第27話 新たなダンジョン 5

 タンクは数人の仲間と共にスピリットファーム内を進んでいた。ここに来たのはゲペルの兵士としてではない。長期休暇を貰い、仲の良い兵士たちにも頼み込んでなんとか一緒に来てもらったのだ。死ぬことすら覚悟しなければならないような決断だったのに、タンクがダンジョン行きを頼んだ時に拒んだ仲間は誰もいなかった。

 結局よそ者のラピスに全てを託し、大人しく街で待っている事にタンクも他の仲間達も我慢が出来なかったのだ。そして彼女がダンジョンに潜ってから六日目となる昨日、準備を整えスピリットファームに挑んだのだった。


「やはりモンスターが少ないな」


 前にスピリットファームに入った時の感じからしたら敵が少ない気がしていた。しかも階段の前には必ずいるはずの強敵の姿も無い。タンクたちは侵入から半日で地下五階層まで到達という結構な早いペースで進行していた。モンスターとまともに戦闘したのは四回ほどだ。いったいこのダンジョンに何が起きているのだろうか。

 これはトウヤ達が倒したが肉体があるため残していったリビングデットやリビングドックなどががトウヤ達を追いかけつつ、敵軍のモンスターを倒していった結果なのだが、タンク達にその事実などわかるはずもなく、ただこのダンジョンに何かしらの変化が起きているのだと感じただけだった。そしてその変化の中心はやはりあの竜種の女性、ラピスなのだろうと。

 そしてこのペースなら三日後ぐらいにはラピスに追いつけるのではないかとタンクは思っていた。いくら竜種と言っても一週間ではそんなには進んでいないはずだ。十五階からは中層になり一段と厳しくなるので、進めたとしてもニ十階までは行っていないだろうとタンクは考えている。実際にはもうだいぶ奥まで進んでいて。明日にはキザキと戦闘になるのだが、タンクにはそんな事想像すら出来なかっただろう。

 

 次の日、タンクたちは更なるダンジョンの変化を目撃する事となった。下を目指し進んでいたはずのタンク達は突然ダンジョンの入口まで戻されたのだ。しかも戻されたのは自分達だけではない。他のダンジョンに潜っていた冒険者たちも同じように戻されたようで、周囲と話をしながら自分達に何が起きたのかと情報を集めたりしていた。

 これはイバラがスピリットファームを改良するために一度ダンジョン内の全ての侵入者を入口まで戻したからだ。


「はいはい、落ち着いて。事情は私が説明してあげるわ」


 混乱する冒険者の中で一人の女性が声をあげた。その姿にタンクは見覚えがある。そう、彼女こそあの竜種の女性、ラピスではないか。

 ラピスの横にはトウヤと石像から元に戻ったリヨナもいる。イバラによって侵入者と一緒に入口まで送ってもらったのだ。ちなみに今のトウヤは念のために魔王をオフにして普通の人間になっていた。


「スピリットファームを支配していた魔族は倒したわ。それで新たな支配者を迎えて、このダンジョンは今生まれ変わるところなのよ。その関係でみんなには安全のため入口まで戻ってもらったのよ」


 ラピスがキザキを倒した事から、ダンジョンを攻略中に出会った心優しいモンスターが今は新しいダンジョンマスターになり、安全なダンジョンに変わったと伝えた。トウヤはずっと黙っていて、説明はラピスに全て任せた。ただの人間であるトウヤより、ラピスの方が説得力があるからだ。


「おうおう、さっきから黙って聞いてりゃなんだそれは。オメェが魔族を倒しただって? そんな話を信じられるとでも思ってんのか、あぁん?」


 頬に傷を持つスキンヘッドでガタイの良い、いかにもな冒険者がラピスの説明にちゃちゃを入れる。


「いや待ってください、彼女は竜種です。その実力は相当なものかと」


 タンクがラピスを擁護する。兵士が竜種だといった事で彼女の発言を信じる者も少しは増えたようだ。


「そうかい、竜種ね。でもそこの兵士もグルで嘘ついてる可能性もあるよな、おい女表に出て俺と戦えや。俺に勝てたら信じてやらぁ~」


 ここでは狭いから外に出ろという事だ。


「ええいいわよ」


 ラピスがいわれるまま外に向かう。相手のスキンヘッドのレベルは31、それなりの実力者のようだ。人間の中ではの話だが。

 他の冒険者たちも竜種の戦いが見たいのか、二人を囲むようにしていた。


「おら、どこからでもかかってこいや」


「そお? じゃ、遠慮なく」


 ラピスが手を竜に変えてる。それだけで周囲から驚きの声が出ていたが、スキンヘッドはやる気満々な顔をしていた。

 それから一分後、スキンヘッドは地面に仰向けに倒れていた。

 さて、スキンヘッドを倒した事でラピスの実力を疑う者はもういないようだ。再び全員でダンジョンの入口に戻った。


「イバラちゃん、出てきて」


 入口でラピスがイバラを呼ぶと、首の無い馬に引かれたカボチャの馬車が突然現れ、中から三人の少女が現れた。

 この馬と馬車はジャックを合成して出来たモンスターだ馬の名前はコシュタ・バワー。虚路うつろという、味方の陣地内なら一瞬で移動できる能力を持っている。これは自分だけでなく、触れている仲間も一緒に運ぶ事が出来るようだ。

 もう一体のカボチャの馬車の方はオボログルマといい、この車体のカボチャは合体前の本人たちの希望で、カボチャの顔を合体後に残したためにこんな姿となった。ジャックの顔が車体の正面についている。二体とも上級モンスターではないので人間の言葉も喋る事は出来ない。


「はじめまして皆様。私がこのダンジョンの新しいダンジョンマスターのイバラです。この子達は妹のシラユキとシンデレラです」


 イバラが自己紹介をした。モンスターの出現に武器に手をかけた人もいたが、ここにいる冒険者は強くてもさっきのスキンヘッドと同じくらいのレベルだ。つまりラピスと同じくらいのシラユキやシンデレラの相手ですらない。ましてやイバラの相手なんてムリだ。しかも現在の彼女は頭を持っていない。頭が無くても体の周囲の様子は把握できるようで、イバラの頭はダンジョンマスターの部屋に置いてある。そしてこの部屋の入口は巨大な岩で隠された上にトウヤのキューブでトウヤの味方以外は通行不可に設定している。つまりいくら体を傷付けても核のある頭は無事なのでイバラがやられる事は絶対にないという事だ。

 イバラの首から上はベールで隠れている。これもトウヤが作り出したアイテムで、絶対にめくれず、中が見えない効果とイバラの通信機からの声を届けるスピーカーの役割もしている。これで彼女の頭が無い事がバレる事も無いだろう。


「大丈夫、この子はいい子だから」


 武器に手をかけた冒険者たちとイバラの間にラピスが割り込み止める。冒険者たちもさっきのラピスとスキンヘッドの一方的な戦闘を見ていたので自分もああはなりたくないと武器から手を離した。

 モンスターを信用してないが、ここでラピスを敵に回すのは嫌なので我慢した、そんな感じの反応だ。これはトウヤも予想していたのでショックではあるが仕方がない。

 これはもう、実績で無害なのを示して少しずつ信用を集めるしかない。


「すぐに信じて下さいとは言いません。ただ私は人と敵対したくないだけなのです。そこでこのダンジョンを修行のための死なないダンジョンに変化させました」


 イバラがスピリットファームに加わった新しい設定をつたえる。死ぬことが無いとわかり安心する者。モンスターを倒せない事を不満に思う者。反応は様々だ。


「と言っても設定された生命力以下になった瞬間に絶命するほどのダメージを受けれは当然死んでしまうので、自分の実力にあった相手と戦うようにしてくださいね。それと一撃で倒せるような自分より弱いモンスターを狩りまくるような不届き者には容赦しないのでそのつもりで」


 イバラが冒険者に脅しをかける。生命力が一定以下で撤退するギリギリ前まで弱め、その後大技で一気に生命力を奪えばモンスターを殺す事も、人間が死ぬこともある。それを利用すればこのダンジョンでもモンスターを倒し、核や素材を集める事も可能だ。なので先に注意しておいたのだ。

 なんとも微妙なスタートとなった新生スピリットファームだが、このダンジョンがこの先上手く行く事をトウヤはこっそり祈っていた。

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