第30話 竜の修行

「おう、二人とも戻ったか。おかえり」


 ゲペルの街から戻ってきたラピスとトウヤを竜の姿のタンザナイトが迎えてくれた。


「魔族との戦いはどうだったんだ?」


 おかえりと言うなりさっそくダンジョンでの出来事を聞きたがるタンザナイト。


「うん、沢山の仲間が助けてくれて何とかなったよ」


 トウヤはジャックや他のモンスターたちの顔を思い出して笑顔で語る。


「ちょっと待って、どうしてお父さんがその事を知ってるの?」


 トウヤは聞かれたから普通に答えたが、ラピスの言葉で疑問に思う。言われてみればどうやって山にいたはずの彼がその事を知ったのだろうか。


「もしかしてこっそりついて来てたり……」


「いや違うぞ山の主としての力で竜脈を経由して情報を得ただけだ。ちゃんと守護者の役目ははたしていたさ」


「本当に? 私がいないのをいい事に、遊びまわったり、ぐうたら過ごしてたんじゃないでしょうね?」


「ウン、ソンナコトナイヨ」


 タンザナイトの目が泳いでいる。あまり真面目には過ごしていなかったようだ。ラピスが腰に手を当て父親に冷たい目を向けている。


「あのさ、竜脈を経由して情報を得るって何の事なの?」


 どうやらラピスはその説明で納得したようだが、トウヤにはそれでは説明不足、意味が解らなかった。なので質問する。


「そうだな、トウヤには修行をしてやる約束をしていたか。丁度いいから説明しよう」


 そう言いながらタンザナイトが人間の姿に変わる。


「気とは全ての生命や自然界にある、魔力とは別の精神エネルギーのことだ。そして竜脈は自然界に流れる大きな気の流れの事だな。イメージとしては川の流れのような感じか、決まった道を通って周囲の気を集め、一定の方向に向かう流れ、そうやって世界に気が循環しているんだ。この山もその竜脈の一つが通っていてな、山の主である俺はその竜脈に自分の意識の一部を乗せて、この山にいながら少し遠くの情報を得られるって訳よ」


 なんともざっくりとした説明だ。トウヤもふわっとしか気の事を理解できなかった。


「後は実際に自分で感じてなんとなく理解してくれ」


 ここで説明は終わりのようだ。タンザナイトは言葉での説明は苦手なのだろうか、それとも習うより慣れろ、そういう事なのだろうか?


「自分で感じろってどうやてさ?」


 タンザナイトが右手のひらを開いて、胸の前で上に向けている。


「今俺の手の上に気を集めている、わかるか?」


 気を集めていると言われたが、トウヤには何も見えないし、感じられもしなかった。なので首を横に振る。


「ではこれはどうだ?」


 今度はタンザナイトの手のひらに透明な何かが集まっているのが見えた。


「透明でドロッとした何かが集まっている」


「これは魔力だ。今は特に用途を決めずにただ魔力を集めただけなので透明な状態だがな。魔力も気も感じる器官は存在しない。だから五感のどれかを間借りして感じ取っているんだ。だから五感を研ぎ澄ませれば魔力のように気も感じられるはずだ」


「前にラピスお姉ちゃんが気のニオイがどうのって言っていたのは」


 初めて会った時にラピスが気のニオイを感じると話していたのを思い出した。


「そうだな、ラピスの場合は嗅覚を利用して気を感じておる。ちなみに俺は嗅覚だけでなく視覚や触覚でも気を感じられるがな」


 自慢げにタンザナイトが笑う。五感という事は味覚で感じる事もあるのだろうか。トウヤは疑問に思いながら口の中に魔力を集めてみた。鉄分を含んだ血のような味と苦い味が口の中に広がる。これがトウヤの魔力の味なのだろう。


「まずは気を感じるところからだ、なにトウヤは魔力を感じられるみたいだし、気もすぐに感じられるようになるだろう」


 タンザナイトが気楽に言ってくれる。トウヤは魔力のように気を感じようとしてみる。といっても魔力もどうやって感じているのかよくわかっていないのだが。生まれてから今まで魔法を使えた事は無いし、魔力を感じた経験もない。言われたから試しにやってみたら出来たという感じなので、もしかしたら魔王になったので魔力を感じられるようになったのかもしれない。魔法に関しては魔力を火などの現象に変化させて放つので、魔力を感じる事の出来ない者でも魔法なら見る事が出来るのだ。


(魔の王だから魔力を簡単に感じる事が出来てもおかしくないか)


 だとしたら気まで簡単に感じられるようになるとはおもえなかった。ちなみに、後日試してみたら魔力に関しては五感の全てで感じられるという事が分かった。


「っつう分けで説明は終了、本格的な修行の前に腹ごしらえでもしとくかトウヤ?」


「大丈夫よお父さん」


「うん? なんでい、もう食事は済んでいたのか?」


 タンザナイトは人間のトウヤは日に何回か食事をしないと死んでしまうのではないかと思い食事を勧めたのだが、ラピスにその必要は無いと言われた。


「魔王の状態なら食事しなくても大丈夫なんだ」


 スピリットファームに潜っている間に判明したのだが、魔王でいる間は空気中から魔力を吸っていればお腹が空かないようで、ラピス達竜は同じように空気中から気を吸っていれば食事しなくてもしばらくは大丈夫なのだ。スピリットファームのモンスターは肉体が無いか、あっても腐っている肉ばかり、まともな食事が無かったので互いに相手の食事を心配したのだが、そこで実はお互い食事をしなくても大丈夫な事が発覚したのだ。

 ラピス達竜の方は月に一回は食事を必要なのだが、魔王であるトウヤがどれだけの期間食事が不要なのかはまだ魔王になったばかりなのでわからないが、今の所は空腹に襲われてはいない。


「というわけで大丈夫なのよ。それなら無理に動物の命を奪う必要もないでしょ?」


 ラピスがダンジョン内であった事を伝える。生きるために必要なら動物を狩り、その肉を食らうが、それも生きるために必要な時だけだ。だから食べる必要がないなら狩る必要もない。


「そうか、それじゃ修行を初めっか。トウヤついて来い」


 トウヤが寝床の洞窟に向かっていく。


「さっき竜脈の話はしたな。その竜脈の通り道にはな竜穴という気の噴き出すポイントがあるんだ」


 そう言いながら、寝床のさらに奥に進む。


「そしてここがその竜穴だ。この竜穴を悪しき心を持つ者から守るのが我が一族の使命というわけだ」


 そこはなんだか暖かい空間だった。洞窟の奥だというのに壁が光り明るく、真っ白い綺麗な花が咲き、湧水も流れているようだ。


「将来はトウヤがその役目を継ぐかもしれないからな、しっかりと覚えておくんだぞ」


 それはつまりラピスと結婚し、一族の一員になる事を期待されているという事なのだろうか?


「それはステキね。トウヤ君、このまま私の本当の弟になっちゃいなさいよ」


 後ろからラピスもノリノリで会話に参加する。自分に弟になれと言うが、彼女の本心はどうなのだろうか。トウヤは現在発生中のイベントを確認した。そこには「竜の修行」しかない。ラピスとの恋愛イベントは山に戻ってきたことで消えてしまった。ラピスとの恋愛イベントだけはその先を確認したくなく見ていなかったのだが、その結果イベントが消えてしまった事をトウヤは少し寂しく思っていた。だからといって恋愛系のイベントでどうすれば次のイベントに行けるのか見てしまうの間違っているとトウヤは思っていた。それでは気に入らない子なら失敗する方へ、好きな子なら成功する方へ行くように行動するというのだろうか?

 それはさすがに相手に悪すぎる。なので恋愛イベントの未来は見ないことに決めたのだった。


「考えていてもしょうがない。今は気の修行だ」


 トウヤは気持ちを切り替え、修行を始める事にした。

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