ある地域で噂の都市伝説10

■6月9日 午後7時18分 森本美奈 


「風花?」

 風花を迎えに行こうと家を出たところで、ふと風花の声が聞こえた気がした。庭の木がゆさゆさ揺れている。

「風花? どこ? いるの?」小声で呼びかける。

「んーん! んぐっ」どこからか声が聞こえた。

「風花? 風花なの?」

 私は声のする家の裏手へ向かった。


「うるさいわね。静かにしなさい」

「んん!」

 声は塀の外側、つまり家の裏の路地から聞こえるようだった。周りを見回し、比較的大きな置き石を見つけると、その上に乗り塀の外側を覗き見た。

「風花!」

 そこに風花がいた。見知らぬ女に口を塞がれて苦しそうに涙を浮かべていた。

「うちの子に何しているの! 離しなさい」

 女は長髪にマスクをして、長いコートを着ていて、暗がりの中、風花を身体全体で締め付けるように押え込んでいる。

 路地裏の電灯がチカチカと明滅している。

 女はゆっくりと私に視線を合わせ、「あら。美奈さんこんにちは」と陽気な声で言ったかと思うと、すぐに冷徹な声色で「騒ぐんじゃないわよ。騒いだらこの子は殺すわ」と続けた。

「あなたもよ? 風花ちゃん。静かにしないと、その口、二度と開かなくなっちゃうよ?」

 風花は首を横に必死に振る。

「やめて。風花は関係ない。目的は何? 何が欲しいの? お金?」

「お金? ……ふっ。要らないわ、そんなもの。アタシが欲しいモノはひとつだけ」

「なに? 言ってちょうだい。用意するから風花を離して」

 女は下を向き「ふふふ、ふふふ」と肩を震わせながら不敵に笑い始めた。そして、そのまま冷たく抑揚のない声で続けた。

「アタシが欲しいモノはひとつだけ。邪魔なモノさえいなければ手に入る。アタシを愛してくれるのはあの人だけ。邪魔なモノがアタシからあの人を奪った。だから……」

 一拍置いたかと思うと、急に顔を上げカッと目を見開き、睨んできた。

「ミナコロシテヤル!」

 女は風花を抱きかかえながら口を押さえ、人間ではない奇怪な動きをして塀をよじ登ろうとする。とても華奢な身体とは思えない。

 ギラギラと狂気に満ちた目が私を離さない。

「いやあー!」

「ヒッヒッヒッ! 美奈、オマエを殺してやる!」

 女は右腕で隠し持っていた包丁を突き出してきた。

「いや!」

 塀を盾に包丁をよける。

 女の手が風花の口から離れた。その瞬間、風花が叫んだ。

「誰か! 助けてっー!」

「五月蝿いなあ……!」

 女はぎろりと風花を見た。

「やめて! 風花は関係ない!」

「美奈! 風花!」

 その時、路地裏の向こうから叫びながら走ってくる影が見えた。浩樹だ。

「あなた! 助けて!」

 女は路地裏に目をやった。

「ちっ」

 女は風花を抱えていた手を乱暴に離し、浩樹が走ってくる逆の方面へと走って逃げていった。




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