第34話 竜の修行 5

 自然と一体になれと言われたトウヤはタンザナイトの言葉に導かれるように、精神が肉体から離れていくのを感じた。

 水の流れや風の動き、太陽から降り注ぐ光に鳥のはばたきなど。この山で起きている事が手に取るようにわかる。山を通り抜ける大河のような気の流れが見えた。その流れがゲペルの街のほうまで続いている。そのさらに向こう、世界の裏側までこの流れは続いているのだろう。

 滝に打たれ修行している自分や、小屋を建てているタンザナイト、自分を眺めているイバラの姿もある。

 山の頂上に向かうと、ラピスがトウヤの部屋を掃除していた。


「あれ、トウヤ君?」


 ラピスが鼻を動かしながら呟く。


「うん? 気のせいかしら」


 振り返ってもトウヤの姿はそこにはない。ラピスは自分の勘違いだと判断し掃除に戻た。


「すごいな、こんな状態の僕も感じられるんだ」


「トウヤ様、すぐに気を体内に戻してください。このまま放出し続けるとトウヤ様の生命が危険です」


 突然ナビが目の前に現れ忠告をしてくれた。


「なにそれ、どういう事?」


「トウヤ様は現在大量の気を放出する事で山の様子を感じ取っています。そのため体内の気は枯渇ぎみ、このままでは気力の代わりに生命力まで放出されてしまいます」


 ヤバいのはわかった。しかしどうやればその放出が止まるのだろうか?


「とりあえず体まで戻らなきゃ」


「その必要はありません、今見ているのは頂上まで飛ばしたトウヤ様の気が得た情報、その意識は常に体の中にあります。夢から覚めるように、ただ起きるのだと意識してください。後は私がサポートいたします」


 ナビにいわれるままトウヤは起きなければとただ思い続けた。すると、突然トウヤの姿が後ろに引っ張られていく。景色が高速で流れていき、すぐさま滝まで戻ってきた。そのまま滝にいるトウヤの中に入っていく。

 滝に打たれているトウヤが目を開ける。体がすごくだるい。トウヤの生命力を示すバーが半分白くなっている。相当ヤバかったのだろう。


「トウヤ様、まだです。生命力が少しずつ抜けています」


 ナビの焦る声を聞きながらバーを見ると、確かにまだ少しずつ減り続けている。


「いったいどうすれば……」


「先ほどの世界をめぐる気の流れを思い出してください。そしてそれを体内に作り出すのです。全身から抜け出る気を肌で感じ、その流れる方向を体の表面、上から下へと変えていき、最終的に血管を通して全身を巡らせるようなイメージに変えていくのです」


 ナビの説明を聞くと、それが出来るような気がしてきた。外に漏れだしている気を感じ、それの流れを変えていく。そうして体内に気を循環させる。生命力の減少が止まった。


「気力の操作を習得しました。これよりステータスの表示に気力が追加されます。それとステータスの簡易表示に黄色で気力のステータスバーの表示を追加します」


 自身のステータスを見ると、ほとんど真っ白なバーが一つ追加されている。


「さらにモンスター合成にも気力を扱えるモンスターが追加されるようになりました」


(僕が気を覚えただけで仲間達にも影響が出るんだ……)


「そして、気力の習得により魔王ランクが3になりました。能力調整にステータス偽装能力が追加されました。アイテム作成にストック機能が追加されました」

 

 新しい能力が追加されたようだ。早速確認してみようとトウヤはステータスを開いた。


「マスター大変です。ダンジョンのコントロール水晶に謎の表示が!!」


 ステータスを見ようとしたトウヤにイバラが声をかける。トウヤの成長に伴い、ダンジョンの方にも変化があったようだ。


「たぶん僕が気を習得したせいみたいだけど、何があったの?」


「はい、まずダンジョン内に誕生させるモンスターの中に気を使える者を生み出すかどうかの選択と、後は魔力以外にダンジョンの運営に気力を使えるようになったようです。これにより昼間は気力、夜は魔力を吸収、使用しての罠の運用やアイテム作成が出来るようになりました」


 気力を使える事で、必要なエネルギ量に対して供給がだいぶプラスに傾いたようだ。これならこの先魔力の枯渇を心配する必要はなさそうだ。


「それと、気力のおかげでダンジョン内に昼と夜を創り出す事も可能なようです。常に疑似太陽に照らされ、生命力にあふれる空間や、常に夜の魔力にあふれモンスターを強化し続ける空間が作れそうです」


「常に昼か。そこなら植物が成長してシンデレラが喜びそうだね」


「そうですね、ではシンデレラの畑区画を常に昼に設定してもよろしいでしょうか?」


「そうだね。それ以外の空間も昼と夜をわかるようにすると体内時計が狂わなくていいかもね」


 トウヤがダンジョンに入った時はずっと真っ暗で今が昼なのか夜なのか全く分からなかった。ダンジョン内でもそれが分かれば今がダンジョン何日目なのかわかり助かる人も出てくるかもしれない。


「ますた~、ダンジョンあかるい」


 そんな事を考えているとシンデレラがやってきた。ダンジョンに昼を作った礼を言ってくれているのだろう。


「おはな、よろこんでる~」


「そっか良かったな」


 トウヤは寄ってきたシンデレラの頭を撫でた。


「でも設定したのはイバラだからな。感謝なら彼女に」


「うん。ねぇね、ありがと~」


 シンデレラがイバラの方に向かっていった。


「おうトウヤ、気をコントロールできるようになったみていだな」


 タンザナイトがシンデレラと交代で近づいてくる。


「まさかこんなに早く気のコントロールまで終えちまうとはな。それじゃトウヤ、今度はコレわかるか?」


 タンザナイトが手の中に気を集める。トウヤはそれを堪忍すると背筋に冷たいものが走った。ヤバい、すぐさま後ろに飛びのく。なんだかわからないが嫌な予感がした。


「おう、バッチリだな」


 タンザナイトが手を閉じると嫌な気配が消えた。トウヤの固まっていた体が楽になる。


「今の何?」


「気を槍の形で外に出しただけだ。トウヤはその形を察知して体が逃げたんだ」


 死がすぐ目の前にあるような、そんな恐怖。


「それ、僕にも出来るようになるかな」


 もしその力を手に入れられたなら魔王としての自分を襲ってくる存在から自分や大切な人達を守る事が出来るだろうか。しかもこれは魔王に関係ない力、人間の状態のトウヤでも扱える。そうすれはリヨナのような事が次はちゃんと防げるかもしれない。


「修行すればそのうちにな。まずは体のどこか一部分に気力を集中させるところからな、とその前にまずは川から上がるか」


「そうだね」


 もう滝に打たれる修行は終わったので、トウヤは川から出る。


「おっと、ちょっとそのまま立っていてくれ」


 川から出た所でタンザナイトがトウヤを止める。そして彼の魔力が翼に集まっていく。


「熱風波」


 翼から暖かな風が生まれ、濡れたいたトウヤの全身が乾かされていく。濡れたまま服を着るわけにはいかなかったので助かる。


「さ、服を来たら次の修行に入ろうか」


「どこかに気を集中させればいいんだよな」 


 とりあえず右手に気を集中させてみる事にした。右手から全身に向かっている流れを反転させ全ての気の流れを右手に向かわせる。

 しかし上手くいかない。集まった気がそのまま外に逃げていくのだ。さっき溢れる気を何とかしたのは、単純に流れを変えて、体を巡らす事で外に出るのを抑えただけだ。流れを変えているだけで、一か所に留めておくことが出来ないのだ。どんどんと気力のゲージが減っていく。

 このままではまた生命力が削られそうなので気の操作を止める。また体の中を一定方向に向かって気が巡っていく。


「気を流せるが、留める出来ないか。よし、トウヤ、そこの川の水に手を入れるんだ」


 言われた通りに手を水につけた。


「水が手に纏わりついている感覚はわかるか? それを気で包んで再現してみるんだ。だが今はトウヤの気が少ないからな、今はその感覚だけ覚えて、イメージ練習だけしておけ。再会は明日、感覚を忘れたら何度も川に手を入ればいい」


 気力を示しバーは今は真っ白だ。これが回復するまでは待つしかない。

 トウヤはタンザナイトが完成させた小屋に向かって歩き出した。

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