第1話 ようこそアルス食糧兵士学院へ
世の中には二つのストーリーがある。
一つは脚光を浴びるストーリー。
もう一つは、誰の目にもとまらず消えてしまうストーリー。
今日僕が語るストーリーはきっと後者だろう。
ーーあれは春、桜が目を覚まし花粉が飛び交う4月の話。
僕はこの時期なると花粉症が発症し鼻水がよく出る様になる。いつもなら箱ティッシュを片手に何処か気を紛らわせられる様な所へ行くのだが今年は何故か鼻だけでなく目までもが犠牲となった。
何と言っても目が痒いのだ。今すぐにでも目を搔きむしりたいのだが、それは断じて生きた人間のやることではない。
僕はこの何処にもぶつけることのできないこの重いストレスを一人抱え、鼻をかむ。
僕は箱ティッシュを持った手とは逆の手に、1つの紙切れを握っていた。それを持って僕は窓の締まり切った要塞の様な家を後にした。
これで今日外に出るのは2回目だ。こんな花粉が飛び交う中、2回も外に出るのは自傷行為としか考えられない。自分でもそう思う。ただこんな行動をするのもこの紙切れの所為なのだ。
花粉と格闘することおよそ8.9分で、目的の地へ足を踏み入れる事が出来た。
地面はレンガ状の物が敷き詰められ、綺麗に整備された道が作られており、眼前には白く大きな城が現れた。
ここは《アルス食糧兵士学院》
2000年前の貴族の住んでいた建物を再利用し作られたフードテイカーを育てる為に作られた学校。
聞いた話によると、ここの理事長は2000年前の《神殺しの3人》のうちの1人で何故か2000年たった今でも生きてるらしい。全く恐ろしいものだ。
僕は紙切れを強く握りしめ、正門から堂々と整備された綺麗な道を胸を張って歩いた。城に近づくにつれて騒がしさが伺え、改めてこんな大きな城に人がいると言う事を実感させられた。
ちょうど木で出来た大きな扉の付近まで歩いた所で僕は大事なことに気づいてしまった。
僕の身長では取手に手が届かないのだ。
いや、あれは誰でも届かないだろう。
高さにしておよそ3メートル付近に取手があるのだ。
これは防犯の面か、設計ミスか。とてもじゃないが僕の秤では推測しきれない。
そんなこんなで僕は木製の扉を引いたり押したりするがうんともすんともしない。だから扉の前を行ったり来たりを繰り返していた。
この行動に意味が無いわけではない。考えて見てほしい。花粉症の僕が外に放って置かれる気分を。これはもう地獄としか表す事が出来ない。箱ティッシュが何個あっても足りないし、ましては鼻の下がもたない。僕はかみすぎて赤くヒリヒリする鼻の下をかばう様に撫でた。
その時だった。
目の前の大きな木製の扉がギシギシと軋む音を立てて開き出したのだ。僕は慌てて扉に巻き込まれない様に背を向けて駆け足で扉から逃げた。
そして、僕は再び校舎を見た。
ビックリしたよ全く。こんな大きな扉どうやって開けたと思う?僕はてっきり取手が中だけ下についている。とか巨人が開けた。とか思ってたんだけど、それは全て違うんだ。
眼前には、つい2.3時間前にゲームセンターで出会った女の人が力強く扉を押す姿があった。
僕は自慢じゃないが、筋肉はある方だと自負しているのだけれども。
もしだ。仮にあの女の人が力だけで扉を開けたとするならば、あれはバケモノだろう。僕はそう心の中で整理をつけた。
いつまでも、驚いていたら仮にバケモノだった場合殺される可能性だって無いとは限らない。僕はすぐに切り替えて、先の紙切れをその女の人に渡した。
僕は目はおろか、顔さえ見ることは出来なかった。別に恥ずかしいからとか人見知りだからとかそう言う理由では無くただ単に怖いから見れなかったのだ。
すると、女の人は僕の危惧していた行動に移ってきた。
目を背ける僕の顔の顎の部分を片手で掴み僕の視界に自分の顔が入る様に無理やり向きを直したのだ。
僕も大して抵抗はしなかった。だって顎を粉砕されては元も子もないんだし。
やられた感じ普通の女性程の力しか無かったように感じた。腕も手も細くとてもあの重ち木製の扉を開けたとは考えにくい。
ここで僕の頭にもう1つの線が浮上してきた。
それは、自動式だったんじゃ無いかという線だ。
これなら開けたフリをして僕を驚かす事ができる。
この瞬間から僕はこの線だけを視野に入れる事にした。
そうしてから楽で楽で仕方がなかった。
隣にいるのは僕をスカウトした可愛い女の人で今は2人っきり。気分の良い僕はそのノリで
「あの扉何であんなにでかいんですか?」と聞いた。
お姉さんは、校舎の中へ足を進め、ニコッと笑って言った。
「フードテイカーに相応しいかどうかを見極める為に理事長が作ったのよ」
「と、いうと?」
僕にはあの扉に相応しいかどうかを判断する様なものが付いていた様にはおもえなかった。ただ、僕の頭の奥底に考えたくは無い答えはあったのだが。
お姉さんは再び今度はこちらを向いていつもの素敵な笑顔で言った。
「あの扉を開けた者こそがフードテイカーに相応しいという事」
僕は言葉を失った。口を開いても息しか出ないそんな味わったことも無い状況に陥ったのだ。これをまさしく《絶句》と言うのだろうか。
「あ、あ、あれって、どのくらいお、お、重いのでしょうか?」
まだ落ち着きのない口を必死に制御し僕はお姉さんに再び問いかける。
お姉さんは僕の様子を見てウフフと口元を押さえ笑うと答えてくれた。
「3トンよ」
「さ、さ、さ、3トン!?」
まさかとは思っていたが、こんな細いお姉さんが3トンもの扉を一人で開けるとは驚いた。まるでHUNTER×HUNTERの試しの門みたいじゃないか。ここはアニメの世界じゃない。現実だ。僕は現実的じゃないこの現実を理解する事が出来ずつい大声をあげてしまった。
「そんな大声を上げちゃうと…」
今までニコニコと可愛い笑顔を見せてくれていたお姉さんがらしくない慌てた顔をして僕に言ってくれた。
ちょっと意味が分からないが、1つだけ分かったことがある。
これはマズイ。と言う事。
このパターンからして次に起こる事は第三者の登場、それから怒られる。これはテンプレだ。
その時だった。
案の定、第三者がやってきた。
ただ、予想外だったのはその速さが尋常ならざるものだったと言うこと。あれは物理限界をも超える速度だった様に感じた。白いショートカットの髪をヒラヒラとなびかせて赤く輝く瞳でこちらを睨みつけ、プカプカと飛んでやってきた。
「授業中だから!静かにしなさいよ!あんたね、見習生ならそんくらい分かるでしょ!」
案の定怒られた。僕、自身人に迷惑をかけたと言う意識はあるので反省はしていた。ただ、分かっていることをこんなに強く怒られるとあまり気分の良いものではない。
勉強しようとしていたのに母に勉強しろと言われた時のアレと同じだ。
「理事長、もう少し優しくしてあげてください」
お姉さんは僕の顔色を見てなのか、やたらと僕のことをかばってくれたが、それよりもこの人が理事長なのかと僕は驚いていた。
ここに来て驚きの連続だが、この人が理事長なら、2000年は生きていることになる。僕はてっきりふにゃふにゃのぺちゃぺちゃな人かと思っていたが、全然若い。なんなら、僕より年下に見える程に。肌もピッチピチだし髪質だって最高だ。とてもじゃないが2000年を生きた様には見えなかった。
「あゆみ、あんたは生徒を庇いすぎ!もっと教師らしくしなさいよ!んで、あんた私の部屋まで来なさい」
かばってくれたお姉さんまでもが怒られてしまった。僕は拭ってもぬぐいきれぬ程の罪悪感に襲われた。
それに、僕はこれからあの理事長の部屋に行かなくちゃならない。
ここには花粉は飛び交ってないようだが、ここもまた地獄だろうか。
世の中には二つのストーリーがある。一つは脚光を浴びるストーリー。もう一つは、誰の目にもとまらず消えてしまうストーリー。
今日僕が語るストーリーはきっと後者だろう。
花粉の飛び交う4月の話 夏目 きょん @natumekyon
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