第10話 ゲペルの街 2
チュンチュン――
トウヤは柔らかなぬくもりに包まれながら目を覚ました。横にはラピスの寝顔があった。抱きつかれているので身動きが取れない。
さて一体どうしてこうなったのか、トウヤは昨日あった事を思い出した。
昨日は夕方にゲペルの街に到着し、兵士の案内で国営のこの宿に来たのだった。この宿は貴族ごようたしの高級宿らしく、ラピスにはフカフカのベットのある一人部屋を用意してくれた。そう一人部屋なのだ。トウヤは奴隷なのでラピスの荷物と同じ扱いだ、一人の人間として見られていない。それが貴族の集まるこの宿では顕著に表れていた。幸い、ソファーも横に長くやわらかだったし、床もジュウタンが敷かれて、綺麗だったので、ラピスにはベットを使ってもらい、自分はソファーなり床で寝ればいいとトウヤは判断した。
それをラピスに伝えた所、
「これだけ広ければ二人でも問題なく寝れるじゃない」
とのこと。確かにベットは広く、二人でも寝れなくはない。だが一つしかない枕が「これは広くても一人用のベットなんですよ」と主張していた。
それが無くてもトウヤは男でラピスは女。部屋が一つしか無いのは仕方ないとして、一緒のベットに寝るのはさすがにまずい。
「若い男女がそれはまずいよ、そんな事したらタンザナイトだって本気で怒ると思うよ」
実際は手を出したら責任もって一緒に暮らそうという親公認発言だったが、それを今ラピスに伝えても意味はないだろう。
「もう、弟がお姉ちゃんに遠慮してるんじゃないの。これは命令よ、トウヤ君は今夜私と一緒に寝る事」
命令と言われてしまうとトウヤにはどうしようもない。ベットに入ってからの記憶はない。たぶん本人の意思と関係なく、命令通りに眠りについてしまったせいだろう。
そんなわけで朝だ。トウヤに出来る事は二つ、ラピスを起こして開放してもらうか、このままラピスが起きるのを待つかだ。
(このまま二度寝なんて無理だよな……)
興奮して寝られるわけがない。今まで寝ていたのは単純に命令の影響があったおかげだろう。ではラピスを起こすのか。
(いや、ラピスのこの寝顔を見て、それを妨害できるか?)
そんな事は出来ない。そう、ラピスを起こせない以上、これは仕方のない事なのだ、決してトウヤがラピスの感触をもっと味わっていたいから放置しているのではない。
大事な事だからもう一度言うが仕方なくトウヤはラピスに抱き着かれたままの状態でいるのだ。
そう、若く女性経験の全くないトウヤがこの魅力を振りほどけないのは仕方のない事なのだ。
チュンチュンチュン――
「スゥ~。スゥ~」
鳥の声とラピスの寝息を聞きながら時間が過ぎていく。三十分くらい経った頃だろうか、抱きついていたラピスの拘束がとけた。ラピスが寝返りをうち、向こうを向いてしまった。
その事を少し残念に感じながら、もう一緒のベットで寝ている
部屋から出るわけにはいかなので特にやることが無い。なんだか緊張して汗をかいたのでお風呂に行く事にした。
「部屋に備え付けのお風呂か、しかも常にお湯が出るとか言ってたっけか」
各部屋にお湯を届ける仕組みもそうだが、いつでも温かなお湯が出るのは驚きだ。トウヤにはよく分からないが、何かしらの魔法の道具を使っているのだろう。
トウヤの感覚からしたら水は井戸か川から汲んでくるしか無いし、汗を掻いたら水でタオルを濡らして体を拭くか、頭から水をかぶるもんだと思っていた。金持ちの世界はトウヤの想像よりすごいようだ。
トウヤは脱衣所で着ていたものを全て脱ぎ、生まれたままの姿となって風呂場に向かった。ボタンに触れると頭上からシャワーのお湯が降り注ぐ。
「いいなこれ」
体温より少し温かな温度のお湯が気持ちいい。トウヤは風呂場に置かれた石鹸に手を伸ばした。
「たしか手ぬぐいに擦りつけて泡だたせるんだよな?」
宿に泊まった事のないラピスのために気を使って色々と教えてくれた宿の従業員の説明を思い出し、人生初の石鹸を利用してみた。
これで汚れが落ちるらしい。トウヤは泡のついた手拭いで体を洗いはじめる。
「トウヤ君、お風呂に入ってるの?」
ドアの向こうからラピスの声が聞えた。トウヤは入口を見ると、ドアのガラス越しにラピスのシルエットが映し出されていた。
◇◇◇◇
ラピスは長い事父親と二人で暮らしていた。生まれてから二十年ほどは母親も一緒にいたのだが「海を見たくなった」と言ってどこかに行ってしまった。そのまま九十年間、母親は帰ってきていない。
たまに父親の友達の竜が酒をもって遊びに来たりしたが、その時はだいたい父親と酔い潰れるまで酒をあおるか、バトルするだけだ。酒の肴の話はどんな強敵と戦ったかという話ばかりだし、バトルとなればラピスの強さでは参加など出来るわけもなく、父親の友達が訪ねてくる日はラピスはたいがいカヤの外、寂しい思いをしていた。
だが彼の時だけは違っていた。父親が連れてきたのは可愛らしい人間の男の子。人間が山に訪れる事も珍しいが、それだけでなくその男の子は魔王だったのだ。話でしか聞いたことのない凶悪な存在を前にラピスは二重に驚く事となる。
トウヤは今までの父親の友人と違い、お酒は飲まないし戦闘も嫌いなようだ。父親が無理やり戦闘を仕掛け、しかもそれに乗り気でなく逃げ回っていたとか。
黒色のサラサラな髪、クリっとした瞳。栄養が足りていないのか、年のわりに小柄で手足も枝のように細い。ラピスでも簡単に倒せそうだと彼女は最初思った。だから彼が父親を倒した事に驚き、父親が酔い潰れた後にトウヤに色々と聞いてみたのだ。
それは楽しい時間だった。ラピスとまともに話してくれるお客さまは彼が初めてだったのだ。こんな弟がいれば今までの父親の友達が遊びに来た時も寂しい思いをせずに済んだだろうし、他にも日常生活でも面白い事があったかもしれない。そうラピスは感じていた。
もし叶うのなら彼にはこの先もずっと一緒にいて欲しい。そうすれば寂しい思いをする事が減りそうだからだ。だからトウヤにお姉ちゃんと呼ぶのを強要したのだった。疑似的にでも家族として接していたいから。
そして話の中でトウヤが妹に会いたくてゲペルを探していると聞いた時に、ラピスは彼についていくことにした。それはトウヤが心配だった事もあるが、自分がもっとトウヤのそばで話をしていたいと思ったからだ。
ラピスが目を覚ますと、そこにトウヤの姿は無かった。一緒に寝ていたのにどうしたのだろうか?
(もしかして魔王だとバレて誰かに誘拐された?)
いやそれならば隣にいた自分が気付かない訳が無い。だがそれは相手が自分と同等か格下の相手の場合だ。自分より強い相手ならばそれも可能かもしれない。
「クンクン、トウヤ君のニオイはこっちね」
ラピスがトウヤの気のニオイを探ると、部屋からは出ていなかった。その事にラピスは安心した。少なくともトウヤの身に危険が及んだわけではないようだ。
隣の部屋、お風呂の方に移動したようで、そっちに向かって気が流れていっていた。
すぐにそちらに向かう。脱衣所にトウヤの服が置かれている。そしてお風呂場からトウヤの気配がした。
「トウヤ君、お風呂に入ってるの?」
「ラピスお姉ちゃん、起きたんだ。おはよう」
ドア越しにトウヤの声が聞えた。
「おはよう、起きたらトウヤ君居ないんだもん。お姉ちゃん驚いちゃった」
「あ、ゴメン。汗かいたからサッパリしようと思って……」
すまなそうなトウヤの声だ。
「それじゃ、お風呂が終わったらご飯に行きましょ」
ラピスはそのまま部屋に戻り、トウヤがお風呂から出てくるのを待った。
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