第73話 異世界から来た勇者 2


 ニートヒッキ王国、王都コタツムリ。その王都のはずれには魔導研究所、通称『マギ☆ラボ』が存在する。この施設には王国に古くから伝わる魔法の知識の全てが集められ、国家機密と言えるような重要な資料やマジックアイテムも大量にあるのだが、そんな施設が街を護るために建てられた壁の外側に建築されているのは、そこで行われている魔法が暴走した時に王都に暮らす臣民に少しでも被害が出ないよう配慮した結果だ。だからと言ってこの施設が無防備だという訳ではない。施設の周囲にはペンタクルという五つの魔道具を結んで作り出す結界装置が置かれ、だらに建物の壁にも内側と外側にも魔法伝導性の高い金属を溶かした特殊塗料が塗られ、結界を発生させている。この三重の結界は外からの敵に対応すると同時に、内側で起きた事故の被害を外に出さないようにする意味も込められていた。さらに三重の結界に加え、許可証を持たぬ者が侵入すると幻惑魔法により、まっすぐ歩いたはずなのに気付いたら入ってきたはずの場所から出てしまう。そんな魔法が入口に仕掛けられている。

 そうして守られたマギラボの中では現在、重要な儀式が行われてようとしていた。


「オーゲスト様、もう儀式は始まってしまいましたか?」

「いえ、もうすぐ準備が終わる所でございます、姫様」


 研究所所長のマクギリス・オーゲストに声をかけたのはこの国の国王の娘、ティファニア・サテライト姫だ。彼女の背後にはティファの専属メイドであるアディールも付き従っている。


「そうですか……。ああ、早く勇者様にお会いしたいですわ」


 言いながらティファは魔導士たちが準備している儀式を眺めた。ここは大型の儀式魔法を行うための広いホールだ。そこにミスリルを砕いた粉で魔法陣を描き、必要なマジックアイテムを所定の位置に置いていく。今日行われるのは勇者を召喚するための儀式だ。ティファはもちろんの事、いまこの場で動いている全員が今日、この儀式を行い事を待ち遠しい思いでいたのだ。

 先々代の所長が古文書から勇者召喚の方法を読み解き、半世紀以上をかけて必要な魔道具に魔力を集め、それに魔力を込め続け、儀式に最適な日時を確認すべく天体を観測し、そして今日、この時の星のめぐりが最も召喚に適したタイミングだと判明している。これに失敗したら次に儀式が行えるのは今年生まれたばかりのオーゲストの孫の、その孫が今のオーゲストと同じ年齢になるくらいだろうか。

 それだけ失敗できない重要な儀式なのだ。しかし誰も絶望はしていない。それは最近、ちまたをにぎわすとある噂があるからだ。この半年の間に国内で起きた二つの出来事。一つは突然現れた竜種がダンジョンに攫われた少女を救い、ついでにそのダンジョンを無害なものに変えたという噂。そしてもう一つはその竜がモンスターの大量発生で困っていたスクラフト伯爵の領地を飛び回り、モンスターを退治していき、竜を恐れたモンスターがダンジョン内に逃げていったという噂だ。このダンジョンに逃げたと思われているモンスターはトウヤ達の配下になったモンスターがトウヤの指示でダンジョン内に移動しただけの話なのだが、そんな事がわかる人間など居るはずが無いのでラピスに恐れたと思われるのは仕方がない事だった。

 勇者を召喚しようというタイミングで、勇者の物語では勇者の仲間として度々登場する竜が活発的に活動し始めたのだ。これは竜種も勇者の出現を感じ取っているのだろうと、だから儀式は必ず成功する。そう魔導士たちは信じていた。

 竜種には常に傍に居る少年がおり、それが実は勇者なのではと一部の人はささやいているが、それはただの奴隷の少年だという事はすでにわかっている。これは単に人間界に疎い竜種が、たまたま拾った奴隷に人間の常識を知るためや、道案内のために連れているのだろうというのがここの魔導士達の予想だった。そして自分達が呼び出す存在こそが本物の勇者なのだと。

 トウヤの情報はティファが自身の権力を最大限に利用してゲペルの街から報告させたのだった。彼女は昔から魔王を倒し、困っている人を助け、一国の姫と結ばれる。そんな勇者の物語が大好きだった。そしていつしか自分だけの勇者と出会い情熱的な恋をするのだと、そう夢見ていた。

 そんな時、竜とその従者の噂を聞いたのだ。その従者が勇者なのではないかという話もあったので即行動を起こした。マギラボにて勇者召喚の準備が何十年も進められているのは知っていたし、その儀式のタイミングにちょうどいい時期ももう少し先なのはわかっていた。だが、それは竜の傍に居るのが勇者ではないという証明にはならないのだ。この国に伝わる方法以外に勇者を呼ぶ方法がない。そう断言する事が出来ないからだ。自分達の知らない方法で来た勇者、その可能性を考えながらゲペルの街に竜が来た時に確認されたステータスを見せて貰たのだった。そして結果はトウヤというただの奴隷の少年。レベル3で特殊能力も『農業』『ステータス確認』『奴隷』の三つだけ。たしかに『ステータス確認』は珍しいがそれだけで勇者とは言えない。勇者とはもっと超常の存在、人々を救い導くべき特別な使命と、それに見合うだけの能力を持っている者なのだから。ただ人のステータスを覗けて、畑を耕し作物を育てられるだけの能力しか持たぬはずが無いのだ。なのでティファはトウヤのステータスを知った瞬間に彼への興味は失い、この儀式を今まで以上に心待ちにしていたのだった。


(はやくお越し下さい。私だけの勇者様)


 祈るように両手を胸の前で重ねながら、ティファはこれから現れる勇者がどんな人かと想像を膨らませていく。


「さ、儀式の準備が整いました。姫様はこのままここで少々お待ちください」

「はい」


 儀式の準備が整いオーゲストが魔法陣の方に向かう。他の魔導士たちも等間隔で魔法陣を囲む円を描くように指定の位置に立っている。ティファは自分が近付くことで儀式の邪魔となり失敗し、勇者に会えなくなるのは嫌なので言われ通りの場所で黙って儀式を眺めていた。

 そうして魔導士たちが一斉に呪文を唱えだす。大きな魔力のうねりが生まれ、魔法陣が虹色に輝きだす。

 そして魔法陣の中心に一人の少年が現れたのだった。しゃがんだ状態だった少年が立ち上がり周囲の状況を確認している。その様子にティファは我慢できずに少年の元へと駆け出すのだった。

 儀式は成功し、こうして少年が現れたのだ、もうティファは我慢してなどいられなかったのだ。

 突然のティファの行動に慌てるオーゲスト、しかし儀式で魔力を大量に消費したので素早く動くことは出来ない。召喚された少年の安全性が分からない状態でその前に自国の姫を向かわせるなどあってはならない事だ。しかしろくに魔法も使えぬ、ただの老人である今の自分が向かっても何もできない。ティファの後ろには世話役兼護衛であるアディールもいるので、自分は儀式の次の段階に必要な道具を取りに行く事にした。


「勇者様、本当に来てくださったのですね」


 目の前に立つ少年を観察する。黒い瞳に黒い髪、そして彫りの浅い平たい顔の少年だとティファは感じた。

(でも優しそうな感じの顔ですわね)

 少なくとも怖そうな雰囲気の人物ではない。急な召喚に何が起こったのかわからず困惑している。そんな感じの表情だ。


「■■■■?」


 少年に話しかけるティファ、しかし少年の返答はよくわからない言葉だった。


「あの~勇者様、なんとおっしゃたおでしょうか……」

「■■■■?」


 少年が頭を掻きながら困ったように何か言っている。


「困りわしたわ、勇者様のお言葉が分かりません、どうしましょう?」


 勇者の召喚には成功した。しかし勇者の世界とこの世界では言葉が違うようで何を言いたいのかティファにはわからなかった。

(このまま話も出来ないのでは勇者様とのめくるめく恋の物語も始まりませんわね、どうしましょう……)


「姫さまー、勇者様と話すにはこのアイテムが必用です!!」


 その時、オーゲストが一つのアイテムを持ってやってきた。


「オーゲスト、それは本当なの!?」

「はい、古文書にはこのペンダントに勇者様と会話を成立させる力が込められているので呼び出したらまずこれを首にかけなさいと」


 それは言葉の通じぬ相手と意思の疎通を可能にするアイテム。こちらの言葉は向こうの言葉に、向こうの言葉はこちらの言葉に自動的に変換してくれるペンダントだ。


「わかったわ、さっそくかけましょう」

「しかし問題は素直に勇者様がこれをお付け下さるか……」

「え、大丈夫でしょ?」

「普通に考えれば何を言っているかもわからぬ相手からの贈り物などすぐに付けようとは思わない物でしょ。罠や毒殺、呪殺の可能性があるのですから」


 魔法の存在するこの世界では魔法の込められたアイテムは警戒するのが常識だ。王族への献上品は普通、この魔導研究所のチェックを通り、魔力の籠っていない物ならそのまま、魔力の籠っているものなら送り主に効果を一度確認するなり、犯罪奴隷に装備させて安全性を確認するなりしている。日常的にそんな作業をしている場所の所長であるオーゲストからしたら、相手が何の疑問も持たずにペンダントを装備するとは思えなかった。


「大丈夫よ。だって私の勇者様だもの、きっとつけてくれますわ」


 だがティファの方は気にした様子はない。自分と勇者の間に結ばれている運命の糸を信じ、勇者ならば自分からの贈り物を拒むわけが無いと思っていたからだ。


「しかし姫様……」

「も~くどい、ともかくやってみればわかるわよ、ほらかして」


 そしてオーゲストから強引にペンダントを回収するとそれを持って少年に近付くのだった。


(さあ勇者様、どうぞ私の愛を受け取って下さい。そして私達の物語を始めましょう)


 オーゲストの心配をよそに、少年はペンダントを疑う事も無く付けるのだった。


(やっぱり、この方は私の運命の勇者様なんだわ)


 そんな様子にティファは自分の愛が通じたのだという事を疑わなかった。

 これは少年がいた世界には魔法などなく、常日頃から毒殺などの命の危機を感じるような環境にいない平和ボケした、そんな日本人の少年にオーゲストが考え付くような警戒心が無かったのが事実だが、幸か不幸かその現実に気付くものはいないのだった。


「これで勇者様とお話し出来るのでしょうか?」

「あ、日本語だ。言ってることが分かるぞ」


 そしてペンダントの力で会話が可能となった訳だが、二人の恋ははたして始まるのだろうか。



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