シェル、死なないで!


 あーこは、私とシェルの幸せいっぱいの乗馬ライフに影を落とした。

 シェルへの愛情は、何一つ変わっていないし、あーことシェルは、私の中で考え方が大いに違う。


 シェルは、私が一生面倒を見ようと思っている馬だ。

 でも、あーこはとにかく救わなくては! という気持ちから、とりあえず引き取った、という馬だ。

 かわいそうだから……じゃない。

 あーこは賢く、こんなところで終わる馬じゃない、それを証明したいのだ。


 今の私は、それが出来るはずだし、やり遂げなければならない。


 もしも、過去に馬にばかにされ、泣き続けた私にやり遂げられるなら……。

 あーこと同じ境遇の馬を、他の誰かが救おうとする原動力になれるかも知れない。

 そんな大きな野望もあるのだ。


 ……が、そんな大きな前のめりの野望は、時として私の気負いにもなり、頭の中の大半を占めてしまう。




 シェルはやきもちを妬いた。


 しかも……健康を害した。


 馬は弱いものだ、と知っていた。

 でも、ここまで精神的に繊細だとは……。





 あーこを自馬にするときに、多少のトラブルがあった。

 ほんの些細なことだけれど、私は激怒していて、一日中、腹を立てていた。

 そして、シェルに乗った。

 シェルに乗り終わったら、どうも納得がいかないから抗議しよう、と思っていた。


 その日のシェルは調子が良かった。

 だけど、私の頭の中は、あーこのことと、納得のいかないことを、どうやって相手に伝えて、改善してもらおうか? とそのことばかりだった。


 シェルに乗り終わり、いつものように丸馬場に放した。

 そして、その横で、相手と色々話をして……熱弁をふるっていたら。



 シェルが倒れてしまった。



 寝ただけか? と思ったが、様子がおかしい。

 うずくまったまま、立ち上がらず、悲しい顔をして、こちらを見ている。

 近寄っても起き上がらない。

 起こして見ても、すぐに横になる。


 疝痛か?


 腸の音を調べるも、弱い。弱いけれど、動いてはいる。


 軽い疝痛のよう?


 交渉ごとはもうおしまい。


 シェルが疝痛を起したのは、なんと、初めてである。



 しばらく引き馬で動かして、夕飼いのついた馬房へ入れてみる。

 寝転がったのは単に疲れていただけで、食べ物を見たら、食いしん坊のシェルのこと、ばくばく食べるに違いない、と思ったのだ。


 だが、シェルは馬房に入ると、なんと、外を見て、

「ヒヒーン! ヒヒーン!」

 と、二度、嘶き、そのまま、また倒れてしまった。


 もちろん、食事には一切手をつけない。

 このように嘶くのも初めてのような気がする。



 私は動揺した。

 ひどく動揺した。



 疝痛は、おそらく軽いもので、命には別状なさそうだ。

 だが、シェルがこんな状態になったのは、精神的なダメージだと気がついたからだ。



「ボクちんは一生懸命やったのに、りんさんはものすごく怒っているのよん。なんで怒っているのかわからないのよん。ボクちんは……もうダメなのよん」



 腸の動きをよくするために、ずっと引き馬して歩かせた。

 寒くないよう、馬着も着せた。


「シェル、おまえが一番大事だよ。おまえに何かあったら、あーこがいても他の馬がいても、私は何もかも失ってしまうんだよ」



 だから、シェル。

 死なないで!!




 馬はテレパシーを使える。


 私の負のオーラがシェルに伝わった。

 馬に乗る時は、余計なことを考えず、無の境地で乗るべきだった。

 特に、私とシェルは、精神的な絆が強く、それで、今まで技量のなさを補ってきたのだから。

 シェルが、私が感情をコントロールできなかったことで、すっかり自信を失い、生きる気力さえ失ってしまったことに、驚き、ショックで……。




 シェルは回復した。


 でも、以来、体質は以前より弱くなった。


 今までの天真爛漫な自信に満ちた顔はなくなり、どこか、不安げな顔をするようになった。

 時々、騎乗中にも嘶くようになった。


 だからと言って、引き返せない。

 次男が生まれた後の長男坊のように、あーこの存在を納得してもらわないと。

 ところが、あーこもまたきかなくて。

 あーこは、シェルを追い出さないと、自分の地位が確立しないと思っているようだ。

 お互い、ものすごく意識しあっている。



 あーこだけでも十分に難しい局面にある。

 なのに、シェルとの間も、また、難しい事態に落ちってしまった。



 気にしすぎてもいけないが、無頓着だとシェルが病む。




 あーこを自馬に迎えたことは、シェルと私の関係にも新しい潮の流れとなって、変化をもたらした。


 はたしてそれは良い変化か、悪い変化か……。


 私は、難しい立場に立っている。

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