、同じ仲間と情報交換したりするところだけどネ。キミは特殊な状況みたいだからネ」
少女は難しい顔でそう言うと、周囲を見渡して先ほどの掃除をしていたメガネの男に声をかけた。
「スズキさーん、この子ワケアリみたいなの、お願いできるー?」
「もちろんですよ。そんな気がしていました」
スズキと呼ばれたメガネの男は、穏やかな笑みで巫女に答えると、私のもとへ近づいてきた。
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