第7話 コロウ山のタンザナイトとラピスラズリ 2
「トウヤはすごいんだぞ。一瞬で俺の前から姿を消す技を持っているんだ。しかも俺の炎を防ぐ盾か壁の能力もあるんだぞ。そして俺を金縛りにしてしまう術もだ。なりたての魔王でもこれだけ多彩で強力な技を持っているんだぞ」
タンザナイトが酒樽に寄りかかりながら我が事のように自分との戦闘でのトウヤの活躍を語っている。
「おい、聞いているのかラピス。うん、オマエなんだか全体的に丸いな、太ったか。ハハハ」
笑いながら酒樽を叩くタンザナイト。顔も真っ赤だし完全に出来上がっているようだ。
「酒樽と娘の判別が出来ないとは、やっぱりお酒には混乱系の毒が入っているんですね。なんでそんなものを飲もうと思うのか……」
その様子を見たトウヤはさらに酒に関する勘違いを深めることとなった。
「まったく、弱いくせに大量に飲むんだから。トウヤ君、あの酔っ払いはほっといて大丈夫よ。たぶんそろそろ寝ちゃうから」
「おう、俺は酔っちゃいないぞ。それよりトウヤの活躍を聞いてくれ。こいつはな、魔王になったばかりだというのに……」
そしてまたトウヤの自慢話を始めるタンザナイト。話がループし始めた。
「お父さんそうとうトウヤ君が気に入ったのね。あんなに楽しそうに自分が負けた話をしちゃって」
ラピスがタンザナイトを見ながら嬉しそうに笑っている。彼女自身も久しぶりに父親以外の話し相手が来たことに喜んでいた。
「おうよ、トウヤにならラピスを嫁に出してもいいくらいだ。なにせ俺に勝てる男だからな、安心して一人娘を預けられるってもんだ」
「ちょっといきなり何言い出すんだよ。僕は結婚なんて……」
自分は魔王だ、そしてまだ奴隷の状態でもある。こんな人間が結婚なんてありえない話だ。
「なんでい、家のラピスじゃ不満なのか? こんな美人で家事全般が出来て、器量よしの優しい子が気に入らねーってんなら誰なら納得するんだ?」
「いや、僕の身分で結婚なんて無理だよ。それに彼女の意思も聞かずに親が決めるもんじゃないだろ」
「ほう、つまり別に家の娘が気に入らないって訳じゃないんだな。おう、だったらラピス、お前はどうなんだ?」
そう言ってまた酒樽に話しかけるタンザナイト。トウヤは酔っ払いの
「そうね、私は別にトウヤ君のお嫁さんになってもいいわよ」
その発言にトウヤはラピスの顔を見た。笑っている彼女からはそれが冗談なのか本気なのかわからなかった。
「でもそうなるとお父さんはこの山に一人で暮らす事になるわね」
「なぬぃ?」
「だってそうでしょ、トウヤ君は人間だもの、こんな山奥の洞窟暮らしなんて出来ないわ。そうしたら私が彼に合わせて山を下りるしかないもの」
「ぅうん、そうだな。でもそれなら父さんも一緒に……」
「コロウ山の主であるお父さんが出ていちゃうと誰がこの山や周辺の森の動物たちを守るのよ、みんな困ってしまうわ」
「うん、そうだな。ラピスの言う通りだ。うん。じゃあ結婚は無しだ」
やはり娘がこいしいのか、すぐに前言を撤回した。もともと酔ってした発言だ。深く考えての事ではないのだろう。
ラピスはこうなると分かっていてタンザナイトの話に乗る発言をしたのだろうか。さすが親子だ、相手の性格をよく理解している。そうトウヤは黙って話の流れを見ていながら思った。
「嫌よ、なんで父さんのために一生を捧げなきゃいけないのよ。私は私で好きに生きるし、恋人が出来たらその人と幸せな家庭を築くわ」
しかしラピスの方はそれで終わらなかった。トウヤの予想は間違っていたようだ。
「ダメだ、ダメだぞ。出ていくなんて許さん。娘を連れていくなら俺を倒してからにしろ~」
この場にいないラピスを連れていく存在に向けて叫ぶと、タンザナイトはその場に倒れてしまった。規則正しい寝息が聞こえてくる。
「こまったお父さんね。さっきの事は冗談だから気にしないで。明日になったら自分が何を話したかも忘れているでしょう」
そうラピスは笑った。
「それよりお肉は足りた? 追加を作ろうか?」
「もう大丈夫。美味しかったよ」
「そう、それはよかった。それでさっきお父さんが話していたトウヤ君の技に関してもっと聞きたいな」
「いや、大したことは話せないよ」
まさかタンザナイトが言っていた「一瞬で姿を消す技」と「炎を防いだ技」と「タンザナイトの動きを封じた技」とさらに言えば「空中に立った技」の全てが一つの「キューブ」という特技の、同じ効果によるものだとはラピスも思っていないだろう。
「あれ全部キューブって特技なんだよ」
別に隠す必要も感じなかったので素直に能力を話した。そして実際に能力を使ってみる。適当にその辺にあった岩を通行可にしてラピスに通ってもらい、次に何もない所を不許可に変更。壁があるのを確認してラピスがそこに火を吐いた。人間の姿でも竜のように炎は出せるようだ。
そして彼女を抱えてその不許可空間の上にジャンプした。
「本当に一つの能力で色々出来るのね。嘘のニオイはしなかったけど、実物を見るまで信じられなかったわ」
「その嘘のニオイってなんなの?」
今度はトウヤが彼女の能力に対して質問する番だ。ずっと気になっていたことを聞いてみた。
「体を流れる気、生命力とでもいえばいいかしら? それを私はニオイとして感じられるの。で、嘘をつくとその気が乱れるからわかるのよ」
「最初に僕を魔族だって判断したのもその気を感じたからなの?」
あの時も彼女はトウヤの近くで鼻を動かしていた。それも気を探るためだったのだろうか。
「ええそうよ。トウヤ君から魔族とそっくりな気を感じたの」
「じゃあタンザナイトが一瞬で魔王って見抜いたのも同じ理由かな?」
「そうだと思うわ。お父さんはニオイだけじゃなく、目で見たり肌で気を感じる事ができるから、そこで私にはわからなかった魔族と魔王の微妙に違う気を感じ取ったんだと思うわ」
タンザナイトもラピスも実際に魔王に会うのはトウヤが初めてらしい。タンザナイトの父親、つまりラピスの祖父が一度だけ魔王と戦ったことがあるらしく、その話を聞いていたタンザナイトはいつか自分も魔王と戦ってみたいと夢見ていたようだ。
「それでトウヤ君は何しにこの山に来たの?」
「ゲペルって街を探しているんだ、高い所からなら近くの村とか、人のいそうな場所が見えないかと思ってね」
「ゲペルの場所ならわかるわよ。たしかあっちの方角で、人間の足で三日の距離よ」
ラピスが差したのは屋敷があった方向だった。つまりトウヤは目的地と反対の方向に向かって歩いていたのだ。
「それで、ゲペルに行ってどうするの?」
「妹が買われていった先がそこの商人の家なんだ。だから元気にやってるのか確認しようと思って。それとどこかで信用できる人が見つかったらこの奴隷の首輪を外してもらおうと思って」
能力調整の力で奴隷の効果自体はオフに出来たが、首輪は依然外れていな。これを外して完全に奴隷の身分から解放されるには主人となった人物に奴隷から解放してもらうしかない。奴隷は主人を亡くしたら次に出会った人の奴隷に自動的になってしまう。それは仮で正式に登録するまでは強制力の低い主従関係だが、それでも誰かの奴隷になるのには変わりはない。だから街中で信用できる人物を探すにしても、誰にも会わずに街中を歩くなんて不可能なので、その相手には奴隷の効果を一時的に打ち消せる事、最悪魔王である事を話す必要がある。
それだけのヒミツを話せるほど信用できる相手がはたして見つかるだろうか。妹に話せばもしくわ、と思わなくもないが妹の主人が全てを話すよう強要すれば、奴隷の身分の妹は拒めない。そうすればトウヤのヒミツなど筒抜けだ。そして妹の身が危なくなってしまう。だからこの手は使えない。
「だったら、私が一緒に行ってあげようか?」
ラピスが提案してくれた。
「そうすればトウヤ君を奴隷から解放してあげられるでしょ。それに方角だけ教えても無事にゲペルにたどり着けるとは思えないし、私が道案内してあげる」
確かにトウヤが魔王だと知っているラピスに協力してもらえるのはありがたい。それに道案内も助かる。
「でも片道三日もかかるんでしょ。それだと六日間のタンザナイト一人になっちゃうんじゃ……」
さっきの様子からそんなに娘と離れていては彼が寂しがりそうだ。
「大丈夫よ、飛んでいけば一日かからないから。トウヤ君は自分と妹さんの事だけ考えていて。お父さんの説得はお姉ちゃんに任せなさいって」
ラピスが自分の胸を叩き自信満々に言った。その時
「ラピス恋愛イベント『お姉ちゃんと二人旅』の発生を確認しました」
「おいナビ!?」
本人を横に恋愛イベントなんて言ったらラピスはどんな気分だろうか。今までは友情イベントだったし、騒がしいタイミングだったからナビの声は聞こえなかっただろうけど、今は二人っきり、完全にナビの声も聞えたのではと思いトウヤは慌てた。
「どうしたのトウヤ君? ナビってなに?」
「私の声はトウヤ様にしか聞こえません。ご安心ください」
ここで初めてトウヤはナビの声が自分にしか聞こえていないことを知った。そして不思議そうにしているラピスにナビは魔王である自分をサポートする存在で、自分の中にいるのだと説明した。
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