第50話 妹の依頼 3

「キョエ~」


 イノシシほどの大きさがあるウサギが六体、二本の足で立っている。名前はラビットファイター、レベル5のモンスターだ。


「ここまでは運よくモンスターに出会わなかったが、さすがに最後までモンスターに会わずに無事なんて幸運は訪れなかったか」


 ニッチが馬車の中でつぶやく。ここまでモンスターに会わずに済んだのは単純にカイリキーの支配する範囲だったから、旅に同行しているツチミカドの存在に気付き手を出してこなかったからだ。しかしここからはそのカイリキーの支配地域ではなくなるようだ。ラビットファイターの所属を確認するトウヤ、所属は『弓の魔王アルバレスト』となっている。つまりそれがここから先を支配している魔王という事だ。


「なんだか弱そうだし、サクッと片付けちゃいましょ」

「うん、そうだね」


 トウヤとラピスの二人が馬車から降りた。


「トウヤ兄ぃ無理しないでねで」

「大丈夫、これでも少しは強くなったんだから、安心して見ててよ」


 現在のトウヤは魔王の効果の身体強化を受けていない。それでも純粋に20越えのレベルがあるので、このウサギ相手なら何も心配する必要は無いだろう。と言っても相手のステータスを見れるわけでもなく、戦いの経験もないリヨナからしたら単純に向こうの方が数も多く不安に思うのも仕方がないというものだ。

 トウヤが腰から二本の短剣を抜き両手に構えた。リヨナ達の目があるので相手に合わせてその場で剣を創り出すような事は出来ない。今回は前に作った雷の剣を使っている状態だ。ラピスの方は両手を竜の手に戻している。手の周りに気力を纏ってはいない、レベル5のラビットファイター相手にそこまでする必要はないと判断したのだろう。

 さらにトウヤには普段着の上に革製の簡素な防具を付けている。これもラピスはともかく普通の人間であるトウヤが防具も無しではさすがに不審がられると思ったからだ。それと顔には顔面の上半分を隠すような仮面をつけていた。この仮面には何も特殊な効果は付けていないただのファッションだ。旅の途中で買ったものなのだが、その理由は自分達兄妹だけが村に戻ったのでは他の子どもたちを奴隷商人に売るしか生き残る方法が無かった他の村人がどう思うか不安だったからだ。リヨナ一人だけが戻ってきたのならそんな幸運もあるかと思われるあろうが、トウヤも一緒ではあの家族だけ何か別の方法を使い、しかもそれを他には教えなかったのかと疑心暗鬼に駆られ、家族の立場が悪くなるのではないか。という表向きの理由でこの仮面をつけている。その裏にはトウヤが魔王である事から素直に家族に会っていいものか悩んでいるという事情もあったりする。


「キョエ~」


 ラビットファイター達が二人の戦う意思を感じ取りあるものは飛び上がり、ある者は殴りかかったりとそれぞれバラバラに攻撃をしてきた。ラピスが高く飛び上がったラビットファイターと同じ高さまでジャンプするとそのまま爪で切り裂いた。頭を刈り取られそのまま落下するラビットファイター。その死体が別のラビットファイターの上に落ち動きを邪魔する。動きを邪魔され立ち止まったラビットファイターはそのまま着地したラピスの二体目の犠牲者となった。

 トウヤは殴ってきたラビットファイターの攻撃をかわしながらすれ違いざまにわき腹を斬りつけた。切った瞬間にラビットファイターの全身に雷が走る。それだけで体は真っ黒になり絶命した。


「ほら、一人倒して満足していてはいけませんよ」


 トウヤ達を無視し馬車に向かったラビットファイターを御者台に座っているツチミカドが錫杖で殴りトウヤのいる方向に飛ばす。彼の仕事はトウヤ達が気にせず戦えるようようにリヨナとニッチの護衛、なので積極的に戦いに参加する気はなかった。

 トウヤが飛んできたラビットファイターを双剣でバツ印のように斬り倒す。そうしている間にラピスが残る二体も仕留めていた。

 時間にして十分にも満たない時間で六体のラビットファイターはあっさりと倒されたのだった。


「いや~本当に強いんですね。護衛を雇わないでいいと言われた時は不安でしたけど、これならお兄さん達だけでも大丈夫そうだ」


 戦闘が終わった馬車内でニッチが先ほどの影響か興奮して話している。トウヤ達は旅の前に経費の節約のための自分達が護衛をするので追加の護衛は不要だと申し出たのだった。ラピスは竜族だし、スピリットファームからリヨナを救い出している前例もあるから実力は本物と判断された事と、護衛を雇うと旅の日数分の給金や人数分の食事や宿など実際にかかる経費はどんどん増えていくためにその提案は簡単に通された。それにツチミカドが御者を出来るという事でそちらも雇わなかった。

 これにはトウヤ達が少しでも魔族や魔王であることをバレるリスクを下げたいという事情から提案した事だったのだが、結果として旅はトウヤ、ラピス、ツチミカドとリヨナ、ニッチの五人だけという事になった。

 ラピスが竜の姿で全員を乗せて飛んでいくのが一番早い方法なのだが、前回ゲペルの街に行った時に街の近くまでラピスに載って行った事で魔族に竜の気配を察知され、リヨナが誘拐された過去から今回は人間の姿で陸路を地道に進んでいく方法を選択したトウヤ達だった。


「それでこのウサギ達はどうします?」


 トウヤがニッチに訪ねる。トウヤ達は現在ニッチに雇われて護衛をしている事になっている。なので今倒したラビットファイターをどうするかの権利はニッチにある。モンスターの心臓ともいえる核だけを抜き取りここに放置するもいいし、皮や骨を持って行って次の街で売ってもいい。モンスターがまた復活して別の人を襲い始めてもどうでもよくて時間を優先するのなら核すら取らずにこのまま死体を放置する選択肢もあるわけだ。


「核だけ取って死体は森の中にでも捨てておきましょう。血のニオイに誘われて別のモンスターがこの道まで出て来ては他の人が困りますからね」


 核は小石ほどの大きさなので荷物にもならないし、魔力の塊なので国が買い取ってくれるため価格は一定で、確実に売れる。売れるかどうかも分からない死体を次の村や街までの数日間荷台に乗せておくいつ必要性もあるかと言われると、トウヤ達のおかげで今回の旅ではそんなにお金には困っていない。なので今回は核だけを回収する事にした。

 ニッチの指示に従いトウヤが核を回収し、ラピスが核の無くなった死体を掴んで森に運んでいく。核の回収が終わってからはトウヤも森に捨てる作業に加わった。そうして最後の二体を二人が運んでいる時、トウヤは悲鳴を聞いた。

 トウヤがラピスの方を向くと、彼女もこちらを見ていた。ラピスにもその悲鳴は聞こえていたようだ。


「僕は様子を見に行くからラピスお姉ちゃんはツチミカド達に伝えに行って」

「わかったわ。話したらすぐにそっちに行くから、トウヤ君は無理しちゃダメよ」

「うん」


 返事をしつつ二人は別々の方向に向かって走り出した。走りながらトウヤはマップを確認する。複数の人と馬、それを囲むモンスターの群れが進行方向に表示されている。進んでいる間に人とモンスターの点が重なり、人が一つ消えた。誰かがやられたようだ。二人目の犠牲者が出ようとしたそのタイミングでようやくトウヤは目視でその戦闘を確認出来る距離まで辿り着くことが出来た。


「サンダーショット」


 トウヤは短剣を引き抜くとキーワードを叫んだ。剣に込められた力が雷となって剣先から飛び出して、今まさに攻撃を行おうとしていたモンスターに直撃した。

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