もしも、馬に乗れたなら……


「所詮は老化防止の乗馬だろ?」


 のほほん、のほほん、乗馬なのだから、そう言われても仕方がない。

 だけど、私はかなり腹が立った。


 そう、私は私なりに、かなり真剣なのだ。

 なぜ、こうも真剣にやっているのか、さっぱりわからない。

 だが、間違いなく、とても真剣で、人生かけてやっている。


 周りがもっと真剣に取り組んでいるからなのか、やることがないおばさんが暇をもてあそんで馬とたわむれている、と思われるのかも知れない。

 そこまで暇人ではないのだが。



 一人でぼちぼち乗っているから、客観的に見る為にビデオをセットしておいたりする。で、再生していたら、たまたま人の声が入っていた。


「りんさんは、馬にわがままさせるのが好きなんですって!」

「へー、そうなの? そんな人もいるんだねぇ」


 ……ないって。


 なんでそんな話になったのか?

 それって、つまり……シェルがわがままな馬だって言っているんだよね?

 シェルのどこを見て、わがままだって言ってんだろ?



 人に評価されるのって、疲れる。



 おそらく、私が言ったのは、馬をわがままにしておくんじゃなく、馬に判断させる……だと思う。


 例えばだ。

 放牧している馬を連れてくるのに、無口をかける。

 その時、馬が嫌がって逃げたら、それは「馬のわがまま」だ。

 人は、その馬に無理やり無口をかけて、引っ張ってくる。わがままを許さないことは、とても大切だ。

 だが、もしも馬が、無口を持っている人のところへきて、自分で頭を下げたなら? それは、馬が「その方がいい」と判断したからだ。


 私は、随分と馬にわがままされ、その度に自分の非力さを嘆いてきた。

 無口を無理やり馬にかけるほどの背の高さはないし、引っ張ってくる力もない、馬に振り回されては、わがままをさせて、泣くしかない。

 だから、馬に「私の指示に従った方がいい」と、判断させることにした。

 これなら、背の低い私も簡単に無口がかけられるし、連れまわすことも出来る。


 イソップ物語の『北風と太陽』だ。

 北風が、強風で旅人のマントを奪おうとしても、旅人は頑なにマントを抑えて奪うことが出来なかった。

 が、太陽がさんさんと照りつければ、旅人は暑くなって、マントを脱ぐ。


 過去の私は、北風のような乗り手を目指していた。

 でも、今は太陽のような乗り手を目指して、自分の弱さを補おうとしている。


 これは、私が一人で勝手に考えたことではない。

 ナチュラルホースマンシップという考え方に触れて、ネットや書籍で調べ、また、講習にも参加して、シェルに自分なりに実践した。


 馬は群れで生活している。

 自分勝手でわがままをして、リーダーの馬に従わない馬は、肉食動物のターゲットとなり、生き残れない。

 馬がリーダーに従うのは、命がかかっているからだ。リーダーに従う限り、馬は自分の身の安全を確保できる。

 その習性を利用して、馬を調教していく……という考え方だ。


 それが功を奏して、私はシェルを扱えているのだ、と思っている。

 もちろん、シェルの本質がいいやつだった、てのも大きいのだが。



 私は、馬と仲良くなりたくて乗馬を始めた。

 でも、馬に上手に乗れないと、馬とは仲良くなれないのだ……と落胆した。

 が! それも違った。

 私のような下手くそな乗り手でも、馬と仲良く付き合える方法はあったのだ!

 現に、私とシェルは、こうしていつも仲良くできている。


 すごい! 昔の自分に、教えてあげたい!


 ところがだ。


 悲しいかな、誰もわからない。

 暇を持て余して馬と戯れているおばさんで、馬にわがままをさせて喜んでいて、老化防止に馬に乗り、馬を甘やかしては、呆れられている。

 それが、他の人から見える私とシェルの姿なのだ。



 もしも、私がもっと上手に馬に乗れたら……。

 私の考え方に共感し、同じように馬と接したいと思ってくれる人が、現れるのだろうか?




 今現在、私に対する周りの評価は、若干変わった。

 古くからの人が年を取り、馬が寿命を迎え、人が入れ替わり……。

 私もクラブで古株になった。

 今や、自分で馬を調教して、自分でどんどん乗って……という人は減った。

 新しく馬を持った人たちが増えて、自分の馬を持つ難しさを痛感した時、シェルと私の関係は、以前よりも際立って見える。


 だが、2年前は違った。


 シェルが故障し、長期休養を余儀なくされた時、またまた甘やかしているんじゃないの? という外野の声に苛立ち、馬に乗れないことに焦り……。

 もっと、私が上手に乗れたなら……私の今の気持ちを理解してくれる人がいただろうに……と孤独を感じた。

 そう……私は孤独だった。

 だから、もっとしっかり馬に乗りたいと思ったのだ。

 2ヶ月間、丸々別の馬をお借りすることにした。


 それが、あーこである。


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