第15話 スピリットファーム

 トウヤとラピスがスピリットファームに向かうと入口で兵士に呼び止められたが、タンクからもらっていたバッチを見せて「ダンジョンの見学をしたい、入口付近だけ、危険な場所には行かない」と説得したら渋々ながら通してくれた。

 入口の向こうは湿った空気の漂う、薄暗くて肌寒い世界だった。人の顔のような穴の開いた枯れ木や、ボロボロの廃墟が不安を煽ってくる。


「ここがスピリットファーム……」


「妹ちゃんはどこかしらね?」


 なんとかリヨナの位置を知る方法でも無いだろうか。


「ナビ、リヨナを探す手段持ってる?」


「残念ながらありません」


 ダメなようだ。


「ラピスお姉ちゃんはどう? リヨナかあの魔族の気を感じたりとか……」


「ダメ、そこらじゅうからあの魔族の気が感じられるのよ。たぶんここがアイツの住処すみかなせいね」


 ラピスの方も分からないようだ。


「それじゃ、とりあえず道なりに進んでくしかないか……」


 リヨナをさらったネクロマンサーキザキはこのダンジョンの最深部で待っていると言っていた。ならばそこまで行けば出会えるだろう。


「でも、無事にたどりつけたとして、アイツに勝てるかが問題だよな……」


 今のトウヤは弱い。魔王のランクは0、レベルも3だ。こんなので魔族に勝てるとは思えない。


「こんな事になるんなら、あの時アイツの詳細な能力を見ておくんだった」


 最低限、能力値だけでも確認しておけば自分と相手の戦力差が分かり、参考に出来ただろう。


「だったら、ここでモンスターを倒して、ついでに強くなればいいんじゃないかしら? どうせ道なりに進むしかないんでしょ?」


 ラピスがトウヤの両肩にふわりと手を置いて微笑んだ。


「そうだね、焦ってもしょうがないか」


 キザキの言葉を信じるのなら、リヨナに危害を加える気はないらしい。彼の目的はラピスに死んでもらう事なのだから。


「敵を信じるってものおかしな話だけど、今は魔族の言葉を信じて最深部を目指そうか」


「うん、そうね」


「よーし、バンバン戦ってレベルを上げちゃうぞ」


 トウヤがやる気を出して歩き出す。


「そういえば、レベルってどうすれば上がるんだ? 奴隷の時はもうレベル2だったし、ゴブリン達を倒したら上がったけど、リビングデットの時は全く上がっていないし」


 さてレベルを上げようと方針は決まった所で気になる事が出てきた。それはそもそもレベル上げとはどうやればいいのかという事だ。レベル1のゴブリンを十四体倒して1レベル上がったが、レベル8、9くらいあるリビングデットではレベルが上がらなかった。単純にモンスターを倒すだけではダメなのだろうか。


「レベルは経験値を稼ぐ事で上がります。経験値は戦闘だけでなく、日常生活の中で様々な経験を積む事でも上がります」


 説明をしながら二等身のナビが箒をもって掃除をする姿や、箱を運ぶ姿、本を読む、畑を耕すなど様々な動きを見せる。その横で経験値を示しているのであろうメモリのついたコップにどんどんと水が溜まっていく。そして一定の値まで水が溜まったらレベルアップの文字がナビの後ろに派手に輝いていた。


「しかし同じことを繰り返していても経験は増えず、レベルが上がる度に次のレベルに必要な経験値がどんどんと増えていきますので、普通に生活していて到達できるレベルは5ぐらいでしょう」


 レベルが上がると、さっきより一回り大きなコップが現れ、ナビが同じ行動を繰り返した。しかし今度は全くコップの水が増えて行かない。

 そんなナビの動きを見ながら彼女の説明を理解していく。ついでにナビの話している内容をかいつまんでラピスにも話した。ラピスにはナビの声が聞えないし、姿も見えないので、トウヤが伝えないと、トウヤが黙って立っているだけに見えてしまうのだ。


「次に戦闘での経験値ですが、これは戦った時の仲間の人数やその中での活躍度によって決まります」


 ナビが四体に増えた。剣を持ったナビ、杖を持ったナビ、何も持っていないナビと、その反対側にドラゴンの着ぐるみを来たナビ。着ぐるみドラゴンの首より少し下のあたりに穴が空いていて、そこからナビが顔を出していて可愛らしい。


「また、チームで一番レベルの高い者と倒した相手のレベル差でも得られる経験値が決まります」


 ナビ達の頭上にレベルが表示された。剣のナビと着ぐるみが同じレベル、後の二人はその半分のレベルで合わせてあった。そして着ぐるみの横にメモリのついたコップが現れた。これが貰える経験値という事なのだろう。

 次に着ぐるみのレベルが三増えた。するとコップの水の量が増える。

 ナビたちによる戦闘が始まった。剣のナビが着ぐるみに斬りかかるが、尻尾で叩かれた。傷付いた剣ナビを杖のナビが治療し、強化魔法をかけた。そして剣のナビが着ぐるみのナビを倒した。


「相手を攻撃しても、味方を癒したり、サポートも戦いに貢献した事になります」


 着ぐるみの横にあったコップの水が剣と杖のナビの横のコップに半分ずつ入れられた。しかし素手のナビには全く経験値が入らない。そして杖のナビだけレベルが上がった。同じ経験値でも剣はレベルが高いのでコップも杖より大きかったのだ。だからそっちはレベルが上がらないというわけだ。

 これをトウヤとリビングデット達の戦いに当てはめると、三人の中でレベルが一番高かったのはラピスだ。彼女のレベルに合わせたのならクラウス以外の敵から得られる経験値は大した事が無かっただろう。そしてその戦闘で一番敵を倒し貢献していたのも彼女だ。次はタンクで、手加減し、こっそり戦っていたトウヤはその二人より戦闘での活躍は低いと判断されたのだろう。だからレベルが上がるほど経験値を貰えなかったのだ。


「あれ、それだとどうしてラピスお姉ちゃんもレベルが上がっていないんだろう?」


 クラウスを倒したのはラピスだ。二倍のレベル差がある相手を倒したのに彼女もレベルが上がていないのはなぜだろうか。


「私は竜種だからね、人間に比べてレベルを上げるのに必要な経験値が多いのよ」


 竜種は一回に必要な経験値量が多いが、その分1レベル差で増える能力値は人よ高いというわけだ。それで高レベルのクラウスの方が弱いなんて事になっていたのだ。


「以上で経験値やレベルの説明を終えます。質問はございますか?」


「いや無いよ、動きがあってわかりやすかった。ありがとう」


 二等身のナビの顔が赤くなり、後ろにハートが飛んでいる。これは喜びを表現しているのだろうとトウヤは判断した。

 さてとレベルや経験値の事はわかった。では改めて戦闘だ。

 ちょうど廃墟の向こう側に赤い枠が出ている。あの向こうにモンスターがいるようだ。


「ちょうどいい相手がいるみたい。さっそく……」


 表示されているモンスター名はゴースト、レベルは5だ。戦う前に相手の弱点を探る。


「あ、ごめん。ラピスお姉ちゃん戦ってくれない?」


 向こうもこっちに気付いたようで、囲まれた。


「あれ、私が戦っちゃったらトウヤ君に経験値がはいらないんじゃないの?」


「うん、でも相手が悪いんだ。今回の相手、物理無効能力を持っているんだ。僕は魔法攻撃を持っていないから……」


 トウヤに出来る事は肉弾戦かその辺の物を拾って投げるだけだ。これらは全て物理攻撃、ゴーストには意味がない。


「そうなの、それじゃしょうがないわね」


 ラピスの口が人間から竜のそれに変化した。そして炎のブレスを吐きだす。ゴーストの姿は見えなくなったが、生命力を示すバーがどんどんと減っているので、その攻撃が有効なようだ。

 炎が収まると、そこにゴーストの姿は無く、赤い石が落ちているだけだった。ゴーストは肉体を持たないので、倒された事でモンスターの核だけが現れたのだろう。


(さて、それにしても困ったな……)


 レベルを上げようにもトウヤに出来るのは物理攻撃だけ、ゴーストのような肉体を持たぬモンスターに有効な攻撃手段がない。そしてここはそういう死霊系のモンスターが多くいるダンジョンなのだ、これではレベルを上げたくても上げられないではないか。

 トウヤの出来る事で何かあればいいのだが。


「何処までがサポートって認められるかだよな。クラウスの足止めや、建物や人に被害が出ないようにするのはだめだったよな」


 それで経験値が手に入るのだとしたら、結構な貢献をトウヤはしたはずだ。でもレベルが上がっていないから、それはサポートとして認められていないのだろう。


「はい、キューブでサポートとして認められるとしたら、直接相手の攻撃から自身や仲間を守った時でしょう」


 そのためにわざわざラピスを危険な目に会わせるわけには行かない。それにキューブには手を広げたくらいの空間の空きが必要、その広さに生物がいない状態でないと使えないのだ。つまり遠くから攻撃してくれる敵限定でサポートとして使えるわけだ。


「支配者はモンスター限定だからな」


 これはモンスターを狂暴化と強化する能力だ。


「ちなみにこれってサポートとして認められるの?」


「はい、支配者による味方の強化はサポートになります」


 ナビに確認したが問題ないようだ。しかしラピスに支配者の影響はない。むしろ敵も強化されるのでこっちが不利になるだけだ。


(ラピスお姉ちゃんをモンスターに……)


 このスピリットファームで倒された者はモンスターとして蘇る。それでモンスターになればラピスにも支配者の効果で強化が可能になる。


(いや、そのためにラピスお姉ちゃんを殺すなんて……。第一、復活しても向こうの手駒になるんだから意味無いよ)


 もともとする気のない作戦だが、やった所で厄介な敵が増えるだけで意味がない。


(うん? 倒したら敵になる……)


「そっか、その手があったか!!」


「どうしたのトウヤ君?」


「いや、レベル上げと魔族を倒すのにいい作戦が思いついたんだ」


「あらそうなの、どんな作戦?」


「それはね……」


 トウヤがその作戦をラピスに伝えようとした時、二人の間に炎の玉が飛んでくる。ラピスがすぐに気付き、トウヤを抱いて火の玉を避けた。


 カボチャ頭で手にランタンを持ったローブ姿のモンスターがそこにいた。


「これはちょうどいいや」


 ジャック・オー・ランタン。火の玉の魔法で遠距離攻撃をする幽霊系モンスター。

 今トウヤがもっとも会いたいモンスターがそこにいた。

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