乗馬思春期
馬を離れていた10年も合わせて、30年も乗馬をやっていることになる。
色々な人を見てきて、初心者だった人が上達して、私以上になっていくのを何人も見て、馬装を教えてあげた子に乗馬を教わったりもした。
色々な年代の人とも馬談義した。
色々なレベルの人とも馬談義した。
そして、思ったのは……。
馬歴は、人生に似ているなぁ、と。
ある種の成長曲線があるように思うのだ。
つまり……乗馬を始めて1年目くらいは、馬に乗るのがとにかく楽しい。
でも、徐々に1人で乗れるくらいから、馬をコントロールする難しさに気がついて落ち込んだり、悩んだりもする。
子供が大人を真似るような症状を出す人もいる。
「ハミ受けってのはなぁ、カクカクしかじか、カクカクしかじかでね」
などと、自分よりも初心者っぽい人たちに説明しては、へぇーすごい! と思われて、鼻高々になったりしているが、実は、すべて、インストラクターの受け売りだったり、本に書いていることそのままだったり。
自分の言葉では一切説明できない。
実は、わかっていないのだ。
私ときたら、誰もがわかっているらしいハミ受けに、私だけがわからない、私だけが盲目だ……と嘆き悲しんで、ひたすら劣等感を抱いていた。
……が、今は、得意げに話す人の半分は、ハッタリだと思っている。
正直、30年も馬に乗っているくせに、ハミ受けが正しく理解できているのか、さっぱりわからない。
で、1、2年でわかるってすごいなー! と思うよりも、わかっていないだろ? と思うほうが自然に感じてしまう。
上級者ほど、こういうことはベラベラ語らない。というか、語れない。
それくらい、感覚的で説明しにくいものだ。
多分、私が「これか?」と思った瞬間は、「私に任せて!」といつも言うマリーが「あなたに従います」と言った、あの時。
その感覚を、やはり、口では説明しにくい。
本人、わかったつもりでベラベラ言うけれど、本当に馬術の入り口に差し掛かった時、あの頃の自分が恥ずかしい……と思えて来るのだ。
大人になって、若かりし頃の背伸びが恥ずかしいと思うように。
だから……。
もし、あなたが乗馬を始めて、同じ頃に始めた人が、わかったような話をしても、自分だけが遅れている、と思う必要はない。
人と比べる必要はないのだ。
思春期の恋愛話で、自分が友人よりも奥手じゃないか、と悩まなくてもいいように。焦らなくても、やがて素敵な恋がやってくるように。
「私、馬を叩きたくありません! だから、鞭は持ちません!」
と、言い切った初心者がいる。
きっと、この人は、しばらく乗馬を続けた後、乗馬は馬を虐待することだ、と幻滅して、おそらくやめてしまうだろう。
その気持ちはとても優しい、純粋な子供のようだ。
だが、誰しも子供のままではいられない。
バシバシ叩かないと、馬は動いてくれない。いつまでも乗り手をばかにしたように、言うことをきかない。
なぜ、馬を叩かなくちゃいけないんだ? どうしてこんなに辛いんだ? と悩み悩んで、いつの間にか、それが当たり前になってゆく。
まるで泥にまみれるように、純粋な気持ちを忘れ、汚い大人になっていく。
そして、時々、ふと、汚れてしまった自分に気がついて、ハッとしたりもする。
でも、その「汚れ」こそが経験、肥やしのようなものだ。
美しいハスの花は泥水に咲く。
インストラクターが「鞭! 叩いて!」と何度叫んでも、叩いたら馬が暴れるかもしれない……と怖くて使えなかった時もあった。
逆に、ビシッと強く叩いて馬を叱った時、これで自分も恐怖心に打ち勝ったのだと、優越感を持ったこともあった。
が、それももう過去のこと。若かりし頃のことだ。
私は、シェルやあーこに乗る時、ほぼいつも鞭を持つ。
しかも、長い鞭。
鞭は私の手の延長。
馬とのコミュニケーション・ツールだ。
それでビシッと叩いて、馬を目覚めさせる時もあれば、優しく愛撫する時もある。
耳元で大声で叫んだりするよりも、そっと揺り起こす手の方が、人を起こすのに有効なように、鞭は不足を補ってくれる。
鞭で触れても、シェルは怖がらない。むしろ、遊ぶ。
シェルが恐れるのは、鞭じゃなく、鞭を使う私の心の在り方だ。
「私、馬を叩きたくありません! だから、鞭は持ちません!」
その人に教えてあげたい。
馬が怖いのは鞭ではないよ、何をしたいのかさっぱりわからない乗り手だよ、と。
だから、どんな手を使ってでも、まずは、自分のやって欲しいことを馬に伝える努力をして。
あがき苦しみ、泥にまみれて汚れることを、恐れないで、と。
でも、おそらく理解されない。
人生の思春期も乗馬思春期も、自分で乗り越えないと意味がないから。
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