第63話 スクラフト家の事情

 トウヤ達がカリニ村を出てから十二日、ようやくカトルの家のある街スクラフトに到着した。トウヤやツチミカドの高い戦闘能力頼りで、本来なら迂回し、遠回りで進むような強力なモンスターの住むエリアを突っ切ったり、旅をする人数を減らし馬車を軽くし、その分馬達に少し長く移動してもらったりと無茶をし、急いでここまでやってきた。

 街の入り口の検問はカトルが顔を見せただけでスルー。彼のおかげで門前の旅人や商人の長い列に並ぶ事も、ゲペルの街の時のようにステータスを確認される事も無く街に入る事が出来た。


「そういえば、これから領主様に会うのに、僕偉い人相手の言葉使いとか出来ないけど大丈夫かな?」


 街の中を馬車が進んでいく。カルトの父親に会うその時が近付いてくるこのタイミングで、自分が敬語など使えない事を改めて思い至り、不安になるトウヤ。すでにカトルと出会った段階で敬語を使えない事を問題視するべきなのだが、あの時はモンスターに襲われ大変だったり、近くにいたラピスの方がカトルにとって重要人物だったり、カトルが妹と同じくらいの見た目で偉い貴族という感じでは無かったなど様々な理由からトウヤの態度に対して何も問題視する人がいなかった。そのままカトルと友達のように接していたのだが、カルトの父親だからとて、さすがに貴族相手にはそれなりの言葉や態度で接しなければダメだろう。


「大丈夫だ、父様はそのような小さな事を気にはしない。気楽にしてくれ」

「いや、でも……」

「冒険者は荒くれ者の集まりだからね、敬語なんて使えないやつのが多いよ。トウヤは私達の仲間の冒険者だと思われるだろうから礼儀作法がなってなくてもスクラフト卿なら見逃してくれるさ。どうしても不安なら極力黙っているのと、常に私かスターリンの傍に居ればいいさね」

「んだ、オラもいつもそうしてる」


 ソフィーがアドバイスし、シヴァイも自分も同じだと言って励ました。彼があまり話そうとしないのはそうした理由もあったようだ。


「うん、それじゃその時は頼らせてもらうよ」


 そんな会話をしていると馬車が動きを止めた。


「さ、到着しましたよ」


 御者台からスターリンの声。カトルの屋敷に到着したようだ。


「おかえりなさいませカトル様」


 作業をしていた庭師が最初に馬車に気付き寄ってきた。馬車から降りるカトル。


「ただいま、カインズ。父様かじいはいるか?」

「はい、すぐに執事長を呼んできます」


 カトルの質問に答え、すぐに動き出そうとする庭師。そして玄関の扉を開けようとしたタイミングで扉の方が勝手に開くと、そこから執事服の老人が現れた。


「おかえりなさいませカトル様。無事の帰還、心よりお喜びいたします。一年間会わぬ間にずいぶんとたくましく成られて」

「じい、ちょうどよかった。緊急で父様に伝えたい話があるのだが」

「緊急? では奥様を助ける秘薬が見つかったのですか?」


 奥様を助ける秘薬? 二人はいったい何について話しているのだろうか、気になったトウヤだった。

 何か情報は無いかとイベントを眺めてみる。今発生しているのは『襲われた少年』これはカトルをラビットファイターから助けた時に発生したものだ。そこから派生する次のイベントは『領主との出会い』だ。このイベントに行く条件はカトルを目的地まで護衛する事。家には着いたが『襲われた少年』のイベントが終了していないのは家が目的地ではないという事なのだろうか?

 おそらくカトルの父親が目的地なのだろうとトウヤは予想する。そして次のイベントに移動していないのでトウヤが期待した情報は手に入らない。イベント確認能力は今発生中のイベントと一個先のイベント。それと次のイベントに行くために必要な行動が示されるだけだ。だから『領主との出会い』にイベントが進んだ時、さっきの会話の内容に関するヒントが得られるかもしれない。


「サギヨウの皆の協力でそちらは手に入った。だが緊急の要件はそうではない。ここに来る途中僕はポートピュア男爵が管理する村をいくつか見てきた。その村の全てが重い税に苦しめられ、民はやせ細り弱っていた。中にはモンスターに襲われ崩壊寸前な状態で放置された村もあったぞ」


 この街までの道中、カトルがポートピュア男爵の管理する他の村の様子も見ておきたいと言ったので、急ぎの旅なのはわかっていたが、無理をして四か所の村を回ってみたがその全てが税に苦しみ、泣く泣く子どもを奴隷に売ってなんとか生き残っていて、覇気がなく暗い顔の者ばかり。そんな状況だった。そして、別の男爵に任せているスクラフト家の領地の村はそんな事は無く、裕福ではないが苦しくもない。しかし民は笑顔で働いているし、カルトの父親が決めた通りに不作の年やモンスターに襲われた年は収める量が減らされたり、免除されているようだった。

 これを見て、やはりカトルの父親の問題ではなく、ポートピュア男爵に問題があるのだろうとカトル達は判断した。そしてそこまでして蓄えた金や食べ物は何処に行っているのだろうか。もし自分の懐に入れているのであるならば問題だし、そうではなくちゃんと上に納めているとしても民を苦しめるやり方は問題だ。それは主人であるカトルの父親の考えに従っていないという事なのだから。


「なるほど、ポートピュア男爵がそのような……。旦那様は騎士団長と一緒に冒険者ギルドの方に向かわれました。最近このあたりのモンスターの動きが活発になってきたのでギルドの支部長と話し合っております」

「モンスターが活発に……」


 ツチミカドが小さな声で呟きながら何かを考えている様子。


「動けるまで回復した影響か?」


 彼の独り言を聞き取ったのは隣にいたトウヤだけだった。しかしその独り言がどういう意味なのかトウヤには理解できなかった。


「ありがとうじい。ではさっそく冒険者ギルドに行ってみるぞ」

「その前にカトル様、家に着いたので僕達サギヨウの護衛任務はここで終了という事でよろしいでしょうか?」


 すぐにでもギルドに向かいそうなカトルを止めスターリンが訪ねる。


「ああそうか、ここで依頼終了にすればギルドに行くついでに報告も出来るな」


 すぐにその意図を察し、カトルが執事に指示を出して家の中から一枚の紙を持ってこさせた。そこに何かを書きスターリンに渡した。


「その紙はなに?」


 カトルが何をしているのかトウヤにはわからなかった。


「これはギルドに依頼を達成した事を証明する書類さね。モンスターの討伐ならそのモンスターの特徴的な部位を提出すればいいけどそれ以外の依頼だとちゃんとこなしたか確認出来ないからね、そこでこうして依頼人から依頼完了を示す用紙と報酬を受け取るのさ。この用紙をギルドに提出する事で私達は冒険者ギルドの一員としてちゃんと仕事をしていますって証明になるのさ」

「へ~。ギルドへの証明って重要なの?」

「ちゃんと仕事をこなせば冒険者としてのランクが上がり、危険だがその分高収入の仕事が貰えたり、何かあった時の保証も良くなるからね。逆に依頼をすっぽかしたり全然仕事をしてないようだとギルド会員から除名なんて事もあるよ。だから依頼をキッチリこなしてますって証明が大事になってくるのさ」


 ソフィーが説明している間にカトルとスターリンの報酬の受け渡しも終わった。


「よし、これで僕達の最後の依頼も終了だ。報酬は前に話し合った通りに。シヴァイ、セシル頼んだよ」


 スターリンが受け取った報酬の入った袋を神官の少女セシルにそのまま渡した。セシルは黙って頷く。


「最後とはどういう事だ?」

「リーダーのサムが死んでしまいましたからね。この依頼を最後に僕らサギヨウは解散しようって話になったんです。そしてこの金であいつにちゃんとした墓を用意してやろうってね」


 カトルの質問に答えるスターリン。セシルはサムが死んでから口数は減り、どこかボーっとしている事が多くなった。そんなある日夜の見張りをしている時にソフィーに冒険者を辞めようと思っていると相談したのだった。冒険者を辞め、サムの墓の近くの村に住み彼の墓を守りたいのだそうだ。

 サムとセシルは付き合ってはいなかったが互いに好きあってはいた。気付かぬのは本人たちだけで他の仲間全員がその事は気付いていた。なので彼女がそう言いだす事に何の疑問も無く、サムと一緒にやった最後の依頼であるカトルの護衛、この依頼を無事に終わらせたらセシルはサギヨウを抜け、冒険者を辞めるという事になった。その話を聞いたシヴァイも自分もセシルが村に行くまではついて行き、護衛をすると言い出した。その後はカリニ村に行って村の復興を手伝うつもりだという。

 そんな訳で二人が抜けると、この先チームとしてどうしようもないので解散する事にした。


「それでご相談なのですがカトル様、もしよろしければソフィーと僕をカトル様の所で雇ってもらえませんか?」

「それは別に構わないぞ。ゴールドの冒険者二人が仲間になるのは喜ばしい事だ。むしろこっちからお願いした位くらいだぞ」

「そう言ってもらえると嬉しいですね。サギヨウの皆より良いチームに出会うのは大変だし、断られたらこの先どう生活しようかと悩んでいたんですよ」

「それじゃ、まずはギルドに依頼完了とサムの死亡、サギヨウの全員の冒険者からの引退の申請に向かうかね」


 カトルは父親に会ってカリニ村の様子を報告するため、スターリン達はギルドから抜けるため。そしてトウヤはここに居ても暇だから、ツチミカドはトウヤが行くならとそれぞれの理由で街のギルド会館に向かうのだった。

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