耳を司るラッパー


私は最初にいた場所に戻っていた。

どうやって戻ったのか覚えていない。

ただ終わりに向かって歩む人生が待っていると知り、絶望とともに意識が途絶えた。


このまま永遠に無感覚な眠りに落ちてしまえば、永遠の闇に怯えて生きずに済むのかもしれない。


そんな思考が巡り、出口のない思案の迷宮をさまよっていると、はっきりとした音の変化に気づいた。


それは生命の鼓動であり、宿主が成長していることを意味していた。


母胎はまだ気がついていないかもしれない。だが、着実に器官形成が進み、確かな胎動が感じられた。


私がこのまま何もしなければ、この宿主は外の世界を知らぬまま、その生命を終えるだろう。


激しい運動やアルコールの摂取が行われてしまえば、宿主の成長に悪影響が起きる。何らかの信号を母胎に出すべきなのかもしれない。


「ここは耳のあたり……か。誰かいるのだろうか……?」


今後の見通しは暗雲立ちこめたままだったが、右近や左近と同じように耳を司る誰かがいるのではないかという興味が私を動かした。


瞳を閉じて意識を集中すると、密閉度の高い部屋に音もなく移動したことが肌でわかった。


変わり映えのない壁や床だが、防音室のような圧迫感があり、音がよく反響する小ホールのような場所だった。


正面にはステージのように床が盛り上がった場所があり、こちらからは背中しか見えないが誰かが座っていた。


「YO YO YO 俺はDJ、この世界でぇ、右に並ぶものはないって言うぜ。空前絶後、超絶怒濤! ビビってんならとっとと逃げろぉ! 音楽を愛しその音楽にぃ、愛された男それが俺だーッ!」


やべぇやつがいる。


私は引き返そうと踵を返した。残念ながら目の前には壁があり、出口なんてものはなかった。


「おまえ誰だーッ!?」


みつかってしまった。


冷静になって考えれば、瞳を閉じて意識を集中すれば良かったのに、動転していた。


とはいえ、あの状況で意識を集中できたか自信はないが、何にしても手遅れだった。


私はあきらめて振り返り、耳を司る変なラッパーと対峙した。

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