電話越しの安らぎ

はくのすけ

第1話

 今日も何一つ契約が取れなかった。

これで何日目だろうか……

会社に戻ると上司の小言を延々と聞かされ、

それを聞いている、周りの同僚の嘲笑が聞こえてくる。

「あいつ、やる気あるの?」

「はっきり言って給料泥棒だよな」

その気持ちは分かる。

俺だって同じ立場だったら、そう思うだろう。

俺はやり切れない気持ちと情けなさで一杯だった。

そして、夕暮れ時に家路に着く。

上京してもう四年。

憧れの大手企業に入ったのは良いが、毎日が失敗の繰り返し。

都会の風は冷たく、心が完全に冷え切って行った。

そんな時に、いつも思い出す。

故郷の風景。

故郷の匂い。

故郷に居る家族や友人。

そして大切だった彼女。

 

 今日も何も感じない一日だった。

私の心にはぽっかりと穴が開いている。

四年前に大切な彼が上京した。

憧れだった大手企業に就職が決まったと言って、この町を出て行った。

本当は行ってほしくなかった。

ずっとそばに居てほしかった。

そんな我儘を彼にぶつけて、困らせた。

自業自得だと私の心が言っていた。

そして彼と別れた。

それからの私はどこかおかしくなった気がする。

仕事に行っても、友人に誘われて遊びに行っても、私の表情に笑顔という種類がなくなった。

机の上に置いている彼の写真を眺める。

時間が止まった彼の笑顔はとても素敵で、私をいっそう追い詰める。

彼に会いたい。

彼に抱きしめて貰いたい。

あとどれだけ待てば彼に会えるのだろうか?

一年?五年?それとも十年?

いいえ、一生彼に会うことなど出来ない。

そんなの分かりきっている。

それなのに私は……

 

 今日もまた、いつも通り、上司に叱られ、同僚に嘲笑される。

こんな毎日に一体何の意味があるのだろう。

俺が夢見た人生は、こんな意味の無いことだったのだろうか……

そう思いながら、誰も居ないアパートに帰る。

途中で缶ビールとおつまみを買って。

殺風景な部屋で一人、ビールを飲んで眠った。

彼女の笑顔が見える。

彼女はとても優しく俺を包み込む。

「大丈夫。あなたならきっと大丈夫だから」

彼女は俺に励ましの声を掛けてくれる。

俺の頬に涙が流れる。

そんな俺を彼女はそっと抱き寄せてくれた。

俺は声を出して泣いた。

ハッと目を覚ました。

俺は彼女の夢を見ていたようだ。

泣きたくなる気持ちが押し上げてきた。

俺の心は彼女を求めているのだと気付いた。

俺はそっとスマホに手を伸ばす。

その時、躊躇いが生じた。

何を考えているだ。

今更、彼女に連絡するなど、馬鹿な事をしようとしていたのか……

「俺はどうすればいい?」

誰も居ない部屋で、一人尋ねた。


今日も、また何もないまま一日が終わろうとしている。

時が経てば経つほど彼への想いが募っていく。

そんな想いを少しでも楽にしたかった。

だからワインをグラスに入れて一気に飲み干す。

何杯も何杯も。

目の前が回っている感じになる。

飲みすぎたみたいで、意識が遠のいていく。

そして真っ暗になった。

ベルの音が耳につく。

どうやら眠っていたみたいだった。

スマホに手を伸ばして画面を見る。

友人からメールだった。

私は体を起こし、机の上の彼の写真を見る。

泣きたくなる。

こんな日は誰かに傍に居てもらいたい。

本当は誰かではなく、彼に傍に居てもらいたい。

そんな叶いもしない願いなど意味のないことなのに……

それでも、せめて声だけでも聴かせてほしい。

そう声だけでいいの……

私はスマホを手に取る。

そして、スマホを置いた。

今更、何を話せばいいの?

もう四年も前に終わっているのよ……

私だけが四年前から何も変わっていない。

時が止まっている。

「私……どうしたらいいの?」

伝わるはずなどないのに彼に尋ねる。

 

やっぱり俺は、彼女を求めている。


それでも私は、彼の声が聴きたい。


 俺はスマホを手に取り、彼女に電話を掛けた。

 私はスマホを手に持って、彼に電話を掛けようとした時、スマホが鳴った。

私は目を疑った。


 呼び出し音が長く感じる。

胸の鼓動が高鳴る。

彼女は出てくれるだろうか?

俺は不安で仕方なかった。


私は何が起きているのか理解するのに時間がかかった。

彼からの着信。

手が震える。

どうして?

どうして彼は私に……

私は電話に出る。


「もしもし」

彼女の声は緊張しているように聞こえる。

胸の高鳴りが上がった。

「あ、チカ……俺、カズだけど……」

何を話せばいいのだろうか……

言葉が出ない。

 

 彼の声が聞こえる。

彼の声は少し戸惑っているように感じる。

もしかして、彼もまた私と同じ気持ちだったのだろうか……

「カズ君、カズ君」

私は何度も何度も彼の名前を呼んだ。

明らかにいつもと違う涙が流れている。


「今更なのは分かっているだ。だけど……俺は」

俺は今の自分の気持ちを正直に電話越しの彼女に伝えようとする。


「私はね、ずっとずっと待ってたよ」

私は夢ではないかと思うぐらい信じられなかったが、彼の言葉で気付いた。

夢を見ていたのはこの四年だったんだと。

暗い悲しい夢はもう終わりにしよう。

だって電話の彼の声は、私の心の穴を埋めてくれるのだから。

「カズ君、大好き」

私は彼への想いを素直に告げる。


彼女からの突然の告白。

俺がずっと夢見ていたこと。

「チカ、俺も愛してる」

もう人生に絶望するのは終わりにしよう。

だって電話の彼女の声は、俺にこんなにも安らぎと与えてくれるのだから。



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電話越しの安らぎ はくのすけ @moyuha

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