気まぐれ魔王ロード
戸下ks/トゲカッス
力の魔王 カイリキー
第1話 0と1の魔王、その名はトウヤ
「どこに消えたー!!」
天を揺るがすほどの咆哮が響き渡る。深海のような藍色の鱗を持ち、大きな翼で風を掴み大空を舞う四足歩行の巨大生物。人々は
そんな出会ったのなら無事に通り過ぎてくれるのを天に祈るしかないような存在に少年は目を付けられてしまったのだ。
「正々堂々と勝負しろー!!」
竜の口から放たれた炎のブレスが大地を二つに割る。
(危なかった……)
ブレスがもう少し右にズレていたら自分も大地と一緒にやられていただろう。
このまま地中を進んで逃げてしまおうか。そう考え、その通りに少年は行動した。竜と正面から戦って勝てるわけがない。
「男と男の勝負から逃げるのかー!!」
竜のブレスが少年の進行方向の地面を貫く。ほんの数ミリの差で今回もブレスには当たらずに済んだが、少年は恐怖に腰が抜け地面に倒れこんでしまった。
トスッと小さな音がした。竜はそんな小さな音を逃すことなく捕らえ、急降下し少年の前に移動する。
「見つけたぞ、魔王ー!!」
竜の開けた口の中に炎が見えた。
(どうしてこうなった……)
避けようもない攻撃を目の前に、少年の脳裏にこれまでの出来事が走馬灯のように思い出されていく。まだ普通の人間だった頃、家族と楽しく過ごしていた時間。友人と日が沈むまで走り回った日々、そして自分が魔王になった瞬間の事を……。
◇◇◇◇
魔王――。魔族を操り、神に牙を向ける悪の
トウヤは最初から魔王だったのではない。両親はただの農民だし、先祖も特殊な力のない普通の人間しかいない。生まれた時に傷付いた魔族が乗り移ったり、魔人による介入など何か特殊な事があったわけではない。
領主による厳しい税の徴収や天候の悪化や魔族の襲来によって二年連続で不作になり、次男であるトウヤが妹と一緒に奴隷商人に買われたが、村には同じように奴隷商に子供を売ったり、モンスターのエサや植物の栄養になろうと自ら森に向かっていった老人達が沢山いた。
奴隷商人の馬車には似た事情の子供が沢山いたので、トウヤのような事はこの世界にはどこにでも転がっている出来事なのだ。
問題はトウヤが買われていった先にあった。そこは森の中に隠されるように建てられた屋敷だった。長い間手入れされていないようで庭は雑草が伸び放題。壁も植物のツタが巻き付いている。室内も扉は腐り、ホコリやクモの巣はもちろん、床に穴の開いた個所もあった。
そんな屋敷にあってその部屋だけはきれいに掃除されていた。そこは一階の本棚の裏に隠された階段を下った先、周囲を岩の壁で囲まれた薄暗い部屋だった。
「お使いご苦労さん」
部屋の中では三人の男がトランプで遊んでいた。トウヤを買った男を含め四人とも粗野な髭面で目つきの悪い、いかにもな悪人顔だ。
「さ、戻ってきたしゲームはここまでな」
一人の男が手に持っていたカードをテーブルに投げる。別の男がその投げられたカードをめくって確認する。
「なんだ、ブタじゃねえか」
「運のいいヤツだな。これで負けたら一文無しだったもんな」
「お、じゃあピンチを救た俺に酒おごってくれよ」
「ふざけんなよ、もう酒一本分の金も残っちゃいねえよ」
カードを投げた男を三人が笑う。トウヤはこの状況をただ震えて見ている事しか出来なかった。
「それより儀式だよ」
「次の
「ま、ダメなら次を探すだけだ」
一人が奥の部屋に繋がる扉を開けた。
「ほら、コッチだ来い」
トウヤは男の言葉に従い隣の部屋へと向かう。鼻につく血の匂い、壁や床には赤黒いシミがついている。
すぐにでも逃げ出したい。そうトウヤは思ったが、契約がそれをさせてくれない。
「その魔法陣の中心に立て」
床に描かれた魔法陣を指す男。素直にそこに向かう。
「ほら、これを飲め」
飴玉のような球体の何かをむりやり口の中に入れられた。勢いでそのまま飲み込んでしまう。次の瞬間、トウヤは体の自由を奪われた。
意識はあるのに金縛りのように体を動かす事が出来ない。自分の体が自分の物で無くなったようだ。そんな様子を見た男達が四方に立ち呪文を唱え始めた。
ドクン――
トウヤの体が跳ねる。
ドクン――
浮遊感が全身を包む。実際トウヤの体は魔法陣の上に浮かんでいる。
ドクン――
体の中を何かがうごめいている。血管をつたいトウヤの全身を侵食している。
(ああ、自分はここで死ぬのか)
もうどうする事も出来ない。そんなのは嫌だと思ったところで指先一つ動かないのだから。
ドクン――
トウヤの奴隷服がはじけ飛ぶ。血管が裂け皮膚を突き破り真っ黒いものが溢れ出る。
男達が儀式成功を喜ぶ声が聞えた。トウヤから溢れた黒いものがトウヤの周りに球体の幕となって包んだ。
ドクン――
目玉だ。目玉がトウヤの事を見ている。外で男達の悲鳴が聞こえたが黒い幕で何が起こっているのか見えない。
「オメデトウゴザイマス」
(おめでとう? この状況の何がめでたいって言うのさ)
まったく身動きが取れず、周囲は黒い魔物かモンスターか分からない何かに包まれ、それが無くても四人の男が外にいるんだ。そしてその男の内一人は自分の主人、つまり生殺与奪の権利を握っている存在だ。この状況に絶望以外の何もない。
「アナタハ魔神ナーンヤカヤ様ノ祝福ニヨリ一〇八番目ノ魔王ニ選バレマシタ」
目玉から気になる言葉がいくつも飛び出した。魔神は他の神々に戦争を仕掛け、魔界に封印された神の事だ。その神が生み出したと言われるのが人々の脅威となるモンスターや魔物、そしてそのモンスターや魔物を指揮する魔王。
自分がその魔王に選ばれたというのか。
「ワタシノ名前ハ『ナビ』トウヤ様ノサポートデス」
「さ……と……?」
サポートとは何のこと。そう聞こうとしたが声がかすれ、上手く出せなかった。
「トウヤ様ノ疑問ニ答エ、魔王トシテヨリ高ミエト至ル御手伝イヲサセテイタダキマス」
それでもナビには言いたい事が伝わったようで答えが返ってきた。
「た……み……?」
魔王としての高みとは何だろうか。昔話で聞いた魔王は全部が全部この世界に生きる者達に敵対している。いい存在だとは思えない。
「トウヤ様ニハ魔神様ノ御加護ノモト、奪イ、壊シ、殺ス、全テノ事ガ許サレテイマス」
「い……だ」
そんなのは嫌だ。他人から何かを奪うのも壊すのも、もちろん殺すのだって遠慮したい。育った村で不作でも気にせず税の徴収だと言って作物を奪っていく領主の兵隊達の事を思い出した。少ない食料を村の皆で分けながら畑の世話をし、体はやせ細り、常に空腹を感じ、真っ暗な明日を不安に思う日々。
あんな思いを誰にも味わわせたくはない。
「ソレガトウヤ様ノ望ナラ構イマセン。
「……」
別に誰も殺さなくてもいいし誰からも奪わなくてもいいようだ。その事にトウヤはホッとした。
「魔王トハ自由ナ存在デス。トウヤ様ノ思ウ魔王道ヲ歩ンデ下サイ」
周囲の黒い幕がだんだんと縮小していく。
「ソレデハ素晴ラシイ魔王ライフヲ」
黒い幕が肌にピッタリと張り付いていく。出てきた時と違って痛みは無い。
「今コノ時ヲ持ッテ、トウヤ様ハ『ゼロトイチノ魔王』ト成リマシタ」
黒いものがトウヤの中に納まり、一体となった。新たな魔王『0と1魔王』トウヤがこうして誕生した。
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