第14話 ゲペルの街 6

 タンクが仲間を連れて戻ってきた時、そこにトウヤとラピスの姿はなく、死体が並べられているだけだった。モンスターの核はまとめて置かれていた。数えると死体の数と一致する。復活しないように取り出しただけのようだ。


「とりあえす死体の身元を確認して家族に連絡だ」


 隊長の兵士が指示を出す。リビングデットになったせいで、彼らの墓には死体が入っていない。その死体が戻ってきたと聞いたら喜ぶ家族もいるかもしれない。中には今更の事に迷惑がる人や文句を言う人もいるかもしれないが、それは少数だろう。


「それでタンク、これがクラウス様なのか?」


 隊長はそのままタンクのそばに向かう。タンクは自分がこの場を離れる前、まだ動いていたリビングデットの様子を見に来ていた。体は綺麗な状態だ。鎧のキズなどは見えるが、それは古く、クラウスがまだ生きていた頃の戦闘で付けられたものだろう。今回の戦闘でつけられたものは見当たらない。


「この装備、体格は記憶の中のクラウス様にそっくりだ。顔の判別は難しいが、本当に彼で間違いないだろう」


 クラウスの顔はボコボコに殴られてへこんだり腫れあがって原型をとどめていない。しかし装備類などから隊長はそれがクラウスだと判断した。


「しかしそうか、いくらリビングデットになり魔法が使えなかったからといって、彼ほどの者がこうもあっさり負けるとは。竜種とは伝説通りに存在のようだな……」


 隊長がまだ新兵だった頃、クラウスの戦いを後ろから見ていたが、自分がどんなに頑張っても彼には追いつけないだろと思っていた。今だって、その頃のクラウスと年だけは同じくらいになったが、自分なんて片手でひねられる事だろう。それほどまでに彼は強かった。得意の氷魔法が使えないとしても、充分に強大な敵だったはずだ。隊長は動ける兵を全てつれ、何人もの部下を失う可能性すら覚悟してこの場に来たほどだ。

 それが来てみればすでに戦闘は終わり、そこには兵の死体が転がっているだけだった。タンクが自分達の元に報告に来てから十分も経っていないというのに。しかも周囲の建物も全く壊れていない。戦闘に参加していた竜種の女性の強さに隊長は底知れぬ恐ろしさを感じた。


「はい、リビングデットのほとんどは彼女が倒してくれましたし、近くでその戦いを見ていましたがあれはもう、次元が違うというか……」


 タンクは近くで見ていたが、ラピスは複数のリビングデットに囲まれていても、余裕で対応していた。しかもただ攻撃を避けるだけでなく、その間に反撃する余裕もあったのだ。しかもタンクの気付かぬ間に別位置に立つ敵も倒してたようなのだ。それにいつの間に魔法を使たのかわからないがクラウスにも幻覚を見せていたようだし。もっとも、別の位置に立っていた魔物を倒したり、クラウスの足止めはトウヤの力によるものなのだが、タンクはトウヤをレベル3のだたの人間の少年だと思っていたので、その全てをラピスによるものと勘違いしていた。


「そうか、魔族が現れたタイミングで彼女がいてよかったな」


 そのラピスこそが魔族が街にやってきた目的だったのだが、タンクはその事を隊長に報告していなかったので、彼の中ではラピスの存在はただただありがたいものだった。


「だから頼む」


 そんな会話う二人がしていると、向こうで商人の男性が兵士に掴みかかっていた。


「おや、あれはニッチさん。どうしたんだろうか?」


 それはすぐそこの服屋の若旦那、ニッチさんだった。


「隊長、それはおそらく」


 タンクはすぐに彼の慌てている原因に思い当たった。魔族にリヨナが連れて行かれる現場をタンクは目撃しているので、そのせいだろうと隊長に伝えた。


「そうか、あの子が……」


 隊長もニッチとリヨナの関係は知っているので彼の心配ぶりも理解できた。すぐになだめに向かう。


「落ち着いてください、ニッチさん」


「落ち着いていられるか、リヨナの姿が見えないんだ、すぐに探してくれ。彼女は表の掃除をしていたから、もしかして戦いに巻き込まれ……」


 ニッチは戦闘が始まってすぐにリヨナが居ないのに気付いて外に出ようとしたのだが、従業員や父親の奴隷によって全力でそれを止められたのだった。もっとも、もし外に出ようとしてもトウヤの力によってどうしようも無かったのだが。

 そして外が静かになりしばらくして、ようやく解放されたニッチは外にでて、そして転がる死体とそれを処理する兵士を目撃し、リヨナを知らないか尋ねると誰も知らないという。そうして今に至るわけだ。


「あ……それなのですが……」


 すごく言い辛そうにタンクが口を開く。どうやらニッチはリヨナが連れていかれる場面は目撃していないようだ。もし彼女が魔族に連れていかれた事を伝えたら、今以上に心配させるだけかもしれない。しかし、伝えない訳にはいかないだろう。


「なんだ、お前は彼女がどこにいるのか知っているのか?」


「リヨナさんは……魔族に連れてかれました。場所はスピリットファームの最下層です」


 言い辛そうなタンクの代わりに隊長が事実を伝えた。


「え……、それって……」


 ニッチが言われた事をすぐには理解できずにいる。だが、徐々にその意味が分かっていくとニッチの顔が青く変わっていく。


「そんな、それじゃ今すぐリヨナを救いに行ってくれ。金ならいくらでも出す。だから……」


「ですから落ち着いてください。最下層に向かうとなればそれなりの軍隊が必要になります。領主様に援軍を頼む必要もあるでしょう。今すぐに助けに行くなど出来ません」


 もっとも、たかが商人の奴隷一人を助けるために領主が援軍を出すとは隊長には思えなかったが。この街はダンジョンがあるおかげで冒険者がよく来てくれてそれなりに栄えているのだが、領主はこの街に自分の直属の部下の貴族や騎士団を常駐させてはいない。それはダンジョンが金になるのと同時に危険度も高いからだ。隊長やタンクは領主であるサンセッコン伯爵の部下であるトムファー男爵に仕えている事になっている。しかし、この街の軍の所属の決定権や街の運営権は隊長に一任されている。それだけこの街と関わりたくないという事だ。ニッチの店がこの国にとって大きな影響力を持っていないなら、頼んだ所でそっちの問題はそっちで何とかしろと返される事だろう。


「だったら冒険者にクエストをだそう。それで協力させてはどうだ?」


 隊長の表情からダメそうなのを感じ、ニッチが次の案を出した。だがこの案もどうだろうか。スピリットファームの最下層まで行ける冒険者。そんな存在が何人いるだろうか。ここ二百年、最下層まで到達して戻ってきた者などいない。その二百年前だって、潜った集団の一割が奇跡的に戻ってきたとの話だ。ほぼ自殺するために行くようなものだ。


「ニッチや、もうリヨナは諦めなさい。魔族に連れ去られ、無事に戻ってくるわけないだろう」


 店の奥から初老の男性が現れた。この店の主人でニッチの父親だ。


「オヤジ……」


「ダンジョンの最深部なんて死ねと言っているもんだ。いくら積まれても行く者はおらんさ。あれだけ細かい事に気が利いて、客受けも良く、仕事の覚えも早い娘を失うのは惜しいが、お前とは結ばれぬ運命だったのさ」


 父親の方もリヨナを気に入ってはいたのだ。救えるなら救ってやりたい。しかし場所と相手が悪かった。これは運が無かったと諦めるしかない。


「隊長さん、息子が無理を言ってすまないね。リヨナの事は気にせず、お仕事頑張ってください」


「オヤジ待ってくれ。どうしてもなら俺一人でも行くぞ」


「バカな事を言わないでくれ。お前は私の一人息子なんだぞ、お前にもしもがあったら誰がこの店を継ぐんだい?」


「そんなの番頭にでも譲れよ。リヨナを諦めろと俺に言うんだったら、オヤジこそ俺の事を諦めてくれ。彼女のいない人生なんて何の意味もない」


 救出に消極的な父親の態度にニッチが無茶な事を言い始めた。


「お二人とも冷静に……」


 隊長がなんとか二人を仲裁しようとする。


「ラピスラズリさんなら……」


 そんな時、タンクが呟くようにラピスの名前を出した。


「タンク?」


 三人がタンクの方を向く。


「そうです、彼女はリヨナを助けに向かったはずです」


 ここに来た時に二人の姿が無かったのでタンクはそう判断した。ラピスはトウヤを大切にしていた。その妹が誘拐されたのだ、助けに行かない訳が無い。


「彼女は竜種です。それもクラウス様を倒すほどの実力」


「ほう、あのクラウス様を……」


 父親の方はクラウスの強さを知っているようで感心していた。


「ニッチや、そのラピスラズリさんを信じてみないか」


「でもオヤジ……」


 ニッチの方はクラウスの強さなど知らないので反応が薄い、竜種一人でなんとかなるものなのか。


「ではリヨナが無事に戻ってきたらお前たちの結婚式をしよう。だからお前はおとなしく店で彼女が救われるのは待っていてくれ」


「オヤジ、それは本当か?」


 こうでも言わなければ息子が冒険者でも雇ってスピリットファームに向かいそうだ。だからこの条件を出した。


「本当だ、ただし一年以内に戻ってこなかったらそこは諦めて、他の娘を嫁にしてくれよ」


 期限をつけなければいつまでもリヨナを待ちそうだったので付け加えとく。ダンジョン内でのラピスやリヨナの生死はわからないが、さすがにそれだけ戻ってこなければ死んでいる可能性は高くなるだろう。


「頼みますよ、ラピスラズリさんとやら……」


 ニッチは見た事も無いラピスに祈った。どうか無事にリヨナを連れ帰ってくれと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る