花粉の飛び交う4月の話

夏目 きょん

プロローグ

僕はふと、気晴らしにゲームセンターにでも行こうと考え、窓の締まり切った要塞の様な家を後にした。

外に出て感じた事はまず、太陽が眩しいという事だった。それもそうだ、窓は全て締め切り気休め程度にカーテンすら下ろしていた。

ここ最近、日を浴びていない僕には天敵とも言える程だった。

照りつける太陽を手で避けながら、僕は足を都市の中央付近にあるゲームセンターへと進めていた。その間も花粉は僕を攻撃する事をやめなかったが、あいにく僕の左手には箱ティッシュが備わっている為、鼻の件はさほど気にはならなかった。

問題は目だ。道中いくら瞬きをしたって奴らの攻撃をしのぐ事は出来なかった。

そんな僕に抗う手立てはなく、仕方がないのでティッシュを片手に中央通りをはやぶさの如く駆けた。

目の痒さ鼻水の溜まったいずさ、それらと格闘すること4.5分。

僕はようやく目的地であったゲームセンターに着くことが出来た。

いつもなら短く気軽に行ける所なのだが、今日に限っては地獄の様に長く感じた。

もし時間が戻せるなら僕は今日ここへは来ないだろう。というか何処へも出かけないだろう。

ゲームセンターは比較的快適だった。機械の類が花粉に敏感な様でゲームセンターの至る所に空気洗浄機が置いてあったからだろう。

僕はひとまずトイレに行き、花粉の付着した目を冷水で洗い流した。最初に感じたのはなんとも言えない気持ち良さ、とてもじゃないが言葉には出来ないそんな気持ち良さ。そして後からやってくるサッパリとした感じ。これは目についた花粉がきれいにとれ目が正常に動くようになったからだろう。

心機一転した様な爽快な気分に陥った僕は、そのままトイレ備わっていたトイレットペーパーで顔を拭き、それらを便所に流した。別にハンカチを持っていない訳では無いが、そのハンカチはここまでの道のりを一緒に歩んだ物。つまり花粉が付いている可能性があった為、使う事を避けたのだ。なんとも言い難い様な名推理に僕は酔っていた。これも目を洗った所為なのだろうか。

目を洗い終わった僕はトイレを出て、趣味のコインゲームのエリアに向かった。

僕は四角い液晶の前に仁王立ちの如く立ちパスワードをサマーウォーズに負けず劣らずの力で打ち込み預けていたメダルを取り出した。

その枚数なんと2000枚。僕の全てだ。理由は一つ。なんて言ったって今日は気分が良いから。

僕はこのゲームセンターで1番大きな、恐竜が真ん中で回っているメダルゲーム機を、ゆっくりと一周しどの席が1番良いのか見極める。

勿論、他の人が座ってる席が1番良いのだが、それを奪うのは無粋だ。しっかりと、胸を張ってメダルゲームができる様、僕は空席を見極める。

一周回って僕はスタート地点から3つ目の空席がとても良いことに気がつき、直ぐに逆回りで3つ目に向かった。

ガシャガシャと2000枚のメダルが共鳴し合う中僕は3つ目の席へ到着した。

この状況に合う言葉を選ぶなら「時すでに遅し」だろう。

その3つ目の空席には髪をクルクルに巻き化粧をした童顔の女の人が既に座っておりもう、僕の座る余地は無かった。

だが僕にとってこのショックは大きく、あろうことか、その場で立ち尽くしてしまったのだ。その間5秒。あまりに短いだが、僕の顔がその秒数を引き立てた。

花粉症のせいで目をうるわせ、更に鼻をすすり、顔の向きは残念さが出てしまい下を向いていた。側から見ると高校生が泣きじゃくっている様にしか見えないのだ。

鼻をすする音で座っていたお姉さんはこちらを振り向いた。僕は5秒もの間気づかなかった。僕が気づいた理由は1つ。

「良かったら、一緒に座る?」

お姉さんが僕の肩を叩きそう言ったからだ。

とても焦ったし、とても恥ずかしかった。お姉さんの心情も気になるが、周りの目も気になった。

もう何を考えれば良いのか分からなくなる程に。

勿論直ぐに僕は手を横に振りいいえとしっかり断った。だけどお姉さんはニコッと和かに笑って「良いよ。じゃあ座って」と、言い返してきたのだ。

僕はこれ以上、立ち話をしても周囲から注目を浴びるだけだと言い聞かせ、大人2人がギリギリ座れるかどうかという程の大きさの椅子に遠慮気味で座った。

僕のお尻は半分椅子から飛び出しとても長居してられる様な状況では無かった。かと言って、直ぐに帰るとお姉さんに失礼だし帰るわけにもいかない。だからといって初対面で尚且つ性別が違う人に肩と肩がぶつかるくらい近づくのも抵抗がある。

だから僕は辛いが半ケツで過ごすことにした。

何とも言えない色々な辛さに耐えながらも僕は片手にメダルを取り二本あるメダル挿入口の自分よりの方に次々とメダルを入れていった。

メダルゲームのプロから言わせてもらうと、コインを乗せた段が引いた時にメダルを入れると上手くコインが段に乗り段上のコインが下に落ち下に敷き詰められた大量のコインが落ちるという訳。

それを連続でやる事に楽しみを覚えるのだ。

だけど、お姉さんはコインゲームに慣れてない様子で、コインを入れるタイミングもコインを落とす位置もバラバラだった。

僕は自称コインゲームプロとしてお姉さんに教えなくてはならないという義務感に駆られお姉さんに入れるタイミング、落とす位置その他全てを教えた。

お姉さんは「そーなんだ!ありがとうね」と一言優しい笑顔で僕に言うとまた先ほどと同じように無雑作にコインを入れ始めた。

僕はそれを見て説明が悪かったのかと思い再び一から教えようとした。

その時だった。僕の口元にお姉さんが人差し指を当てて言った。

「このメダルで私が大量のメダルを獲得した際にはあなた私の所へ来なさい」

正直意味がわからなかった。まず、メダル一枚で大量にメダルを獲得する確率など0に等しい。それに何故僕の口に人差し指を付けたのか。僕は何も無いのに鼓動が高まっているのを感じた。

そして、僕はお姉さんの言葉に言葉は発せず頷きで返した。

半分見下した様な目で僕はガラス越しのコインを見ていた。お姉さんの手からコインが放たれるとそれはこちらからあちらへと転がって行き、上段に落ちた。上段が引くと、そのコインは数枚ののメダルと共に下段に落ち、その数枚のメダルは波の如く反った大量のコインを道連れに落ち、あちらからこちらへと戻ってきたのだ。

僕は正直、言葉を失った。お姉さんはそんな僕をよそにニコッと笑い一枚の紙切れを椅子の脇に置いてゲームセンターを後にした。

僕はこちらに来る大量メダルの音を聞くたびに、ただ強運なだけだ。と言い聞かせた。

大量メダルが全て出ると、メダルの総量は先の2倍。4000枚程になっていた。

驚きの連発に僕は夢かどうかを何回確かめたことか。

お姉さんが置いていった紙切れをポケットにしまい僕はケースに入りきらない程のメダル無理矢理、山盛りにして機械に預けた。パスワードを打つ時の僕は抜け殻の様な表情だっただろう。

そうして僕は全てが落ち着いてからその紙切れに目を通した。

【アルス食糧兵士学院招待状】

僕は目を疑った。素質のある選ばれた者しか行けないと言うフードテイカーになる為に行く学校へ招待されたのだから。

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