第6話 コロウ山のタンザナイトとラピスラズリ

「あそこが俺の巣だ」


 目の前に洞窟が見えた。その前に一体の竜がいる。その竜が口から火を吐いているのがトウヤには見えた。


「あ、お父さん、おかえり」


 タンザナイトが近付いてきたことに気付くと竜は口から火を吐くのを止めた。竜が手に持っている鹿から肉の焼ける美味しそうな匂いが漂ってくる。


(50メートルくらいかな?)


 遠くにいた時は竜の姿は見えていたがステータスは見えなかった。それが近付いたことにより今は見える、大体50メートルくらいの距離だ。


 ラピスラズリ、レベル20、能力値はトウヤと同じくらいだ。特殊な能力は『竜魔法』『竜体術』『成竜』『万能家事』『野営』『狩猟』


(タンザナイトに比べると普通の能力数だな)


 後は称号が一つ。称号はその者の行動や地位によって他人から認識されている立場のようなもので、その者の二つ名とも言えるものだ。

 トウヤの称号は『「 」の奴隷』と『0と1の魔王』の二つだった。でも奴隷の方はオフにしているので現在の称号は『0と1の魔王』となっていた。

 ラピスラズリの称号は『世話焼き』だった。シンプルだがラピスラズリがどんな人物なのかわかりやすい名称だ。


「なんだか暴れてたみたいだけどどうしたの?」


「ああ、実は魔王と会ってな」


「魔王ってあの伝説の!? お父さん大丈夫だったの、どこかケガしてない?」


 魔王と聞いてラピスラズリがタンザナイトを心配する。そしてグルリとタンザナイトの体を一周し怪我の有無を確認していた。


「大丈夫だ、どこも怪我していないぞ。それと……」


「あら、その背中の男の子はどうしたの? もしかして魔王に襲われたのかしら? もう大丈夫よ。お父さん顔は怖いけど性格は悪くないから。そうだ、鹿肉食べる?」


 ラピスラズリがトウヤに気付くと顔を近付け、優しく話しかけてきた。称号通り世話焼きなの所をさっそく発揮したようだ。


「イベントの発生を報告します。イベント名「竜の宴会」 タンザナイト、ラピスラズリの友情イベントです」


 ナビが報告により、これから宴会が始まるのだとトウヤは理解した。しかしこの会話の流れからちゃんと宴会に行けるのかトウヤには疑問だった。


「違うぞラピス、トウヤは……」


「あら、君はトウヤ君って言うのね。私はラピスよ、よろし……」


 ラピスがトウヤの近くで鼻をヒクヒクと動かす。


「このニオイ、もしかして魔族!?」


 はたして魔族のニオイとはどんなものなのだろうか。しかし、タンザナイトは見ただけでトウヤを魔王と判断し、ラピスの方はニオイで判別、しかも魔王ではなく魔族だと認識。タンザナイトの方が優秀なのは明白だが、この二人はどうやって自分を普通の人間と違う事を判別しているのか詳しく聞きたくなった。


「違うぞ、トウヤは魔族なんかじゃない。正真正銘の人間、そしてさっき話した魔王だ」


「え、お父さん正気? 魔王をウチに連れてくるなんて……」


 ラピスが言いたい事をトウヤは何となく理解した。人間である自分からしたら魔王が目の前にいるなど恐怖以外の何物でもない。それは竜でも同じようだ。いきなり勝負を仕掛けてくるタンザナイトの方が特殊なのだろう。


「落ち着けラピス、まったくいつまでも子竜のつもりでいるのだ、お前はもう成竜なのだぞ」


 タンザナイトがラピスを落ち着けさせ、トウヤと戦い友達になった事を伝えた。その後、トウヤが魔王に成り立てで、普通の人間とそんなに変わらない事や魔王として活動する気が無い事をトウヤ自身も伝える。

 最初は半信半疑だったようだが、最終的には納得してくれたようだ。


「うん、嘘のニオイはしないわね。まったく、相手がトウヤ君だったから良かったものの、一歩間違えばお父さん死んでたって事じゃない」


 トウヤだから身動きの出来なくなったタンザナイトを前にしても話し合いで済まそうとしたのだが、もっと残虐非道な人物だったら動けなくなったタンザナイトなどただのサンドバックとなってそのまま絶命してもおかしくは無かったのだ。

 そんな無謀な父親に呆れるとともに、相手がトウヤであった幸運にラピスは心の中で自分達の祖先を造った龍神様に感謝した。


(嘘のニオイ?)


 またニオイだ。ラピスの嗅覚には何か特殊な効果でもあるのだろうか。それっぽい特殊能力名は無かったが『竜魔術』か『竜体術』『成竜』あたりを詳細に確認してみればそういった能力が書かれているかもしれない。トウヤも『魔王』を詳細に見れば五つの能力が隠れているのだからその可能性は大だ。


「まったく、戦闘とお酒に目がないんだから。これだから男の竜は嫌なのよね、母さんも愛想つかして出ていくわけだわ」


「おい、その言い方、ますますマリンに似てきたな」


「ふう、こんなお父さんの話なんてどうでもいいわ。トウヤ君御飯にしましょ、このままじゃせっかくのお肉が冷めてダメになっちゃうわ」


 タンザナイトはまだ何か言いたそうだが、肉がダメになってしまってはいやなようで、結局何も言わなかった。

 ラピスが岩の上に鹿を置く。普段からその岩に食事を置いているのだろう、岩は綺麗に切断されテーブルのようになっていた。


「さあどうぞ。と言ってもこのままじゃ食べ辛いわね。よいっしょっと」


 ラピスの体が光りだし、形を変えていく。光が収まったら、そこには人間の女性が立っていた。藍色の長髪を左右でお団子のようにまとめて、赤色の武道家のような服装をしている。年齢はトウヤより三、四つ上くらいの十七、八に見える。ステータスの名前はラピスラズリ、つまり彼女が人間になった姿のようだ。


「えっとお皿は……」


 人型のラピスがタンザナイトに近付き鱗を一枚剥がした。


「いたっ、何をするんだ!?」


 突然鱗を剥がされタンザナイトが文句を言う。


「もう、鱗の一枚や二枚いいじゃない。どうせ二、三日で生えてくるんだから。それよりお皿が欲しかったのよ、トウヤ君のためなんだからいいでしょ?」


「トウヤのためか……。ならしょうがない」


 しかしそれが友人のためだと言われると怒るに怒れないようだ。

 ラピスは鱗を片手に鹿の元に戻り、右手だけ竜の手に戻すと手刀で肉を切り取った。それを鱗の上に乗せ、鹿の角を折って肉の一枚に刺した。


「ごめんね、人間のお客さんなんて初めてだから食器とか無いのよ。これで我慢して」


「うん、ありがとう」


 奴隷の頃は一日に一度しか食事を貰えず、井戸水と食べられる草でなんとか食いつないだ時もあった。それに比べれば皿代わりの物を用意してもらえるなんてとんでもない幸運な事だ。文句を言っては罰が当たるというもの。


(そういえば最後に食事したのいつだ?)


 少なくとも男に買われ、森の中の屋敷に行くまでの間に食事はもらわなかった。屋敷に向かいまでは空腹でしょうがなかった記憶もある。


(それが魔王になってからは食事の事考えて無かったな。もしかしてこれも身体強化の効果なのか?)


 試しに身体強化をオフにしてみた。そしてトウヤは自分の予想が当たっていたのだと理解する。


「タンザナイトも人間になれるの?」


 貰った肉を食べながら話のタネにと思い訪ねる。ラピスはトウヤに合わせ、人間の姿で食事をしている。ただし手掴みで肉の塊を持っている姿はさすがわ竜族といった所か。タンザナイトは竜の姿で肉にかぶりついている。


「おう、それくらいの竜魔法、朝飯前だぜ」


 タンザナイトが人間の姿になった。四十代の男性だ。無精ひげを生やし、筋肉質のがっちりした体格。なんだかクマみたいな男だとトウヤは感じた。


「どうよ、あまりのイケメンぶりに驚いたか?」


「あ、うん」


「はいはい、トウヤ君が困ってるでしょ。バカなこと言って無いの」


 ラピスがタンザナイトの前にお酒の樽を置いた。


「おう、わかってんじゃないか」


 タンザナイトが樽を開け、そのまま飲み始める。このまま二人は人間の姿で宴を続けるようだ。

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