第51話 妹の依頼 4

「止まれ、何か来た」


 先頭を行く男の声で全員が動きを止めた。男が剣に手をかけながら警戒するように近くの森を見つめている。

 ガサガサという音と共に巨大なウサギが四体飛び出してきた。細かくステップを踏みながら拳を握って戦闘態勢のウサギたち。


「気をつけろ、こいつらはラビットファイター。集団で行動し連携攻撃してくる肉弾戦を主とするモンスターだ。魔法を使う所を見た者はいないらしいからそっちは注意しなくていいだろう」


 魔導士風のローブを着た男が仲間に相手の特徴を伝える。仲間たちは男のアドバイスを聞きながら、護衛対象である馬車を守るように陣形を組んでいく。


「先手必勝」


 最初に声をかけた剣士がラビットファイターに向かう。魔導士は剣士のフォローをするべく呪文を唱え始めた。魔導士の右手に火の玉が現れ剣士が攻撃しようとしているラビットファイターに向かって飛んでいく。

 ラビットファイターが左手で火の玉を弾くと、当たった瞬間に火の玉は爆発しラビットファイターはその爆発により視界がふさがれた。剣士がその隙に攻撃を加えようとする。

 だがそれを他のラビットファイターが左右から飛び蹴りで邪魔しようと向かってきた。剣士は左右から迫る二体は無視して最初に狙っていたラビットファイターへの攻撃に専念している。

 剣士への攻撃を止めたのは彼の仲間達、一方は女騎士が割り込みその盾が蹴りを受け止め、もう片方は魔導士の火球が上から降ってきてその蹴りの軌道をそらす事で防ぐのだった。

 剣士の攻撃が来る、ラビットファイターはそれをすでに火球でダメージを追っていた左腕で防ぐ事にした。腕が切り落とされ顔を少し切られたが気にせず残った右腕で反撃しようとした時、剣士がしゃがんだ。腕が剣士の頭上をかすり、さらにその腕に向かって矢が飛んできた。これは馬車の上に陣取り弓を構えた剣士の仲間による攻撃だ。

 ここまで剣士たちは何の打ち合わせも無く連携をやってのけたのだが、それは今までの多くの冒険の中で彼らが培った信頼と、相手がどうこう行動するか予想が出来るだけの相手に対する理解によるよるもの。それだけで彼らがどれだけの修羅場を今まで共に越えてきたかが想像できよう。

 しゃがんだ剣士がそこから顎から脳に向かって剣を突き上げた。


「一体目」


 ラビットファイターが仰向けに倒れる。それを見届け剣を抜くと次の獲物に向けて視線を動かす。


「うわぁぁぁぁ~」


 その時馬車のほうから悲鳴が上がった。ラビットファイターの一体が馬車に向かっていったために彼らの依頼人が驚いて声を上げたようだ。女騎士が二体のラビットファイター相手に盾で防御し、弓使いもそのサポートをしている。こっちは二体を止めておくだけで手いっぱいっといった感じだ。

 残る仲間は魔導士と神官の少女、片方は火球で牽制しているが神官の方は回復魔法が使えるが戦闘はそんなに得意ではない。申し訳程度に装備しているこん棒を持つ手は恐怖に震えている。


「しまった、一体抜けられたか」


 今自分以外にあのラビットファイターの相手を出来る者はいない。剣士は急いで戻る事にした。

 剣士が剣が壊れた時のために腰に下げてある予備の短剣に手を伸ばすとそれを馬車の近くにいるラビットファイターに投げた。


「キョエ~」


 背中に短剣の刺さったラビットファイターが振り返り剣士を威嚇する。そのまま自分を標的にしてくれればと思いながら剣士が走る。


「危ない」


 馬車に向かっていた剣士の所に影が差した。女騎士が止めていた内の一体が背後を見せる剣士に標的を変えたのだ。

 魔術師が火の玉を剣士に向かうラビットファイターを狙って放つ。しかしそれが届くより先にラビットファイターの爪が剣士の背を捕らえた。

 剣士が衝撃で一回跳ね、その後全く動かなくなった。


「サム~!!」


 剣士の血で地面に水たまりが出来ていく。今ならばまだ彼を助けられるかもしれない。

 神官が回復魔法を施すために急いで倒れた剣士の元に向かう。


「セシル、今は動くな」

「でも早くしないとサムが……」


 彼女には死者を生き返らせるような大魔法は使えない。なので彼がまだ生きている内に回復魔法を使わなければならないのだ。その事を魔導士もわかっている。わかっているが敵が健在の今の状態で彼女が剣士の元に行くのはただ単に彼女が危険にさらされるだけなのだ。悲しいが剣士の事は諦める、それがこの場でもっとも被害が少なくやり過ごす方法だろう。

 だがそんな魔導士の思惑とは関係なく神官の少女は剣士に近付き回復魔法を施した。だが遅い、彼の顔色は真っ青なまま、意識を取り戻す様子もない。


「うそ……」


 その事に少女はショックし、ただ立ち尽くすしか出来なかった。


「キョエ~」


 そんな無防備な獲物を無視するほどラビットファイターは甘くない。少女を守ろうと仲間達がラビットファイターをけん制しようとするも三体全てを止める事は出来ず、少女にラビットファイターの爪が迫ろうとしていた。

 剣士に続いて二人目の仲間を失いそうになるが彼らにはけん制以上に出来る事はもうなく、しかも狙われているのは仲間の中で唯一回復魔法が使える神官、もうそこには絶望の未来しか待っていなかった。

 どうすることも出来ずただ見ていた彼らの前にその時奇跡が舞い込んだ。


「サンダーショット」


 森の中から雷撃が飛んできたと思ったら、今まさに少女を襲おうとしていたラビットファイターを直撃した。

 雷の一撃でラビットファイターの息の根を止めた人物は森の中から飛び出すと、素早い動きで馬車に近い一体を倒し、そのまま盾騎士が担当していた最後の一体もあっさりと倒してしまった。

 登場から三十秒足らずでラビットファイター三体をあっさりと片付けた人物、それがそれなりの年月を生きたベテランの戦士ならば魔導士もまだ理解できただろう、だがそれをやってのけたのは自分達より若い少年であった。

 いったい自分が今見たのは何だったのだろうか。

 ラビットファイターが倒された事や仲間が無事だった喜びよりも、突然現れた人物に対する驚きが魔導士は動けなくなっていた。

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