ウオッカ色


 冴えない馬だ……。


 シェルが美しい栗毛で、鼻筋にミルキーウェイのような白い作が入った派手な顔なのに対し、あーこは黒鹿毛で、額に申し訳程度のちょぼちょぼとした白い星、鼻の先にポツンと白いマーク、そして……目が小さい。

 立ち姿は、なんだかネズミのようだし、前髪は少なく、たてがみは馬栓棒ませんぼうで擦ってしまったのか、ところどころハゲている。

 シェルに勝っているとしたら、尻尾の量が豊富なところだけか?


 不細工……とまでは言わないにしても、決してハンサムな馬ではない。

 平凡で、パッとしない。存在感もない。

 割と大柄な馬なのだが、シェルを見慣れた私には小さく見える。


 そして、何よりも愛嬌がなく、ツンデレで、人に対しては威嚇しても愛想を振りまくことはない。

 愛され要素はゼロに近い。

 食べている時に近寄れば、耳を伏せて怒り狂い、「おらっちのもの、取るな!」

 そう、ちょっと田舎くさいので、一人称は「おらっち」に違いない。


 ローレルは冠名だし、アウェイクは呼びにくいので、あーこと呼んだ。

 他の人たちは、ローレルと呼んでいるので、私だけかな?




 早速、たてがみはモヒカン刈りに。

 そこまで切るつもりはなかったが、長さを揃えたら、結局、そうなった。

 前髪はとっておいた。夏らしい爽やかな感じになった。

 尻尾も短めに可愛く切りそろえた。


 ホタテ貝のような蹄も、装蹄師さんに頼んで整えてもらったら……動けなくなった。めちゃくちゃな形になっていたけれど、それに慣れていたようだ。

 乗るために装蹄してもらった。


 腰が弱くて、乗ると時々腰砕けになった。

 獣医さんに鍼治療してもらった。

 お借りするのは1ヶ月のつもりだったが、やっと満足に乗れるようになるまでに、それくらい要したので、2ヶ月お借りした。


 馬房を綺麗に使うシェルに対し、あーこの馬房はひどかった。

 水をたくさん飲み、おしっこの量も多く、乾草もたくさん食べ、ボロの量も多かった。しかも、大きくて水分が多いボロだから、重たかった。

 毎日、ほぼ、ワラを総入れ替えしなければならなかった。



 あーこはツンデレで愛想がないけれど、すぐに私を認識した。

 いつも私を目で追い、姿をみると「ぼぼぼ……」と呼んだ。

 シェルと同じ方法で、呼んだらくるようにしつけたら、なんと、すぐに覚えた。


 引き馬で1回、乗って1回、物見して飛び跳ねたが、それだけだった。

 外周コースを散歩しても、安全だった。

 近くの建物が解体中で、大きなクレーンが作業していても、平気だった。

 むしろ、シェルよりも安心かもしれない。

 とにかく賢い馬だ。


 ちょっと前のめりで、首がロックされたように突っ張ることがあり、運動していてもカッコ良くない。

 ハミには反抗的で、よく首を振った。

 色々なハミを試し、シェルのために買ったけれど合わなかった、ちょっとお高いハミを使うことにした。それがベターだった。


 駈歩をすると、つい、わーい、わーいと叫びたくなるほど気持ち良かった。

 そこはメディに似ているけれど、メディと違い、ちゃんと経路を踏むことを覚えた。


 体力がまだなかったので、週休2日制。

 しかも、途中でシェルの故障が治り、時に2頭乗ることに。


 問題は……あーこは、すっかり自分が私の馬だと思っていたようで、シェルを「なんだ、あいつは」という態度。

 並べて繋ぐのは危険を感じて、それぞれバラバラに接した。


 クラブにお返しする頃には、ピカピカの立派な体になった。

 ちょっと誇らしく思った。

 私は、あーこの毛の色を、ウオッカ色と呼んだ。

 お酒の色じゃない。あの名牝ウオッカと同じ色だ、と思ったのだ。




「2ヶ月間、専有していたのに返すのって……寂しくないの?」


 と、人に言われたが、むしろ、ホッとしていた。

 あーこをダメ馬にしてお返しすることになったら? と心配していたからだ。

 いい状態で返せることに、ホッとしていたのだ。

 見栄えも最初とは大違いだし、お尻もふっくらして、擦り切れていた傷も治った。



 ピカピカのウオッカ色。

 名馬と同じ色。



 それだけじゃない。

 あーこはとても賢い馬で、乗り心地も良く、反応も良く、素晴らしいレッスン馬だ。

 きっと、多くの人が、あーこのファンになるだろう。

 それを想像すると、楽しかった。


 シェルだけじゃない。

 私のやり方は、あーこにも通じた。

 それがわかっただけでも十分、自信になった。


 そして……何よりも乗ることが楽しかった。

 私は、メディやバンビやマリーを育てていた時のような、乗る喜びを思い出した。

 メディが多くの初心者に乗馬の楽しみを教えたように、あーこもこれから多くの人に、乗馬の楽しみを教える馬になる。

 そして……あーこに乗った人たちは、私の思いを受け取ってくれるかも知れない。


 それだけで大満足だった。



 最初から、期間を決めてお借りした。

 だから、私の中では、シェルとは全く違う存在だったのだ。

 寂しさは全くなかった。




 だが……。


 あーこは違った。


 あーこは、自分が私の馬になった、と思い込んでいた。

 シェルには敵対心をむき出しにしていたし、常に私を目で追っていた。


「なんでおらっちを捨てるんだよー!」


 と、激怒した。

 切々と訴えてきた。


 困ってしまった。


 私は、あーこにこう言った。


 しっかり教えたことを守って、いい馬でいたら、おまえを可愛がってくれる人が現れる。

 だから、心配しないで、ちゃんと真面目に頑張るんだよ。

 それでも……。

 どうしても辛い時は、私が助けてあげるからね。

 だから、安心して頑張れ。



 それは、決して「私が引き取る」という意味ではなかったのだが……。




 結局……。


 2年後、私はその約束を果たすことになってしまった。



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