第35話 竜の修行 6

 一人の老人が森を抜け、山に向かって歩いている。彼の名前はフィッシャーミズシマ、力の魔王カイリキーに従う魔族の一人だ。


「ツチミカドおるのか?」


 知っている気配がしたので声をかけた。


「おや、気付かれていましたか」


 空から一羽のカラスが飛んできてミズシマの藁帽子にとまる。そのカラスはミズシマの仲間の魔族、バードウォッチャーツチミカドの変化した姿である。


「オヤジからワシの監視でも命令されたのか」


「いえ、私が頼まれたのはアナタが死なないためのサポートです。安心してください、アナタの敵を奪ったりしませんから」


 コロウ山に行くのがミズシマになったのは魔族四人が戦い、そして勝利した結果だ。そこをねじ曲げて彼の邪魔をする気はツチミカドにはない。だが自分達の魔王からの命令もあるのでミズシマの傍にいる事は許してもらいたい。そういう事だ。


「フォフォフォ、ではピンチの時はヌシを頼るとするかのう」


 ミズシマも長い付き合いから彼の言いたい事を察して彼の自由にさせることにした。


「はい、それまでは高みからアナタの弱点でも探させてもらいますよ。次の勝負のためにね」


 皮肉を言いつつもツチミカドがまたどこかに飛んでいき、姿を消した。


「さてと、ここから竜の聖域なわけじゃが……」


 ミズシマはもうツチミカドの事など見もせず、目の前にある気で出来た大きな壁を見る。ここから先がコロウ山の敷地となっていて、壁はそのままドーム型に山全体を覆っていた。この壁は別に何でも通すのだが、この壁を通過したものがあれば即座にこの山の主、つまりはタンザナイトに侵入が分かる仕組みとなっている。


「はてさて、簡単に目標の竜や魔王が見つからばいいのじゃがな」


 世の中そんなに甘くはない。この山の竜に情報を求めた所で見つからない可能性の方が高いのではないかとミズシマは思っていた。

 そして彼は何の躊躇もなく壁を超えるのだった。


 ◇◇◇◇


「あ~やっぱり上手くいかないや」


 滝修行の次の日、気力が回復したトウヤは右手に気を留める練習をしていた。気を流す方向は一定にし、そこから右手に別の流れを作る。前に気の流れを変えた時は全ての流れを右手に向けたため、集まった力がそのまま右手から外に行ってしまった。なので今回は流れは変えずに、右手に本流とは別の流れを一つ作りそちらにも気を流していくようにする。ただしここにただ気を流しても、最終的に多すぎる気は外に溢れてしまうので、最終的にはまた本筋に戻す流れだ。単純に右手に一つ長くて複雑な流れを追加する事で右手に多くの気を集めようという作戦だ。

 今のトウヤはまだ未熟なので操れる気の量が少ない、なので一か所に多く貯まった気がトウヤのコントロールを離れ、外に溢れていくのだ。だから少しの気のコントロールだけで何とかしようとしたらこうなるのも仕方がない。


「時間もかかってしかも大した量が集まんないや」


「ふむ、後は馴れで少しずつ扱える気の総量を増やすしかないな」


「これじゃタンザナイトの出してた気の槍はいつになったら出来るようになるやら」


「ハハハ、そうすぐには出来んさ、俺だってあれが出来るようになるまで三百年はかかったからな」


「三百……」


 そんなに長い時間が掛かるなら生きていないんじゃなかろうか、いや今は魔王だからそれだけ生きていられるか。


「そうだぞ、まずは自在に体に気をまとわせ、次は道具に気を流す。それが出来てようやく気のみで武器を生み出す段階だ。ちなみにラピスはまだトウヤと同じで体に気をまとわす段階だぞ」


「え、そうなの」


「ああ、ラピスが攻撃す時、人間の状態でも手だけは竜に戻すだろう、あれはまだ気だけで武器の形を作れないから竜の爪を気力で強めているんだ、本来ならこうだぞ」


 そう言ってタンザナイトが人間の姿となり手に気を集めている。


「え、で?」


 タンザナイトの手に気が集まっているのは肌で感じられる。だけどそれだけだ。こうだと実際に見せられたところでなんともわからない。


「ああ、そうか。まだ見えないんだな。トウヤ、その右手に集まっている気を俺の手の周囲で開放してみろ」


 言われた通りに集まっていた気を散らす。するとトウヤも何となくタンザナイトの手の周囲の気が分かった。それはタンザナイトの手を覆い、一回り大きな竜の手を創り出していた。ラピスが実際の竜の手に気を纏っていいるのに対して、こっちは人の手の上に気で竜の手を再現しているという事だ。


「目で気が見えれば楽なんだがな、それが出来ないのなら自分の気を周囲にまいて他人の気を探るんだ。これで気の型や込められている量、また隠れている気を探る事なんかも出来るから、気に余裕のある時は意識して周囲に散布してみるのもいいぞ」


 ついでにアドバイスをされたが、気を教えられ始めてから数日でずいぶんと色々なものを詰め込まれている。まだまだ覚えなければならない事は沢山あるようだ。


「そしてこの手で引っ掻けば……」


 ただ手を上から下に降ろす。それだけの動作で川に四本の亀裂が生まれた。川はすぐに流れ、元の形に戻ったが、触れずにそんな真似をされ、トウヤは目を丸くする。


「とまあこんな感じだな。気の散布を一か所に素早く放ち、攻撃に変えればこんな事も可能だ」


「ほえ~」


 あまりの事に言葉の出ないトウヤである。


「おじちゃん、すごーい」


 近くで見ていたシンデレラも驚きの声を出し、飛び跳ねている。


「シンデレラもやる~」


「ハハハ、お嬢ちゃんに出来るかな? トウヤもやっと少し気を操れる……」


 ようになったばかりだ。と言おうとしたタンザナイトの横を気の刃が通り過ぎた。その気は水を割き、反対側の森へ向かおうとしていた。


「あぶなーい」


 そこえちょうど鹿の親子が水を飲みに森から出てきたではないか。シンデレラは慌てて気の刃の軌道を変えて、滝の上に向かって登らせていった。

 トウヤにはシンデレラの気は見えなかったが、水の動きや二股に分かれた滝の流れから彼女の気がどんな動きをしたのか判断できた。


「そんな、気で無から剣を生みだしその斬撃を飛ばした上に、その飛ばした気の軌道をコントロールしただと……。俺がそこにたどり着くまで何百年かかったと……」


 シンデレラが気の存在を知ったのは昨日の事、それもトウヤが気のコントロールを覚えてダンジョン内に人口太陽が出来たおかげだ。その人口太陽に集まる気を見て魔力とは違う力があるんだなと思っただけだ。それをさっきのタンザナイトが気を操るのを見て、何となくで今のをやってのけたのだ。それは一人の天才の現れた瞬間だった。


「すごいね、今のトウヤ君がやったの?」


 完成したばかりの川近くの小屋を掃除し、花を花瓶に生けたりしていたラピスが外の気配を察知して出てくる。


「私はまだ遠くまで気を飛ばせないのにもうそんな所まで出来るようになったのね。これはお姉ちゃんうかうかしてられないわね?」


 さっきのすさまじい気がトウヤの物だと思い込んでいるラピスが自分の事のように喜んでいる。


「いや、さっきのは僕じゃなくて」


「シンデレラがやったの~」


 シンデレラが気で出来た短剣を持ちながら主張する。


「あらすごいわね。その剣のシンデレラちゃんが作ったの? 前にトウヤ君が持っていた短剣にそっくりね」


 ラピスがしゃがみ、シンデレラと目線を合わせて彼女の頭を撫でる。彼女が気で作り出した剣はトウヤがスピリットファームで作った短剣と同じデザインだったらしい。それを思い浮かべながら気の形を変化させたのだろう。


「それで、お父さんはどうしたの?」


 シンデレラの頭を撫で続けながら横で固まり「俺の三百年が……」「辛い修行に耐えた時間が……」と呟いているタンザナイトの事をトウヤに訪ねる。


「いや、なんかシンデレラの技を見たらこんな感じに」


「ふ~ん、つまり自分が自慢げに見せた技を、昨日今日気を覚えたばかりの子にあっさりと再現されてショックを受けったってわけ? プークスクス」


「シンデレラわるいこ?」


 二人の会話にシンデレラが不安そうな顔をしている。自分のせいでタンザナイトを傷付けてしまったのだろか。そんな顔だ。


「ううん、シンデレラちゃんは何も悪くないわ。ね、トウヤ君」


「そうだよ、ただシンデレラの凄さにちょっと驚きすぎただけなんだよ」


「そうそう、ちょっとリアクションが大げさなだけ。本当に迷惑なお父さんよね」


 二人してシンデレラは悪くないのだと伝える。言い方はヒドイが、ラピスの言うようにタンザナイトの反応が大きいだけなのだと。

 さて、ショックに思考停止したタンザナイトだったが、いつまでもそうしていられない事情が向こうからやってきた。このタイミングで結界を越えるある気配を察知したからだ。


「おいトウヤ、一つ聞くがお前の仲間に魔族はおるか?」


「え、いないけど?」


 突然真面目な声を出すタンザナイトに少し驚きながらも答える。トウヤはまだ魔族は作っていない。


「それじゃ、これは別の魔王配下の魔族だな」


 タンザナイトが竜の姿に戻る。


「魔族って本当なの、お父さん」


「ああ、俺は少し様子を見てくる。ここで待っていてくれ」


 そう言うと翼をはためかせ飛んで行ってしまった。


「いこうラピスお姉ちゃん」


 待っていろと言われたが、トウヤはタンザナイトが心配だったので従う気はない。すぐに彼の飛んでいった方向に向かって駆けだした。シンデレラもその後をついていく。


「あ、待ってよ」


 ラピスもそんな二人を追って駆けだした。

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