第64話 スクラフト家の事情 2

 三人の男が地図を見ながら話をしていた。一人はこの街やその周囲の土地を国王から任されている貴族、トロワ・デュオ・ウーフェイ・スクラフト。二人目は彼の配下、スクラフト騎士団の団長トーギス。そして三人目はこの部屋の主であり冒険者ギルド、スクラフト支部の支部長ギルドマスターエピオン。男達が三人そろってギルド会館で地図を見ながら何をしているかと言うと、一年ほど前から周囲のモンスターの動きが徐々に活発になっており、ここ半年の間にモンスターが村を襲ったという報告や、普段ならモンスターがあまり出ないはずの比較的に安瀬だと思われていた街道などでもモンスター、それもかなり強く狂暴な個体が出現したという相談がトロワのもとに多くもたらされた。今日はそんなモンスターの活発化への対策を騎士団と冒険者で協力して行うための話し合いに来ていた。

 被害の報告のあった地点を地図に記入し、それを眺めながら目撃されたモンスターの強さをを考え、騎士団が監視と討伐を担当するエリアと、冒険者が担当するエリアを決めていく。

 そうした話をしている最中にドアがノックされ、新たな人物がやってきた。

 それはとある事情で旅に出ていたトロワの息子、カトルと息子の護衛を頼んでおいた冒険者の姿だった。その中に二人見覚えのない人物がいた。片方は仮面で顔を隠した少年。もう一人はこの辺では見ない変わった格好の坊主頭の男性。あれは東の国から来た自らを修験者だと言っていた人物の格好に似ているな。と過去にあった事のある冒険者の姿を思い出すトロワ。二人とも一回見れば忘れないような特徴的な姿、見ていたら記憶にないという事は確実にないだろう。

 旅の間で出会った新しい供の者だろうとトロワは判断し、そこで一旦トウヤとツチミカドの事を考えるのを中断した。


「戻ってきたかカトル。それで旅の成果はどうだ? 薬は見つかったのか?」


 会議を中断し息子の方に向かうトロワ、彼の部下である騎士団長は当然のこと、ギルドマスターもそれをとがめるような事は言わなかった。

 カトルが母親を救うため、マロース大森林に住む森の精霊族エルフに秘薬をもらいに向かい、その護衛をサギヨウに頼んだことはギルドを通しての依頼なのでギルドマスターのエピオンは当然知っている。なので息子が帰って来たことを喜ぶ気持ちも理解できるし、一年ぶりの親子の再開を邪魔しようなんて野暮な事をする気もない。


「はい母様の薬はちゃんと手に入れました。これもサギヨウの皆の協力のおかげです」

「そうかそうか、皆さんのおかげで無事に息子が帰ってきました。ありがとうございます」


 スターリン達に深々と頭を下げるトロワ。冒険者に対して礼を言う貴族、その姿にトウヤは内心驚いた。トウヤのイメージの中では貴族とは常に偉そうで、平民を見下し高圧的な態度。他者が自分のために尽くすのは当たり前で平民相手に決して頭を下げるような事はしないと思っていた。会うまでは半信半疑だったが、この人はカトルやスターリン達の言っていた通りの優しい人のようだ。


「ところでサムの姿が見えねえがどうしたんだ?」


 ギルドマスターがサムが居ない事に気づいた。そしてこの質問をした時のスターリン達の表情からなんとなく想像は出来た。


「サムはモンスターにやられて……死にました」

「……そうか、相手はどんな奴だった?」

「ラビットファイターが四体です。一体はサムが倒したのですが力及ばず……」

「ラビットファイターか、あいつらは集団で連携を組まれると厄介だからな。しかしアタッカーのサムを失っても後は上手い事生き残るとはさすがゴールドクラスの冒険者だな。お前たちは無事でよかった」


 ラビットファイターは近接格闘しかしないので、ある程度の実力のある冒険者で、なおかつラビットファイターが一体だったら誰かが引き付けている間に遠距離から仲間が攻撃を加えれば安全に倒す事も出来る、比較的に脅威度は低いモンスターだ。ただしそれが集団になると話は別だ。ラビットファイターには無言でも仲間と意思の疎通が出来る方法があるのかと疑いたくなるほどうまい連携を見せ、冒険者達を翻弄する。

 そんなモンスターを相手に仲間の一人、それも攻撃のかなめであるアタッカーを失っては勝ち目は薄くなり、後は逃げるしかないだろう。その場合もラビットファイターが素直に逃がすとは思えない。ギルドマスターはサギヨウの実力とラビットファイター三体分の実力の差から相当な苦戦を強いられ、もう一人は犠牲にしないと逃げられないのではないかと判断した。しかし四人は無事に生還し、片腕を失うなどの被害もなさそうだ。運が良かったのか旅の中で成長したのか。

 ギルドマスターをやっていると所属している冒険者がやられたという話は月に一回は必ず耳にするくらいによくある事だ。なので仲間の死事態には耐性が出来ている。それでも少しでも多くの仲間に長く生きていて欲しいし、出来るだけ悲しい報告は聞きたくない。それがギルドマスターであるエピオンの偽らざる本音、なので四人の無事な帰還は嬉しかった。


「生き残ったのは単純に運がよかっただけです。偶然通りかかったトウヤさんやラピスさんが残りにラビットファイターを倒してくれたんです」

「トウヤにラピス? 聞いた事のない名前だな。もしかしてそちらさんがその助けてくれた二人なのかな?」


 視線だけをトウヤ達に向けながら訪ねるギルドマスター。


「はい、こちらがトウヤさんです。もう一方はツチミカドさん。トウヤさんやラピスさんのお仲間で信頼できる方です。ラピスさんは別の用事でこの街までは来ていません。三人ともすごくお強いんですよ。ラビットナイトが五体にラビットキングが一体。それをトウヤさんとラピスさんは二人で倒してます。ツチミカドさんもトウヤさんと同じ強さですよ」


 ツチミカドは基本的に馬車の近くに陣取り、近付いてきたモンスターを弾き飛ばすだけなのでその実力はわからない。だがどんなモンスターでも簡単に吹っ飛ばす実力からトウヤと同等か、それ以上なのではないかとスターリンは予想していた。


「は? ラビットキングだと……そりゃなんの冗談だ?」


 ラビットキングが一体現れた。それぐらいならまだありえそうな話だ。一体のラビットナイトが指揮するラビットファイターの集団に遭遇した話はごく稀に聞くことがある。偶然にそのモンスターから逃げることの出来た唯一の生き残りの話やたまたま遠くで戦いを覗いた旅商人の噂話からもたらされるような情報だが。そんなラビットナイトが五体出ただけでも驚きだが、その上ラビットキング、こちらはモンスター図鑑で見るか勇者の物語で語られるような存在で、実在自体が疑われていたモンスターだ。そんなモンスターを相手に無事だった。しかも二人で倒したのだという。


「そんな話、何の証拠も無く信じられねえな。もし本当ならそいつはミスリルどころかジーニュウムレベル、ソフィーの母親、この国の最強戦力、十二武将の鉄拳のプラフタとかと同じ強さって事だぞ。そんなのが三人も、しかもそれだけの実力を持ちながら今までに全く名前を聞いた事がない。なんか証拠になるものねえのか?」

「マスター、勝手に人の母親の名前は出さないで欲しいさね。こいつだと証拠としては弱いけど、どうかね? シヴァイ、魔核を見せてやんな」


 それはラビットナイトやラビットキングのモンスターの核だ。ラビットキングが復活されても困るのでトウヤ達と合流する前に回収しておいた。

 シヴァイが両手で持つソフトボールのような球体。それがラビットキングの核かはわからないが、かなり強力なモンスターの物だとは想像がつく。次にさっきよりはだいぶ小さな核が五個。話の流れからこれがラビットナイトの核だろう。


「これを見せられちゃ信じるしかねえな。まさかこれほどの実力者を知らなかったとは、俺もまだまだだな」


 ギルドマスターの仕事はモンスターの討伐ではない。ギルドメンバーの能力の見極めや育成、そして有望な新人のスカウトなど、冒険者の質を向上させて人々が少しでも安全に生活できるよう尽力しつつ、ギルドの運営が上手くいき、冒険者の生活を保障できるよに貴族や国を相手に報酬や援助の話をするのが役目だ。そのために常に実力者に関する情報には注意していた。

 冒険者の能力はギルドの会員を示す証明書、通称ギルドカードの縁によって変わる。新人は枠無しから始め銅枠、銀枠、金枠と進んでいく。スターリン達のチームはこの金枠、ゴールドクラスの冒険者。中堅クラスの強さと認められている。そしてここから先は真に実力を認められた上級者たちのクラスだ。ここから先のクラスのギルドカードには偽造防止や何か特殊な依頼が来た時の緊急連絡用の魔法が込められ、魔法を通しやすい特殊な金属が使われている。それがミスリルでありミスリルの魔法伝導性を高めた特殊金属ジーニュウム合金だった。この二つのクラスを合計した冒険者の人数は百数人。百万を超える冒険者の中の本当に一握りしかいない実力者。それに並ぶ力をもつであろうトウヤ達の存在を今まで知らなかったことにギルドマスターとして情報収集を怠っていたと彼は反省した。


「知らなくてもしょうがないですよ。だってラピスさんは竜種ですから」

「は?? いや、もう驚くのはよそう。もしかして、少し前に噂になっていたゲペルの救世竜とその従者ってやつか?」


 竜種と言われ、最近聞いた話を思い出す。ゲペルの街に竜がやってきて、魔族に攫われた少女を救った。その時に魔族は倒され、竜の配下となったモンスターがダンジョンを変化させ、今では初心者を鍛えるのに最適な安全なダンジョンへと姿を変えた。そんな話だ。そのダンジョンのある領地を治める貴族、サンセッコン伯爵の手の者が冒険者たちに広めている噂だったので金儲けのために自分の領地に人を呼ぶ嘘だと半信半疑でいたが、あれが真実だったのだろう。


「はいそれですよ」

「それで、その竜種様は今どちらに?」


 話を聞いていたトロワが慌てだす。竜種が近くにいるならば領主である自分がすぐに相手をしなければならない。それこそ他国の王族でも相手にするように、決して失礼の無いよう接しなければならない。

 竜種とは伝説にうたわれるような正義の使徒にして心優しき世界の守護者。しかしその怒りに触れた者には破壊をもたらす存在でもある。決して対応を間違えてはいけない相手だ。

 なので傍にいるならば、すぐにその場を知りたい。そして何かあった時には自分の首だけで許してもらわなければならない。兵や領民の安全を護る。それが自分の役目なのだから。


「落ち着いて下さいお父様。ラピスさんは今カリニ村に居ます。それに関連した大切な話があるので聞いて下さい」


 そしてカルトは話し出した。半年前にカリニ村を襲ったイナゴモンスターの事や村人が困っていても気にしないどころか、税金を多く取ったヤス・ポートピュア男爵の所業、現在ラピスが村の復興のために残って仕事をしている事。それとラピスに頼まれていたコシュタの移動能力に必要な土地の提供。それとついでにサギヨウの解散やスターリンとソフィーを自分の専属騎士団として雇いたいという話も。

 その話によってポートピュア男爵の土地だけ他の場所よりモンスター被害の報告が少ない事に騎士団長やギルドマスターは気付いた。トウヤ達の旅の間に寄った他の村の様子からモンスターの被害は他とそう変わらない様子だと言うのにだ。

 こうしてポートピュア男爵への疑いはより深まる事となった。

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