招かれざる稀人

診療所を併設した村役場には、少なくない数のやじ馬がたむろしていた。

皆、救助された飛竜艇の話題を聞きつけてやってきたのだろう。遠巻きに見るばかりで扉を開けずにいるのは、大男が扉を塞いでいるからだった。

腕っぷしの強さで知られる彼はアレンの同僚だ。情報規制と怪我人保護のため、見物人を牽制している。

アレンは人垣を割って、大男に近づいていった。


「すまん、遅くなった」

「いや」


愛想のない返答だ。とはいえ、自分だって他人の事は言えないが。


「連中はもう目を?」

「ああ」

「そうか。どれ、事情を聞いてみるかね」


大男が一歩を退き、アレンに道を譲る。扉に手をかけようとしたアレンに、彼はやじ馬に聞こえないよう、そっと耳打ちしてきた。


「面倒なことになるかもしれない」


口数の少ない彼には珍しいことだった。忠告に一抹の不安を覚えながら、アレンは役場の中へと足を踏み入れた。病室の方へと進んでいくと、話し声が聞こえてきた。

覗き込むと、ベッドから身を起こした見慣れない男を、村長はじめ村人が数人で囲んでいた。ベッドに入った男こそ、アレンら飛竜艇が昨夜救助した者に他ならない。


三十代中ごろと見える男は細面で、細く弓なりの目からは一見温厚そうな印象を受ける。頭髪を後頭部に撫でつけて額を出した髪型からは、几帳面さがうかがえた。だが、彼に好印象を持つことはなかった。病室全体を漂う不穏な気配が、ぴりりとアレンの肌を緊張させている。


「遅くなったな」


声を放つと、村人達が一斉にアレンの方を振り返った。男とも視線が交錯する。

こちらを射抜くような鋭さを一瞬感じたが、瞬きの間に霧散した。ただの勘違いか、あるいは気配を自在に調整できる手練れか。

どちらにせよ油断ならない――アレンはそう結論する。


「アレンか。すまんが、この御仁に村を案内してもらえるか?」


村長の言葉に、アレンは怪訝に眉をひそめた。


「案内?」

「ううむ……。こちらの御仁は――」

「バシリウス・ローマンと申します」


言い淀む村長の言葉を、細目の男が引き継いだ。彼は柔和な笑みを浮かべて続けた。


「アレンさんと言いましたね」

「ああ」

「では貴方が、昨夜私を発見してくださったのですね。いやはや、命の恩人にこんな無粋な格好で申し訳ない。助けていただき、ありがとうございました」


バシリウスは病衣を示しながら、申し訳なさそうに眉をひそめた。


「あんた、どうして――」

「バシリウスと申します」


打てば鳴るように、バシリウスは訂正してきた。


「バシリウスさん、どうして夜間に砂漠を」

「私はカーンバーグ王国に属する軍人でしてね。この度は国の任務を預かる特使として、ラバトルへ向かう途中だったのです」

「カーンバーグ?」


アレンはオウム返しに尋ねる。

カーンバーグ王国。エンデ村のあるバロニスとは、サウシア砂漠を挟んだ向かい側にある大国だ。大陸で最大の国土を誇るカーンバーグは間違いなく世界の中心であり、強大な軍事国家としても注目を集めている。

そして何より、


「戦争中の国の人間がどうして……」

「話が早いですね」


カーンバーグは長く、極東の国・ウェズエラと戦争をしている。五年に及ぶ戦争は拮抗し、終結の気配はいまだ見えないと聞く。とはいえ、エンデ村に住むアレンは遥か遠くの他人事のようにしか思っていなかったが。

続けて、バシリウスは目的を明らかにした。


「そう。カーンバーグは敵対国ウェズエラと長く戦争状態にあります。諦めが悪くずる賢い連中の相手にも飽きてきた我々は、戦いの均衡を破る一手として、ラバトルへ支援を求める事にしたのです。ラバトルは強力な竜装兵団を抱えている。その力を借りる事で戦況を大きく傾倒させられるだろうと考え、その特使として私が派遣された次第です」


成程、とアレンは得心する。その任務を遂行するために砂漠に挑む必要があったという事か。ラバトルもまた、カーンバーグにとっては砂漠を挟んだ隣国にあたる。


「それにしても夜間航行は無謀だ」


突っ切ることが出来れば最速なことも確かだが、南沿いにいくつかの国を横断すれば、砂漠を通らない経路もあるのだ。


「お恥ずかしい、何せ急務だったもので。しかし痛手を被りました。私と飛竜艇は助かりましたが、それまでに多くの部下と奴隷を失ってしまった」

「奴隷?」

「ええ。ラバトルに支援を同意させるため、贈答用の竜族を計四十体積んでいたのです。序列四位から七位までで取り揃えた貴重な品だったのですが、このどさくさに逃げられてしまいましてね……」


悔しそうに歯噛みするバシリウス。その胸中では、贈与品を失ったいま、ラバトルからの支援をどう引き出すかを苦悩しているのだろう。

同時に、アレンはこの病室に漂う緊張感の正体を知った。エンデ村では人と竜とが共存している。バシリウスの思想は、村にとって異分子以外の何物でもない。室内には竜族の者も同席している。一瞥すれば、予想に違わず静かに拳を握り締めていた。


「しかし、私が貴方がたに助けられたのも天啓だったのでしょう」

「天啓?」


バシリウスは再び笑みを浮かべていた。表情豊かな男だ。しかしいま浮かべていたそれは柔和とは言い難い、不敵な笑みだった。


「聞けばここは、ドミライト鉱石の採掘が盛んだと言うではありませんか」


喋ったのか。アレンは村長に無言で非難の視線を送る。村長もまた無言で、ばつの悪そうな視線で謝意を表してきた。

軍人に興味を持たれる等、ろくな事にならないだろう。内心で舌打ちしながら、バシリウスへ適当に頷く。


「盛んと言っても貧乏な村だ。都会の軍人さんが見て面白いもんでもないさ」

「面白いかどうかは私が決めます。純度の高いドミライト鉱石ならば、ラバトルへの土産として使えるかもしれません」

「それで案内をってことか」

「ご明察です。私が大量に鉱石を買い付ければ村も潤う――貴方がたにとっても利益のある話だと思いますが?」

「夜勤明けでな。面倒事はごめんなんだよ」

「ならば尚更貴方が案内すべきでしょう。面倒な事にならないよう監視しながらね」


有無を言わせぬ視線に、アレンはたじろぐ。

しかし彼の言も正鵠を射ている。竜を蔑視する人間を自由に歩かせるよりは、案内をつけた方が混乱も少ないだろう。

加えて、アレンの脳裏には竜の少女、エルマの顔もよぎっていた。状況から鑑みて、彼女はバシリウスの飛竜艇に乗船していた奴隷の一人だ。

バシリウスとエルマとを引き合わせてはならない。

彼の行動を制限する事が出来るという意味において――確かに、村にとって利益のある話ではあった。


「分かった」

「ありがたい。話の早い人は評価されますよ、軍においてもね」


バシリウスが支度を済ませるのを待つ間、アレンは廊下で壁に背を預け、案内経路を空に描いていた。重要なのはいかに手短に、エルマと接見させないかだ。

とはいえ、エルマの行動範囲など分かるべくもなかったが。

と、村長が気まずそうにアレンに声をかけてきた。


「すまんの、アレン。面倒を押し付けてしまった」

「いいさ。俺にもあいつを村に連れ込んだ責任があるしな」

「すまん……。それでだな、なるべく早めに、帰っていただけるよう……」

「分かってるさ。俺だって、村に妙な空気を持ち込みたくはない。そこで誰かに使いを頼みたいんだが――」


バシリウスがこれ以上村に興味を持たないよう、対策を講じる必要がある。アレンは一計を案じ、声を潜めて村長に告げた。

感心するように鼻を鳴らしていた村長は、理解すると同時に大きく頷いた。


「うむ。それが良い。流石はアレンだ」


話が済んだところで、準備を終えたバシリウスが扉を開けて出てきた。

村長は咄嗟にバシリウスに背を向け、アレンに目配せをする。後はこちらで上手くやる――そう告げているようだった。

アレンは村長を背中に隠すように一歩を前に出た。腰に手を当てるバシリウスの格好を見て、思わず眉間にしわを寄せる。


「バシリウスさん、その格好で村を歩く気か」


彼は軍服を身に纏っていたのだ。緑を基調とした色合いに、所々に金の刺繍があしらわれている。各所には関節を覆うように鞣した革が張りつけられ、一見して上等な代物と知れる。端的に言えば、村を歩くには随分と目立つ格好だ。


「特使として異国の地を案内されるのに、礼は尽くすべきでしょう。そしてこの制服こそ、軍人として最上級の敬意です」

「そうかよ」


吐き捨てるように言って、アレンはバシリウスを連れて役場を後にした。

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