あ、タマゴカケゴハンだぁ!


 シェルと私は、今、馬場馬術のL課目で頑張っている。

 なかなかここから先には進めないけれど、私としては上等上等。


 あ、障害の方は……。

 諦めた。怖いから。


 いや、実は結構練習した。

 シェルは、障害も割と飛ぶし、止まったりはしないが、飛ぶ時に右に寄れてしまう。で、一度、支柱を飛び越えそうになり……バランス崩して落馬。

 あと、障害を確認したいのか、覗き込むことがあって、私だけ前のめりになって、おっとっと……もあった。

 障害練習で少しずつバーをあげて行くと、あげた1回目は必ず足をぶつける。

 どうやら、できるだけ節約して飛ぼうとしているようだ。

 低すぎる障害は、またいでしまう。


「泥臭くなら、帰ってこれる」


 というインストラクターの言葉に、よせばいいのに、競技にも出た。


 馬場の競技でもドキドキするのに、障害はもっとドキドキした。

 まず、練習馬場が混んでいて、猛スピードで走る馬がたくさんいるので、怖い。

 小心者の私は、一体どこで乗ればいいの? と圧倒される。


 フレンドリーという本番前日の練習競技で、インストラクターに出てもらい、そのあと、私も出た。

 インストラクターは、最後はブルーシートを水濠に見立てた障害だから、それは飛ばずに帰ってきます、と言った。

 が、シェルは絶好調で、それも飛んで帰ってきた。


 私は相変わらず、

「なんでこんな怖いのに出ているんだよ? 高いエントリー代払って、なんでこんな怖い目にあってんだよ、なんでなんだよ」

 と、自問自答。


 3つほど障害を飛んだら、オーバーランして、くるりと回り、あぶみが外れて時間がかかり、次のWの障害を飛んだところで時間オーバー。

 フレンドリーは、どれを飛んでもいい、最後まで飛ばなくてもいい、といういわば馬を慣れさせるための練習のようなものだけど、それでも最後まで飛びたかった。


 翌日の本番は頑張ろう。


 が、翌日は馬場だけでエネルギーを使い果たし、シェルもすっかり行く気がない。

「出せ! 出せ! 出せー!!!」

 と、叫ぶインストラクターの声に押され、一つめのオクサー(幅のある障害)を飛んだら、勢いがついて、ブンブン走ってブンブン飛んだ。


 これ、もしかして、ゴールできちゃう?


 と、ちょっと気持ちにもゆとりができて、ほっとした時だった。


「あー! あれ、タマゴカケゴハンだ!!!」


 観客席から声がして……。


 シェル、ビタ止まり。

 私だけ障害に突っ込んで、落馬失権。


「そんなこと言うから、落ちたべやー!」


 笑えた。



 いけるかと思ったけれど、落ちた時には

「やっぱりか」


 馬場の練習もやっていて、障害をやるとハミ受けが今ひとつになる……ということで、途中から、馬場に専念、障害はぶっつけ本番に近かった。


 止まった障害は、クラブにはないピラピラしたもので、クラブから参加した馬でゴールを切れた馬はいなかった。皆、それを嫌がって拒否した。

 だから、まだ経験の浅いシェルが、止まってしまったのも無理はない。


 だが。


「タマゴカケゴハンだぁ!」


 の声で止まったような気がしないでもない。



 競技会場は、競走馬の施設もあるので、時々、競走馬が歩いている。

 シェルは、初めて競技会にきた割りには落ち着いていたが、群れをなして歩いてくる競走馬たちをみると、一気にテンションが上がっていた。

 競走馬時代を思い出して張り切っているんじゃないの? って人もいたが、どう見ても、怯えているように感じた。


 シェルにとって、タマゴカケゴハンだった頃は、厳しいトレーニングの毎日で辛い思い出なのかも知れない。



 私の馬になったばかりの頃、面白いエピソードがある。


 ある日、運動を終えて、洗い場に戻ってくると、シェルが人を見て横っ飛び。

 心臓がばくばく、ずっと怖がっていた。

 確かにその人、ちょっと迫力あったんだが、人を見て驚く馬じゃないのになぁ、と思った。

 そんなことがあったんですよ、とインストラクターに話すと。


 なんと、その人はシェルの競走馬時代のオーナーだった。


 たまたまなのか、それとも、その人とわかってドキドキしたのか……。

 その後、人を見ても、その時のように驚くことはなかったので、多分、後者だろう。



 障害は、続けたら帰ってこれる日もあるだろう。

 でも、私はそれで障害競技へのチャレンジはやめた。

 私には向かないなぁ……と思ったのと、馬場が面白くなってきたから。

 それに、右に寄れる癖は、どうも前肢をかばってのことのようで、故障が怖い。

 今は、クラブ内大会の時に、ちょっと飛ぶ程度に留めている。


 馬場の練習に行き詰まった時。

 障害を飛ぶのも、楽しい。





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