第75話 異世界から来た勇者 4

 異世界に来たら若返っていた。召喚の影響だろうと思いオーゲストに聞いた義男だったが、回答は勇者を召喚する際に戦いに適した能力や肉体に調整するとあったのでその効果だろうという事。ただしこれが確実ではないのでもう少し召喚の事が書いてあった古文書を解析してみるとのことだった。

 たしかに三十の時より十六、七の頃の方が体力があるし動きのキレも上だろう。そういう意味では戦いに適した調整がなされた結果なのだろうと納得できる。

 もう一つ気になる事としてはこれは夢の中で、自分はパソコンの画面を目の前に寝てしまっている可能性だったが、義男は夢の中では走ろうとしても上手く走れない経験を何度もしているので走ってみて走れなければ夢だろう。そう思って施設内の廊下を少し走ってみたら普通に走れたのでこれは現実の出来事なのだと判断した。急に走り出した義男にオーゲストやティファが驚いていたが、元居た世界には建物や人が密集していて、こんなに長い廊下は見たことが無く、走り出したくなったという事にして誤魔化しておいた。

 どうせ義男がもともといた世界の事など確認のしようが無いのでこの話は信じられたようで、ティファはクスクスと笑っていた。


 さて、そうこうしている間に義男達は一つの部屋にたどり着いた。そこには砂の詰められた箱と、箱の前に置かれた球体。


(なんだか静電気を発生させる装置みたいだな)


 目の前の丸い球体を見つめながら、義男はそんな感想を抱いた。


「さ、勇者さま。その球体に両手で触れてください」

「あ、はい」

(これ触ったら頭が面白い事になったりしないよな……)


 静電気によって逆立つ髪の毛を想像しながら球体に手を伸ばした。すると目の前の砂が動きだし、何もなかった箱の中に文字や数字が表れだす。その文字や数字は異世界のモノなので義男にはわからないはずなのだが、なぜだか意味が分かった。最初は『ヨシオ サクラギ レベル1』となっている。これも翻訳用ペンダントの力なのだろうと勝手に解釈して納得する義男。そして現れた文字を読み進める。

(えっ、俺の能力低すぎ!!)

 ステータスはレベル1にふさわしく、ほとんどが一桁だ。ただし魔力はゼロ。と全くなく、魔法に関係のありそうなINTも1だ。魔法の存在が現実的でない世界から来たのだし、義男は今まで魔法は使えなかったので魔力が無いのはしょうがないのかもしれないが、せっかく異世界に来たのだから魔法ぐらい使わせてくれてもいいではないかと思わずにはいられない。


「なんとも普通な身体能力ステータスですのね」


 横から義男のステータスを見たティファがつぶやいた。


「しかし、まだ特殊能力スキルに特別なものがあるかもしれませんぞ」


 オーゲストの言葉に義男は自身のスキル欄を見る。


 ステータス確認……自分や他人の能力を見ることが出来る。


 異世界人……異世界の知識や経験を持つ。世界を渡った事により特殊な能力を得る。


 異世界人/長寿……異世界の異なる時間の流れにより、若い肉体の期間が長くなり、老化のスピードが遅く、寿命が延びる。この能力は子孫に受け継がれる。


 異世界人/ボーナスポイント……。『ステータス確認』で見た特殊能力をポイントを消費する事で取得できる。ただしその人物しか持たないような特殊な能力は相手が死ななければ取得できない。ポイントはレベルが上がると増加する。現在は2BPボーナスポイント


 勇者……ダンジョンを攻略した時にダンジョンを消し去り、自身の身体能力を強化する事が出来る。魔族や魔王を倒すと身体能力を強化できる。


 以上が義男の能力だ。砂には『ステータス確認』『異世界人』『勇者』の三つだけで細かい説明はなかった。だがこれを見たオーガストから『ステータス確認』の効果を教えてもらい義男は自分の能力を詳しく確認する事が出来たのだった。


「異世界人は世界を転移した事で新しい力を得た事を示す能力みたいです。さっき言ってた戦いに適した能力を得るってのはこの異世界人で得る能力をいじるって意味みたいですね。若い肉体を長く維持できる能力が与えられたみたいで、若返ったのもこれのおかげかと。あと勇者はダンジョンの破壊や魔族や魔王を倒すたびに強くなれる力ですね」


 ステータスを見つめながらオーガストに細かな能力を説明する。『ボーナスポイント』に関して伝えなかったのは、二人を無条件で信じるにはまだ義男はこの世界の事を知らなすぎるからだ。もし最初から強い力を持っていたのなら、騙されたとしてもまだ何とか出来たかもしれない。しかしレベルが1で能力も弱い、そんな状態で新しい能力を増やす『ボーナスポイント』は切り札に仕えると思ったからだ。この力で彼らの知らぬ間に強力な力を手に入れる事も可能だからだ。

 こっそりとこの場にいる三人のステータスも見ておいたが『ステータス確認』は持っていなかった。

 ティファはレベル3で『言語:ニートヒッキ語』『算術』『礼儀作法』など戦闘には使えそうにない能力ばかりだ。オーゲストのレベルは27『火魔法』『氷魔法』と二種類の魔法が確認できた。他にもいろいろ持っているが、戦闘に使えそうなのはこの二つ。その他にも『地質学』や『植物知識』『鉱物知識』など面白そうな能力もある。この知識を取得した瞬間、この世界の植物や鉱物に詳しくなるのかと疑問に思う義男。

 そして三人の中でもっとも危険なのは三人目、ティファに付き従うメイドのアディールだ。レベルは43とこの中で一番高い。持っている能力も『格闘術』『関節技』と無手で戦えるものだ。もちろんメイドとして必用そうな能力も持っている。


(姫様を一人で出歩かせるわけないし、ボディーガードの役目も担っているのかな)


 アディールの能力を見ながらそんな事を思う。


(それにしても、この人本職はメイドじゃなさそうだな……)


 格闘術くらいならまだ護衛だろうと納得できたが、他には『気配消し』『暗視』『地獄耳』『武器隠し』『毒配合』『急所突き』『軽業師かるわざし』『変装』と暗殺や密偵として重宝しそうな特技ばかりが並んでいる。

 この場で逆らうのは危険しかない。実力が伴うまでは大人しくしていようと思う義男だった。


「この魔族ってのはどんな奴なんですか? 力を得るための『ダンジョン』『魔族』『魔王』を倒す必要があるなら相手の事を少しでも知っておきたいのですが……」


 ダンジョン攻略は時間がかかるだろうし、魔王も最終目標的なイメージがある。まず目標にするなら魔族だろうか。もしかしたら魔族は魔王を生み出す存在で魔王より上なんて可能性もあるので聞いてみた。もし魔族が義男でも少し強くなれば狩れる対象ならば早く力を得る方法としていいかもしれない。


「魔族は魔王に従う中で強力な個体の事です。それぞれがダンジョンの最深部でダンジョンの管理を行うダンジョンマスターをしているそうで、モンスターとはかけ離れた強さを持つと言われております」


 魔王よりは簡単そうだけど弱いわけではない、という絶望的な結論だった。これでは半年以内に戻ってゲームを買うという目標は達成できるか怪しい。それもただ帰るだけじゃない、半年も行方不明なのだからその後元居た世界に帰っても仕事に復帰できる可能性は低いだろう。半年間も無断欠席していた相手を暖かく迎え入れるところなどそう多くはないだろう。戻って来て早々辞めるよう説得されるか、無言の圧力で会社に居辛くされるだけだ。義男にも事情はあるのだが「突然異世界に拉致されて戻って来るのに時間がかかりました」と本当の事を言った所で信じてもらえるわけも無く。半年間連絡も無く行方不明になるもっともらし理由も思いつかない。

 なのでしばらくの間働かなくても大丈夫な財産。欲を言えば一生遊んで暮らせるだけの財産を手に入れたい。それが義男に考えられる最高のエンディングだ。スタートがレベル1の現状ではその実現はかなり険しいどころかほぼ不可能と思えるような絶望的状況だ。


(五年、いや三年以内に帰れるように……)


 オーゲストによる魔王や魔族、モンスターの話を聞きながら目標を下方修正する勇者なのだった。


「それで、ステータスを見た後は俺の武器でしたっけ。ついでに服もあると助かるんですけど、もともと着ていたのはほら、若返ったせいで少しブカブカになってしまったので」


 自身が弱いのならまずは武器の性能に頼って強くなっていく方がいいかもしれない。ここは魔法を研究する施設で、もらえる武器は魔法が付与された特殊な武器なのだから。序盤はそれでサクサクとレベルを上げていく事に決めた。

 そして武器のついでにズボンも自分に合ったものを手に入れたい。今の少しでも動くとさがっていくズボンでは戦いになったら邪魔でしかない。ベルトかヒモでもあればそれで縛るだけでもだいぶマシにはなるだろう。そう思いながら倉庫に向かう義男達。

 そこで斬った部分が燃えるロングソードと身軽になれる皮鎧、それと燃えなくて普通の剣では斬れぬ虫モンスターのまゆの糸で編まれた防刃と防火に優れた服とズボンを貰えることとなった。

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