第28話 新たなダンジョン 6
「リヨナ~、リヨナ~!!」
リヨナが店に戻ってきた事を使用人から聞いたニッチは急いで店の前に出た。そこにはリヨナとタンク、それと見知らぬ男女の姿があった。
「ああリヨナ、本当に戻って……」
魔族に攫われたと聞かされた恋人が七日ぶりに自分の前に立っているのだ。ニッチは嬉しさのあまりリヨナを抱きしめた。
「はい。ラピスさんとトウヤ兄ぃが助けてくれたんです」
「ラピスさん?」
その名前に聞き覚えがあった。たしかタンクが言っていた、リヨナを救いに行った竜種の名前がそんな感じだったはずだ。つまりその竜種の女性が本当にリヨナを救ってくれたようだ。
目の前にいる武道家のような姿の姿の女性がそのラピスのなのだろう。
「ラピスさんですね。リヨナを救っていただきありがとうございます」
ニッチがラピスに頭を下げ礼を言う。
「いいのよ、私はトウヤ君に協力しただけだから」
ラピスがトウヤの背後に回りトウヤの肩に手を置いた。
「トウヤお義兄さんリヨナから話を聞いてますよ。一緒に奴隷になったお兄さんがいるってずっと心配していたんですよ。貴方の事も一緒に買えれば良かったのですが、あの時の手持ちではリヨナを買うので手いっぱいで、再びサルワの街の奴隷市に行った時にはもう貴方は誰かに買われた後でしたので」
サルワはトウヤ達が売られていた街の名前だ。そこにニッチがもう一度行った時にはトウヤはもう男達に買われ、あの廃墟に連れてかれる最中だったようだ。
「そうだったんですか。リヨナだけでなく僕の事も買おうと」
「もちろんですよ、大切な人の願いでしたし、トウヤさんは将来のお義兄さんなんですから」
「そんな、未来のお義兄さんって。私は奴隷でニッチ様とそんな関係には……」
ニッチの発言の意味に気付いたリヨナが恥ずかしがっている。
「いやそれがオヤジがリヨナが無事に戻ってきたなら俺達の結婚を認めると言ってくれたんだ。そうだよ、オヤジ、おいオヤジ~」
ニッチが店に向かて大声で叫んだ。
「はいはい聞こえてるよ。大声出してなんだって言うんだい?」
ゆっくりと店内からニッチの父親がやってきた。
「リヨナ、そんなまだ一週間だってのに。まさかモンスター? にしては血色がいいな」
ニッチは単純にリヨナの生還を喜んでいたが、父親の方はそのあまりにも早すぎる帰還を疑問に思たようだ。父親の予想では早くても半年はかかるものだと思っていた。だから目の前のリヨナは魔族に殺されリビングデットとして蘇った存在ではなかろうか。そうは思ったがそれにしては人間味がある。この間店の前に来ていたリビングデットたちは青い顔をして腐りかけだた。
「何言ってるんだオヤジ、帰ってきたんだよ」
「街に入る時にステータスの確認も行いました。間違いなく人間ですよ」
リヨナやトウヤはゲペルに戻ってくる時にステータスを確認されている。それはラピスの話やイバラの存在が信じてもらえなかったからだ。しかしラピスがどこの魔王軍にも所属していない事と、リヨナやトウヤが普通の人間である事を確認してひとまずの疑いは晴れた。
その時の事をタンクがニッチの父親に伝える。
「そうかそうか、無事だったんだな。良かった……」
ニッチの父親が少し涙ぐんでいた。彼もリヨナを心配し、その帰りを心より喜んでいるようだ。
「それでオヤジ、約束ちゃんと覚えているんだろうな」
「戻ってきたら結婚を認めるという話だろ。ちゃんと覚えているよ」
息子の異常に高いテンションに若干引き、なんだか疲れたように言葉を変えす。
「だがもう少し待ってくれ。結婚前にリヨナには店主の妻として覚えてもらわなければならない事が沢山あるんだからな。それにお前にも結婚と同時に店を任せるからな、それまでみっちり鍛えるからな」
「おう任せとけ。リヨナと結婚できんならなんだってしてやらぁ~」
ニッチが元気よく返事をし、リヨナがその横で笑っている。
そんな様子に妹はここで、ステキな人達に囲まれ、幸せに暮らしていけそうだとトウヤは判断した。
「それじゃ、僕たちはそろそろ行くね」
妹の生活に安心したトウヤはこの場を去る事にした。
「トウヤ兄ぃはこれからドコに行くの?」
「行く場所がないならお義兄さんもここで一緒に暮らしませんか。同居が嫌なら家も仕事も紹介しますし」
リヨナたちはトウヤが今後、どこでどんな生活を送っていくのかが心配になりたずねる。
「ありがとう、でも大丈夫だよ。ラピスお姉ちゃんと一緒に暮らすんだ。コロウ山にいるからまた偶に遊びに来るよ」
コロウ山まで三日だとラピスは言っていた。それにラピスに運んでもらえば一日かからない。どちらから会いに行くとしてもそんなに遠い距離ではない。
「コロウ山、それじゃラピスさんがあのコロウ山の守護竜様なの?」
「違うわ、それは私のお父さんよ」
「もしかして、少年の師匠のタンザナイトとは……」
タンクがトウヤのステータスに書かれた称号を思い出した。トウヤは奴隷から解放され、今は魔王を能力調整でオフに設定している。つまり称号の欄に残っていたのが「タンザナイトの弟子」その称号だった。
そして竜の名には宝石の名前が使われているとタンクは聞いた事があるのを思い出した。それでタンザナイトが竜の名である可能性に思い至ったのだ。
「ええ、そうよ」
タンクの予想をラピスが肯定する。
「お父さんったらトウヤ君の事を気に入っやってね。ま、私もトウヤ君は弟のように可愛いし」
そう言ってトウヤを抱きしめる。
「トウヤ君は私が責任持ってお世話するから、だから妹ちゃんも安心して」
その状態のままラピスがリヨナに微笑んだ。
「はい、トウヤ兄ぃの事はお願いします」
竜が師匠である事に少し驚いたが、ラピスとは少し話をし、信用できる人柄だとリヨナは感じた。彼女が一緒ならトウヤは大丈夫だろう。
こうして兄妹の再会は無事終了した。途中魔族の乱入やダンジョン攻略が入り、予定より長い滞在となったがお互いの現在の生活が良いものだと確認出来て満足のゆくものだった。
◇◇◇◇
それから半月後、ゲペルの街を任されている隊長は自分の主であるトムファー男爵に今回の事件やスピリットファームが無害なダンジョンに変化した事を報告した。
「それで魔族や竜の話を鵜呑みにしたというのか」
イバラは魔族ではなく、上級モンスターなのだが彼らにはその事は分からないのでイバラやシンデレラ、シラユキは魔族だと思われていた。
「はい。実際に兵士たちを送ってみましたが魔族の言う通り安全なダンジョンでした」
「ふん、しかしいくら安全と言ってもモンスターを倒せぬのではレベルはたいして上がらんだろう」
「確かにレベルは上がりませんが、戦闘経験はつめるので初心者にはいい訓練場となるでしょう。実際に新兵も数回潜らせただけでその動きが良くなっています」
モンスターを倒せば多くの経験値を手に入れられるのだが、その反面命の危険も大きい。隊長からしたら死ぬリスクが極端に低く、モンスターとの実戦を経験できるのなら充分に魅力的なダンジョンなのだが、彼の主には時間をかけて百の兵を鍛えるより、九十の兵を犠牲にして早く十の強い兵を手に入れる方が魅力的なようだ。
隊長は報告していないが、二回目のダンジョン調査からは希望した街の一般人も兵と一緒に何度かダンジョンに潜らせている。潜る前はレベル1だった者が戻ってきた時にはレベル6になっていた。これはレベルが低いおかげで早く成長したのだが、新兵と同じレベル、少しケンカに自信がある者程度の強さだ。街の人間全員がこのレベルになれたらモンスターが襲ってきた時に戦う事も避難する事も可能だからだ。だから一般人で希望する者にダンジョンに行ってもらった。
「なるほどな、優しいダンジョンと宣伝して初心者を集めれば、武器や防具も大したものを持っていないだろうし、その辺も売れるようになるだろうな」
トムファーは金のニオイを感じ取り一人で考えている様子だ。
「よし、宣伝と新たな武器屋の手配は私がやる。後の事は引き続きキサマに任せる。好きにしろ」
いくら安全になったからと言ってもやはりダンジョンの傍で直接統治するのは嫌なようだ。自分の息のかかった武器屋を置いて儲けだけを頂いてしまうつもりなのだろう。そして引き続き隊長がゲペルの事を任される事となった。
隊長は一礼し、この場を後にした。
ゲペルを救った竜の英雄とその少年従者の話がゲペルの街やスピリットファームを訪れた冒険者によって広められたのはそれから数か月後の事。
その事をトウヤが知るのは、自分の称号に「ラピスラズリの従者」が加わった時の事。
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