第2話 0と1の魔王、その名はトウヤ 2

「本当に魔王になっちゃったのか?」


 声も普通に出る。さっきまでの事が悪い夢のようだ。


「ハイ、ソウデス」


 夢じゃない。それが頭の中で聞こえるナビの声で判明した。という事はこの部屋にはあの男達がまだいるのだ、ボーっと突っ立ている場合じゃない。

 儀式が終わったのだから男達から次の指示があってもいいものなのに何もない。それを不思議に思い部屋の中を見た。

 真新しい血しぶきや血だまり、壁には何かが強くぶつかったようなヒビとへこみ、そして四つの死体が転がっていた。それで黒いものの中にいた時に聞こえた悲鳴を思い出した。あれは幻聴では無かったようだ。


「これはいったい……」


「トウヤ様ヘノ敵意ヲ感ジマシタノデ、排除イタシマシタ」


「ナビがやってくれたのか……」


 男達から解放されたことを喜べばいいのか、それとも四人の男を簡単に殺せるナビの能力に恐怖すればいいのか、トウヤは複雑な気持ちになった。


「スミマセン。トウヤ様ハ殺人ヲ望マレナイト判明スル前デシタノデ」


 確かにさっきは殺したくないと言ったが、それは今日を一生懸命に生きる普通の人に対しての話だ。この男達はトウヤを殺す気でいたし、トウヤより前に何人も殺しているだろう。それはこの部屋や男達の会話からもうかがえる事だ。


「別にいいよ。自分を殺しに来ている相手まで救おうとは思ってないさ、生きるためには自衛も必要だ」


 これは過剰防衛な気もするが、ナビは魔王に従う存在、人間の常識は知らないのだからやってしまった事はしょうがない。今回は相手も相手なので許す事にした。


「ナビは強いんだな」


「イエ、コレハトウヤ様ノチカラデス。トウヤ様ニ宿ル前デシタノデ少シオ借リシマシタ」


「それじゃ僕もこれが出来るの?」


 四人の大人の男を簡単に倒してしまうような力を自分が持っているなんてとても信じられない。


「ハイ、ステータスヲ確認シテクダサイ」


「ステータス?」


 トウヤは奴隷商に売られた時に一度だけ自分のステータスを見た事がある。ステータスは専用の魔法道具を使うか、ステータスを見る能力を持った人しか確認する事が出来ない。奴隷商の所では道具を使っていた。特殊な能力を持つ奴隷は高く売れるし、魔法を覚えている者には魔法を封じる道具をつけておかねば暴れられたりでもしたら大変だ。そんな理由から奴隷はまず買う時にステータスをチェックされるのだ。


「どうやればいいの?」 


「手ノヒラヲ見ナガラ『ステータス』ト頭ノ中デ唱エテクダサイ」


 言われた通りにじっと手を見る。すると文字と数字の書かれた画面が浮かび上がった。実体は無いようで、うっすらと向こう側が透けて見えている。ステータスを触ってみようと手を伸ばしても空を切るだけだ。


「ソレガトウヤ様ノ身体能力ヲ数値化シタモノデス。他者ノステータスヲ見タイ場合ハ確認シタイ相手ヲ見ナガラ『ステータス』ト唱エテクダサイ」


「うん分かった。ところでさ、その話し方は何とかならないのかな?」


 感情や抑揚よくようのない喋り方なので、姿の無い相手だけに表情も無く、言葉から何を思っているのか全く読めない。正直話していて疲れる。


「トウヤ様ノ記憶カラ言語情報収集。バージョンアップヲ開始シマス」


 ナビが何かを始めたようだ、トウヤは待っている間に自分のステータスを確認しようと眺め始めた。

 トウヤ、人間、十四歳、「  」の奴隷。

 そこには間違いなくトウヤの情報が載っている。奴隷の前が空白なのは主が死んでしまったからだ。この状態で誰かに拾われれば、その人が仮の主人となる。そして奴隷商の元で魔法の誓約書ギアスロールを新たに製作してもらう事で正式な主従となるのだ。どこかで主から契約終了の魔法書類を貰うまでは奴隷の身分から解放され、首輪が外れることは無い。


「こんな感じで如何ですか?」


 ナビのバージョンアップが終わったようだ。


「うん、たいぶ人間っぽい話し方になったね」


 答えながらトウヤはステータスの確認を続けた。レベルは2、能力の『農業』『奴隷』は奴隷に売られた時と同じだ。

 でも筋力や魔法力、素早さといった各能力値がおかしい、前は手先の器用さを示す値だけ十だったか後は一桁だったはずなのに、今は全部が五十前後の数値まで上がっている。他の人のステータスは見たことが無いが、これなら男達四人を倒せたのも納得できる気がする。


「これが魔王の力なのか」


 能力に追加された『魔王』を指で触れてみる。すると画面が切り替わった。


「おう、こんな機能もあるのか」


 そこにはトウヤの魔王としての能力が表示されていた。


『身体強化』……これはトウヤの能力値を強化している力のようだ。


『支配者』……無所属のモンスターに襲われなくなり、倒したモンスターを配下に加えられる。また周囲のモンスターを強化、狂暴化させる。


「この能力はいらないかな」


 モンスターから襲われなくなるのは安全でいいけど、モンスターが狂暴で強くなるなんて迷惑な話だ。こんな状態じゃ人の多くいる場所には行けない。自分は安全でも周囲の人は危険にさらされる事になるのだから。


「それなら能力調整を利用してみてはいかがでしょうか?」


 ナビのアドバイスで言われた能力を確認してみる。


『能力調整』……もっている能力のオン、オフを切り替える。オフの能力は効果を発揮せず、この能力を持つ者以外には認識されなくなる。自身にのみ有効


「この部分をスライドさせてください」


 突然、ステータスの画面内に二等身のオカッパで一つ目の女の子が姿を現した。


「びっくりした、もしかしてオマエ、ナビか?」


「はい、トウヤ様が姿が見えない、表情が分からないと不満に思っていたようなのでこの画面内のみの存在ですが姿を作らせていただきました」


 一礼して報告するナビ。


「説明が分かりやすくなるからいいんじゃないか。で、このボタンだな」


 ナビが示す『支配者』の横に表示されたオンを指で触り横にスライドさせた。すると表示がオフに変わり、支配者の説明文が全体的に薄く変わった。

 これで大丈夫なのか不安になったトウヤは試しに『身体強化』もオフにしてみた。そしてステータスの画面を切り替え、最初の画面を確認してみようと思い指が止まった。


(あれ、この状態をどう戻せばいいんだ?)


 現在見ている魔王の能力の詳細は魔王の文字を触れたとこで表示された。ではここから戻るにはどうすればいいのだろうか?

 一度ステータスの表示を消してもう一度出せばいいのだろうか?

 はて、どうすればいいのだろうかと思いナビに聞くことにした。


「くしゅっ」


 質問しようと口を開こうとした時、、急に寒気を感じくしゃみが出た。今更で気付いたが今の自分は裸だったのだ。これでは寒いはずだ。そいうえば、奴隷の服はあの儀式の最中に吹き飛んでしまったのだった。

 それにしても、さっきまでは寒さを感じていなかったのになぜ急に寒くなったのだろうか。足元からは冷たい石の感触が伝わっている。はだしなのだから当たり前なのだが、その感触も今までは気付かなかった。普通に靴を履いているような感覚だったのだ。


(もしかしてこれのせいか?)


 トウヤは『身体強化』をオンに戻した。するとさっきまで感じていた寒さはどこかに消えてしまった。こんな事で『身体強化』の恩恵を確認出来るとは思わなかったが、オンとオフでちゃんと変化がある事は実証できたわけだ。


「ナビ、ステータスの画面を消す方法を教えてよ」


「トウヤ様が消したいと思えば消えます。ちなみに画面を変えたいと思えば画面を切り替えれます」


 とりあえず最初の画面にしたいと思うと、その通りになった。次に魔王の詳細を望む、するとその画面に変わった。最後に消えろと思うとステータスの表示が消えた。

 トウヤはステータス確認をいったん中断して服を探す事にした。そこの死体からぐのは少し遠慮したい。たしか隣の部屋には男達が生活している様子があったので着替えもどこかにあるかもしれない。もしそれが無かったら、その時は仕方がない。死体の服を貰おう。

 そう決意し、トウヤは隣の部屋へと移動した。

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