第9話 ゲペルの街
ラピスはゲペルの街から少し離れた岩陰に着地した。朝にコロウ山を出たが、現在は遠くの空に日が沈みだしていた。竜が直接街まで行くと騒ぎになるので街から見えない位置で飛ぶのをやめたのだった。ここからは歩いて街に向かう。
(と、その前にこっちも準備しとくか)
トウヤは自分の魔王の能力を能力調整でオフに切り替えた。
「この能力をオフにすると、
ナビが「イエス」「ノー」と書かれた二枚の看板をもって忠告した。トウヤは「イエス」の看板に指を伸ばし止めた。
「この場合、能力調整ってどうなるんだ?」
(能力調整は魔王に付随する能力だ。それを能力調整でオフにすると能力は失われ、でも能力調整が消えた事で能力はオフに出来なくなるから、いやでもその場合能力調整もオンになるからオフになって……)
トウヤはこの状況では矛盾が発生するのではと思い悩む。
「能力調整は例外的にその能力を一時的に私が預かる事になります。そしてオフの状態では能力調整と魔王しかオンに出来ません。ちなみに能力調整をオンにしようとすると、矛盾解消のため、自動的に魔王もオンになります。能力調整以外の魔王の能力はオフのままです」
ナビがトウヤの疑問に答えた。街中ではどこにステータスを見る能力を持つ人がいるかわからない。それに奴隷商人の所に行くとラピスとの主従関係を確認するためにステータスを見られる可能性もある。だから街に入る前に魔王の能力をステータスに現れないようにする必要があった。
疑問が解消されたので、改めてイエスを押すトウヤ。
「あれ、なんだかニオイが変わったわね。トウヤ君人間になったの?」
竜から人の姿に変化したラピスが質問した。
「うん、人間の街に魔王がいたんじゃ騒ぎになるからね。どこにステータスを確認できる能力者がいるかわかんないし、安全のためにね」
「ふ~ん。だったらナビちゃんにステータス確認能力持ちがいたら報告するように指示しとけばいいんじゃないの? 私の周りに青い幕を表示させたりしてるんだよね?」
ナビはステータスの簡易表示で生命力を緑、魔力を紫のバーで表示したり、ラピスのようにトウヤの味方である存在を青、他の魔王軍を赤、それ以外を黄色で表示したりしてくれている。だからラピスの言うような事も可能なのではないだろうか。
「出来るか、ナビ?」
「はい、ではこれからはそのようにいたします」
「大丈夫みたい。アドバイスありがとう、ラピスお姉ちゃん」
「うふふ、お姉ちゃん役に立ったみたいね。それじゃゲペルの街に行きましょう」
二人は街にむかって歩き出した。
◇◇◇◇
「おい、待てそこの二人組」
街の入口の門を通ろうとした時に、二人いた門番の兵士の片方に呼び止められた。
「見ない顔だな、通行許可証明はあるか?」
まさか街に入るのにそんなものが必要だとトウヤは思わなかった。もちろんトウヤは持っていない。ラピスの方はどうかと思い見てみると、向こうもトウヤを見ていた。
「私は持っていないけど、トウヤ君持ってる?」
彼女もそんなものは持っていないようだ。トウヤは首を左右に振って否定した。
「二人とも通行許可証明は持っていないわ。それが無いと街に入れないのかしら?」
「いや、無くても金さえあれば門番の詰め所で発行できるぞ。っとその前にどこかの貴族様の紹介状か、その身なりではないと思うが貴族様の親族だったりするか? そうすると通行証無しでも通れるぞ」
そのどちらも無いが、通行証も金さえあれば発行できるらしいので二人は兵士に頼んで詰め所まで連れて行ってもらった。
「さてと、それじゃそこの石に手を置いて」
詰所の入口近くのテーブルに木箱に入った砂とその前に青い平たい石が置いてある。それにトウヤは見覚えがあった。
「なにかしらこれ?」
「ステータスを確認する魔道具だよ。その石に両手をつくと砂にラピスお姉ちゃんのステータスが表示されるんだよ」
奴隷に売られる時に一度見ただけだが間違いない。砂が動いて文字や数字になったのが面白くて覚えている。
「ほう、説明は不要か。いや、その首輪は奴隷だな、なら知っていてもおかしくないか」
兵士がトウヤの首輪に気付くと、魔道具のことを知ってる理由にすぐに思い至り納得した。
「街に入る目的はなんだ? 商売か、観光か、それともこの街で暮らすために来たのか?」
別に物を売る気は無いので商売ではない。そしてこの街に住むつもりも無いのでこの場合は観光だろうか?
「またはスピリットファームに挑む冒険者かな?」
「スピリットファーム?」
聞いたことのない名称にトウヤは疑問の声を出した。
「ご主人様は武道家の格好をしていたのでもしかしてと思ったが違うのか」
ご主人様とはラピスの事だろう。たしかに彼女の格好は武道家のようだから冒険者と思われてもしょうがないだろう。
「この街から南に少し行った所にスピリットファームって呼ばれる死霊系モンスターの集まるダンジョンがあるんだよ。ダンジョンの周囲は壁で覆われているから間違って入ってしまう事は無いと思うが、腕に自信が無いなら近付かないように」
知らずに危険な場所に足を踏み入れでもしたら大変と思ったのだろう。兵士が注意してくれた。
「そんな場所には用事が無いから大丈夫よ。この街に彼の妹さんがいるらしいの、だからトウヤ君を奴隷から解放して、妹さんと会わせるのが私達の目的よ。これは観光でいいのかしら?」
ラピスが素直に目的を話した。
「こんな若い奴隷を開放するとは珍しいな。不治の病にでもかかったのか? ま、それなら観光で大丈夫だろう。ただし今日はもう遅いので奴隷商は開いてないぞ、今日は宿に泊って明日にするんだな」
奴隷をわざわざ解放する人は珍しいようだ。そこで兵士はトウヤがもうすぐ死ぬので最後に家族に会わせてやりたいとうい主人の優しさとかそんな感じで納得した。それと同時にあまり詮索しても悪い話題だと思い話を切り上げた。
「さてと、観光なら一日銅貨三枚、奴隷は銅貨一枚だ。前科があるとプラスで一枚追加だよ。金は先払いで滞在日数分払ってくれ。それを過ぎて街に居たり、露店を開いている所を見つけたら奴隷送りだから気をつけてくれよ」
合計で一日銅貨四枚だ。屋敷で拾ったお金で何とかはなる。あとは宿だが、ラピスとトウヤなら野宿でも体調を崩す事は無いので大丈夫だろう。
「今日はもう遅いから明日からの滞在日数で大丈夫だが何日分にする?」
「そうね、ちなみにニッチって人のお店がどこにあるか知ってる? トウヤ君の妹さんを買ったのがその人らしいんだけど」
「知ってるけどそれはステータスを確認した後で教えるよ。君達の話が完全に全部真実とは限らないからね。もし場所を教えてニッチさんに被害が出たら大変だからね」
兵士の言う事ももっともだが、それを本人を前に素直に言うのはどうなのだろうとトウヤは思った。もしかしたら凄く素直な人なのかもしれない。
「そう、それじゃさっさとステータスを確認しちいましょ。トウヤ君、やり方が分かるなら先にやってくれない?」
ラピスは別に気にした風も無い。竜族の彼女にしたら人間の世界はそうなんだ。と思っただ。
ラピスに言われ、トウヤが先に石に両手を置いた。それだけで砂が動き出し、トウヤのステータスを表示した。もちろん魔王の部分は表示されていない。
実際に確認するまでは本当に能力調整で能力が消えるのか不安だったが大丈夫だったようだ。
能力強化が消えているので能力値の数字もほとんど一桁、大した数値ではない。
「ほう、ステータス確認を持っているのか」
兵士がトウヤの能力を見ながら感心する。
(しまった、ステータス確認もオフにしておけばよかったかな?)
珍しくて、しかも有用な能力なので注目されてしまった。しかしすぐに興味を失ったようだ。兵士が魔道具をいじると、トウヤの能力が一枚の紙に写し出される。
「うん、何も問題なさそうだな、次は君だ」
トウヤが手を放すと砂の文字は消えてしまった。次にラピスがトウヤと同じように石に手を置いく。すぐにラピスのステータスが表示される。
「え!?」
それを見た兵士の表情が変わった。何か問題があっただろうか?
「りゅ、竜種様でしたか。でしたら最初から言ってくださればすぐにお通しいたしましたのに」
兵士の態度が変わる。
「あら、竜種ってだけで良かったの?」
「はい、竜種は他国の貴族様と同等の大切な賓客としてもてなすのがこの国の決まりですので。滞在費もいりません。好きなだけこの街でお過ごしください」
トウヤは田舎者なので、国にそんな決まりがある事など知らなかった。知っていればもっと早く事は済んだかもしれない。
「それとこちらをお付けください。これは外国の貴族様を示すバッチです。これがあれば国営の施設をタダで使うことが出来ます」
兵士が漆塗りの木箱に入った銀色のバッチを持ってきて、箱ごとラピスに渡す。
それを受け取ると、ラピスがバッチをトウヤの服の襟に付けた。
「ラピスお姉ちゃん、これはお姉ちゃんがつけるべきなんじゃ……」
竜族であるラピスが賓客として迎えられているのであって、奴隷の身分の自分がつけるのはおかしいのではなかろうか、そうトウヤは思った。
「あら、別にいいのよ。私がもらった物をどう使おうと私の勝手でしょ。それにお姉ちゃんはずっとトウヤ君のそばにいるんだから、どっちが持っていても同じ事でしょ。ね、兵士さん?」
「あ、はい」
兵士がラピスの言葉を否定する事など出来ず、ただ頷くしかなかった。
トウヤもラピスがそれでいいならと納得した。
今のトウヤは魔王としての身体強化が発生していない。それはさっきのステータスを見ても明らかだ。つまりトウヤを害しようと思えば誰でも簡単に出来てしまうのだ。そんな状態でトウヤに何かあったら大変だ。もちろんラピスは何かあったらすぐにトウヤを守るつもりでいる。バッチが少しでもトウヤを厄介から遠ざける助けになればと思い彼女はトウヤにバッチを渡したのだった。当然彼女のそんな思いにトウヤは気付いていなかった。
その後、二人は兵士の案内で国営の宿に案内された。
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