第5話 0と1の魔王、その名はトウヤ 5

「これはキサマの能力か? やるじゃないか魔王」


 タンザナイトは何とかしようともがいているが、それは無駄な事だ。実体のある壁の魔法や、本物の壁で止めたのだったらタンザナイトの筋力で強引に破壊して逃げ出す事も出来たかもしれない。しかしキューブは通れる、通れないの概念を変更しただけのもの。その概念を壊すか、止められている場所を通らずに別の空間に移動する手段でも使わないと突破は不可能なのだ。

 その事をタンザナイトが理解したのならもしかしたら変化があるかもしれないが、今のところ彼は力任せに動こうとしているだけ、トウヤのやった事を正確に理解してはいないようだ。


「待ってくれよ、僕は突然魔王になっちゃっただけで悪さをする気はないんだよ」


 相手の動きを完全に防いで、安全を確保したのでトウヤは話し合いを始める。自分の安全性を伝え、無害な存在である事をアピールして見逃してもらおうと考えた。


「キサマが悪事を働こうが善行をしようが関係ないわ」


 しかしそれは失敗した。タンザナイトの方にトウヤの話を聞く気はないようだ。


(魔王は存在そのものがダメって事か?)


 タンザナイトの様子からトウヤはそう判断した。


(『支配者』の効果は確かに迷惑か……)


『支配者』の効果で存在しているだけで周囲のモンスターは狂暴化してしまうのだ。ただそこにいる。それだけで他の者にとって魔王は迷惑な存在だろう。


(でも『支配者』は『能力調整』でオフにしてあるから影響はない。その事を伝えて説得してみるか?)


 どうすればタンザナイトが大人しくなってくれるのか、トウヤは頭を悩ませた。 


「トウヤ様、戦闘中のため報告が遅れましたが、安全を確認したのでお知らせします」


 どうしたものかと、無駄に暴れているタンザナイトを見ながら考えているトウヤにナビが話しかける。


「トウヤ様がこの場所に落とされた時からイベントが一つ発生していました」


 イベント発生の報告、これはフラグチェックの効果だ。発生中のイベントを確認できるという、どんな能力かいまいちわかっていない能力だったのだが、こっちが聞かなくても知らせてくれるとは、常時発動系の特技だったようだ。


「イベント名『拳と拳から始まる友情』 タンザナイトとの友情イベントです」


(友情イベント? 発生のタイミングからこの戦闘の事だよな……)


 ナビの報告を聞いて少し考える。これまでのタンザナイトの言動は魔王を恨んだり、憎んだりしたものだっただろうか?

 それは否だ。タンザナイトが怒っていたようだが、それはトウヤが正面から戦おうとしていなかったことに対してだけだ。魔王を否定するような事は何も言っていない。


(初めから戦えとしか言って無かったな)


 この場所に連れてきたのだって正々堂々とした勝負をするためだ。もし魔王を倒すだけなら自分に有利な環境で一方的に攻めればいい。実際トウヤはそうやって数で勝るゴブリンを倒したのだから。


(単純に魔王という存在と力比べをしたかっただけだったのか)


 この戦いは友情のイベント、トウヤの討伐が目的のものではない。それにトウヤが悪をなそうがどうでもいいとまで言われた。もしかしたら魔王と竜が戦った昔話も、人間視点の内容が伝えられているだけで、事実とは異なるのではなかろうか。


(それなら説得の仕方を変えようか)


 トウヤはジャンプし、行き先の足元をキューブで通行不許可に変更して空中に着地した。同じことを繰り返し、キューブを使ってタンザナイトの頭の所まで移動する。


「なんだ、空を飛べたのか魔王」


「正々堂々とした戦いをしなくてすまない」


 タンザナイトの目を正面から見つめ謝罪した。


「ふん、今更どうしたんだ? やっと戦う気になったのか?」


 そんなトウヤの様子を見て、タンザナイトは少しすねたような声をだす。やはりまともに戦わなかったのが気にくわなかったようだ。


「いや、そうじゃ無い。実は僕が魔王になったのは最近の事で、まだ自分の能力を把握はあくしきれていないんだ。この空中に立ってるのだって今初めて試したばかりなんだから」


「なんだ、そうだったのか。つまり逃げていたんじゃなくて自身の能力を試すために時間を作っていたのか」


 タンザナイトは戦いの事なら話を聞く気があるようだ。しかもこれまでの動きを好意的に解釈してくれているようだ。トウヤはその事を否定せず、勘違いさせたままにさせておくことにした。


「ふ、これはこちらが謝らねばならんか、ちゃんと話を聞かずに攻撃を仕掛けたのだからな。しかし、手に入れたばかりの力で俺の動きを止めるとはな。やはり魔王とは噂通りの強き者のようだな」


 ガハハと嬉しそうにタンザナイトが笑っている。


「思い描いていた戦いとは違っていたが、これでは俺の負けだな。動きを封じられ、接近を許している。あとは魔王の攻撃を受け続けるという訳だ」


「その魔王ってのをやめてくれよ。僕の名前はトウヤだ」


 言いながらタンザナイトの動きを止めていたキューブの効果を解除していく。ついでに戦闘中に変更した設定も全部もとに戻しておくことにした。山の動物が地面を歩いていたら突然地面の中に落ちた。なんて事にでもなったら大変だからだ。設定の戻し作業はナビが自動でやってくれるようだ。さすがわサポートといった所か。


「そうだったか、ではトウヤよ。良い勝負だった。ありがとう」


「イベント『拳と拳から始まる友情』の終了を報告します」


 ナビが告げなくてもトウヤも話がいい方向に変化したのをタンザナイトの表情から判断した。


「俺の名前はタンザナイトだ。正々堂々拳を交えた相手とは友となるのが竜族の流儀、トウヤよ、困ったことがあれは何でも言ってくれ。俺に出来る事なら力になろう」


 タンザナイトの周囲の魔王所属判定の色が黄色から味方の青に変化した。トウヤが細かく確認すると、配下にはなってないが協力関係として登録されている。


「とりあえずもう日暮れだ。今日は俺の巣に泊っていくといい。うまい酒があるぞ」


「いや、僕まだ成人前なのでお酒は……」


 トウヤは現在十四歳、この国で成人として認められるのは十五歳から。つまりまだあと一年ある。よくわからないがお酒は大人の飲みものだから大人になるまでダメだと親に教えられた。酒を飲んだ父親は顔を赤くし、同じ事を何度も繰り返すようになるので、酒は混乱させる毒性があり、子供だと生命の危機でもあるのだろうとトウヤは酔っぱらう父親を見ながら判断していた。だから大人になるまで、いやもしかしたら大人になったとしてもお酒はやめておこうと思っていた。


「そうか……、魔王になったばかりと言っていたな。つまり見た目通りの年というわけか」


 タンザナイトは断られた事に少し寂しそうな返答をしたが、気を悪くした様子はない。


「では肉だな、うちの娘の火加減は天下一品だからな。きっとトウヤも気に入るだろう」


 酒がダメなら食事だと話を変えてくれた。


「娘がいるのか」


 見た目では竜の年齢なんかわからない。トウヤが確認したところ、タンザナイトの年齢は476歳だった。それが竜として若いのか老いているのかはわからない。子供がいて普通の年なのかもだ。


「ああ、百年を生き、ようやく成竜になったばかりでな。器量よしの美人だぞ、俺に似て綺麗な藍色の鱗をもっているんだ。それに……」


 タンザナイトが親バカな発言をしている。


(成竜ってのは人間でいう成人って意味だろうな、竜は百年でようやく一人前なのか)


 人にとっては一生と言えるほど長い年月だと思いながらトウヤはタンザナイトの娘自慢を聞き流した。


「おっと長くなったな、さ、背中に乗ってくれ。巣まで案内しよう」


 言われたと通りにトウヤはタンザナイトの背に移動した。そのまま山の頂上にむけて飛んでいく。

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