第74話 異世界から来た勇者 3

「俺は桜木義男さくらぎよしお、仕事は保険の営業をしている。趣味は芸術(アニメや漫画、恋愛ゲームのCG)鑑賞や音楽(主にゲームBGMやキャラソン)鑑賞だな」

「私はティファニア・サテライト、この国の国王の娘ですが、国は第一王子のガロード兄様が継ぎますし、そうでなくても上にまだ兄弟は沢山います。私は何処にでもお嫁に行ける自由な身分です。お料理は現在勉強中ですが、裁縫や編み物が得意です。それとバイオリンとフルートも習っております。音楽鑑賞がお好きならヨシオ様と趣味が合いそうですね」


 勇者召喚の儀式が無事に成功し、言葉も通じるようになった義男がまず最初にやったのは自己紹介だった。自分の事を知ってもらうにも、相手の情報を引き出すにもきっかけが無ければ何も進められないからだ。


(どこかの金持ちのお嬢さんだと思ったけど、まさか一国の姫様だったとは。年下の女の子だと思って気楽な言葉使いで接したけど、後で不敬罪で打ち首なんて事にならないよな)


 義男はティファの自己紹介を最初の部分だけ聞くと、後の部分は少女への態度が罪になるかと頭を悩ませ聞き流すのだった。


(姫様だからってドレスにティアラなキノコ王国の桃姫のようないかにもな恰好なわけないか。外出する時は普通のお嬢さんと変わらんか、そっちのが動きやすいだろうし。むしろティアラなんて式典や貴族の晩餐会なんかだけなのかな?)


 などと関係ない想像を続けている間、ティファによる必死のアピールが続き、義男が意識を目の前のティファに戻した時には今回の勇者召喚の儀式が何十年も前から準備され、沢山の人が儀式の成功を楽しみにしていたという話になっていた。


「国を代表し、言わせていただきます。勇者サクラギヨシオ様、ようこそニートヒッキ王国へ。国民一同、勇者様が来て下さるのを心待ちにしておりました」


 そんな挨拶で自己紹介を締める。


「それでティファニア様」

「あら、ティファニア様だなんて、私の事は気楽にティファとお呼びください」

「いや、姫様を相手にそんな……不敬ではないでしょうか?」

「いえ、ヨシオ様は勇者様なのですから、不敬だなんて気にせずとも大丈夫ですわ」

「それじゃティファ様」


 向こうがティファで良いというのであれば、従わない方が逆に失礼だと判断されるかもしれない。ルールのわからない世界なので権力者には逆らわず言う通りに動く事にしておこう。


「ティファで良いですわ」

「ではティファと呼ばせていただきます。その代わり、俺に事も様でなく呼び捨てかさんでお願いします。様づけなど慣れて無くてどうもむず痒くてしょうがない」

「はい、わかりましたわヨシオ」

「それでティファ、俺は何をすればいいんですか? 長い時間や貴重なアイテムを消費して、しかも呼び出せるタイミングむ限られるような大変な儀式をしてまで呼び出したんだ。何か勇者にやってほしい事でもあったんじゃないでしょうか?」


(勇者を呼ぶんだから、やっぱり魔王を倒してくれとかかな?)

 とゲームやアニメの知識を元に想像する義男。そしてその依頼を果たせば元の世界に帰れるだろう。

(俺にはまだやらなければならないエロゲが大量にあるんだ。ようやく公式サイトにて情報を出し始めたあのゲーム、あの新作をやるためにも必ず俺は日本に帰るんだ)

 この世界に来た事によって義男はいまだにゲームの情報を全く見られていないのだ。三作目までの出来事を元に四作目の内容を想像する。それは出来ても、その答え合わせがおあずけ状態のまま。

 だからこの世界に来た目的をさっさと終わらせて帰らねばならないのだ。


「呼び出した理由ですか……」


 ティファ個人の理由としては勇者を呼び出し、大恋愛をするというものがあったが、それを素直に伝えるには周囲に人が多すぎる上に、その恋愛の相手に直接言うのは恥ずかしいというものだ。


「オーゲスト様、どうして勇者様を召喚したのですか?」


 なのでオーゲスト側の理由は何なのかと思い彼を見た。もともとこの勇者召喚の儀式はマギラボの人達が、ティファどころか、その父親が生まれる前からずっと準備していた計画だ。自分より彼の方がまともな理由を持っているだろうとオーゲストに丸投げする事にした。


「勇者様を呼び出した理由ですか。それは『勇者召喚』という古代の儀式魔法を見つけたから試さずにはいられなかった……」


 目の前に未知の魔法や、過去に失われた魔法があれば研究せずにはいられない。そんな人間の集まる場所、それが魔導研究所、マギラボなのだ。それが勇者召喚という高度な技術や大量の魔道具、時期が限定されるなど成功させるのに難易度の高そうな魔法を目の前にして成功させてみたいと思う気持ちを止める事など出来はしなかった。そして目的は儀式の成功であり、勇者が現れた後の事など彼らは何も考えていなかったのだ。


「ふざけんな、そんな理由で俺はあのゲームの情報を見れなくなったてのか、今すぐ俺を元の世界に返しやがれ」


 そしてそんな理由を聞かされ、訳も分からず強制的に呼び出された人間が怒りだすのも道理というものだ。


「あ、いや、というのは場をなごますジョークですじゃ。いや~異世界からいらした勇者様にはこの冗談は通じませんでしたか、こりゃ失敗」


 舌を出し、片目をつむりながら自分の頭をコツンと叩くオーゲスト。自分の発言で義男が怒りだしたのだと察して言い訳をしながら頭をフル回転させ、それっぼい召喚理由を考え始める。


「実は、今すぐに何かして欲しいというものは無いのです。今はダンジョンの奥で大人しくしていますが、いつ暴れだすかわからない魔王への対抗手段として勇者様をお呼びしたのです。勇者様を呼べるのが今日この日を逃せば次は百年以上先、平和な世に呼び出すのは勇者様には悪いと思いましたが、この平和がいつまで続くかわかりません。それにここ最近、不穏な動きもあるのです……」


 そう言ってオーゲストは最近、一体の竜が活発的に動いている事を話しだした。これはもしかしたら魔王の一体が動き出すのを感じ取り、邪魔をするために行動を起こしているのではないだろうか。今こそ勇者が必用なのだ。このタイミングで勇者召喚が可能だったのは神の導きによるものだろう等々。それらしい話がどんどん出てくるのだった。


「あれ、そんな理由だったっけ?」

「ばか、黙ってろ。今オーゲスト様が必死な言い訳考えてるんだよ」

「そうだぜ「帰らせろ」って言われても返す儀式のやり方なんてわかんないだろ」

「今は勇者様にこの話を信じてもらい、元の世界に戻る事を忘れてもらう必要があんだよ」


 オーゲストの話を遠くで聞いていた魔導士たちが小声で話している、その内容は幸いにして義男の耳には届かなかった。


「という訳で、勇者様にはしばらくこの国に滞在し、観光でもしていってくだされ」

「わかりました、そういう事情なら仕方ないですね。だったら魔王がやってくるまでに修行とかしておいた方がいいのかな? 俺は今まで戦いをしたことが無いから戦い方を学ぶ必要があるし」


 義男はケンカの経験も無いので戦いになってもまともに動けるとは思えない、勇者として召喚されているんだから一般人が驚くような高ステータスと反則と思われるようなスキルの山のはずだ。それでもちゃんと力に見合う技術を身に着けておかないと無駄が多く魔王相手に苦戦するかもしれない。なので修行して魔王を倒しに行こうという事に決めた。


(発売まではまだ時間があるだろうから、とりあえず半年で戻る事を目標にするか)


 はやく戻って恋愛ゲームを買う。義男の最優先事項はそれだった。だから魔王が動き出すのを待つのでなく、魔王がいるというダンジョンに向かって倒して平和にすれば自分が待機している必要が無いので帰らせてもらえるだろう。

 まさか魔王が複数存在し、しかも呼び出した者たちにには返す手段が無いとはこの時の義男には想像できなかった。


(でもただ戻ってもしょうがない。この世界で将棋でもはやらせて小銭を稼いでおくか?)


 戻ってもゲームを買うお金がなければ意味がない。こっちの世界で宝石や金銀など日本でも換金で来そうなものを手に入れておくのもいいかもしれない。異世界には娯楽が少ないから将棋でも教えておけば爆発的に売れて金になるはず。という異世界小説にありそうな展開を想像する義男。


「おお、さすが勇者様じゃ。ではスピリットファームに行かれてはどうでしょうか。あそこは初心者が戦いを学ぶにいいダンジョンだそうですので。しかしその前に、現在の勇者様のステータスの確認と、勇者様に合った武器をご用意いたしましょう」


 自分達の探求心のために召喚してしまった事に少しの罪悪感もあったので、義男がやる気になっていてくれている事に安堵するオーゲスト。別に義男が魔王を倒さず、何だかんだと理由を付けて引き籠り悠悠自適ゆうゆうじてきな生活をしようと構わないと思っている。召喚が成功した以上、その後召喚された者がどう生きようとそこには興味がない。

 だが、それでも召喚された自分には縁もゆかりもない世界のため魔王と戦う道を選ぶなら、協力したいと思うのだった。けっして倉庫にしまってある研究が終わった武器や防具の一部を処分するのにちょうどいいとか、ついでに勇者のステータスや特殊能力スキルが気になるなと言ったよこしまな理由ではない。


「せっかく来てくださったのだから修行の前にぜひお城に寄って行ってくださいな」


 まさか勇者がすぐに旅に出る流になるとは思っていなかったティファは勇者ともっと親密になるべく、城に呼ぶことにした。出来れば修行の旅について行きたいが。そこまでうまくいくだろうか。


「はい。ではそうさせていただきます」


 王族には逆らわない。長いものに巻かれろ精神のもと、義男は社交辞令と営業スマイルで返事をするのだった。


(ダンジョンで修行か。ダンジョンに向かう道中やそのダンジョン内で、困っている村娘にあったり、一緒に旅する仲間と恋に落ちるなんて事もあるかもしれないな)


 しかし頭の中では全く関係無い事を考えながら、自分のステータスを確認するべくオーゲストの後を追う。そして歩いている途中、ある違和感を感じた。


(あれ、なんだかズボンが下がってくな。一昨日履いた時は問題なかったし、ゴムがダメになっているとは思わないけどな……)


 なんだかお腹周りが少しブカブカしていて、歩くたびに振動でズボンが落ちそうになるのだ。仕方がないのでこっそりと片手でズボンを掴みながら歩く事にした。

 義男が自分に起きたある出来事に気付いたのは、儀式に使われていた部屋を出て、ピカピカに磨かれた床や柱を見た時だった。

 柱に映る義男の顔、それは高校生の頃の自分の姿だった。


(あ、ズボンがダメになったんじゃなくて、俺が若返っているのか……ってなんでだよ!!)


 心の中でツッコミをする義男だった。そして、いつまでも変わらないと思っていたのに、時の流れとともに少しずつ成長していたお腹周りに心の中で涙するのだった。

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