ボクちんはでかい!


「きゃー! シェルっち、犬歯がない! おかまちゃんだぁ!」


 ……まぁ、確かにおかまちゃんだよね。



 シェルは騸馬せんば、つまり、去勢してタマタマのない男ってわけだ。私の馬になった時は、すでにそうだった。

 というか、乗馬になる時、オス……牡馬ぼばは、ほとんどが去勢される。

「そんな! かわいそう!」

 と、思う人もいるかもしれないが、もしも、犬や猫を飼っていたら、少しは理解できるだろう。動物は、発情すると大変なのである。

 で、馬は、犬や猫よりも大きい……ってことは、もっと大変なのである。

 性的に興奮している馬を「馬っ気出している」というくらい。

 万が一、馬の事故で裁判沙汰になったとしたら、その馬が牡馬なら必ず負ける……と言われているくらい。

 性格も荒々しく猛々しい。

 それが、去勢すると、別馬のように大人しくなる。

 なんと! 顔つきも変わる。


 ただ……シェルが「おかまちゃん」と言われた理由は別にある。


 メス馬……つまり牝馬ひんばには犬歯がないけれど、牡馬には犬歯がある。当然、元オスである騸馬にも犬歯があるはずなのだが、シェルにはなかったのだ。

 でも、理由は「おかまちゃん」だったからではない。

 まだ、お子ちゃまだったからだ。


 私が持った時、シェルはまだ乳歯で永久歯に生え変わり中。

 5歳になった頃には、ちゃんと犬歯も生えてきた。


 うーむ。

 年齢詐称じゃないのか? と思うほど、大人しく落ち着いた馬だったけれど、実は、まだお子ちゃまだったのか。


 で、持った時、すでに私にはちょっと大きいかなあ? と、躊躇した馬体は……でかっ! 

 なんと、5歳になった頃には、ひとまわりどころかふたまわりも大きくなって、私にはかなり大きな馬になってしまったのである。


 引き馬なんかしてみろ。

「あ! 馬が勝手に歩いている!」

 一瞬、ざわつくも……。

「あ、いた! りんさん、小さくて陰に隠れて見えなかったわぁ」


 一緒にいると、私はまるで小人さんだ。

 手入れも大変。

 なんせ、表面積が広いし、背も高いから、台に乗らなくては手が届かない。

 馬装は、鞍をあげるのが、フーフーだ。あれ、結構重たいんだ。




 そして、とても困ったことが……。


「ボクちんは、でかい!」


 騸馬だけど、少し牡馬っぽいところも残っているのかなぁ? 5歳ぐらいから、すっかり、他の馬と喧嘩するようになってしまった。


 もともと、シェルは「悪い摂政のいいなりの傀儡の王子、深窓の王子」という雰囲気で、他の馬にもへこへこ。

 背中をツンツンされるのが嫌いで、洗い場でも隣に馬がいると、緊張していた。

 それが……。

 隣に馬が入って、背中に鼻がつこうものなら……バコーン!!!

 まわりが一瞬、シーンとなるようなとんでもないことをやらかすように。

 で、それが一瞬芸なので、やった後、けろっとしている。

 いつの間にか、シェルには「洗い場極道」の称号がついてしまった。


「他の人が持っていた時は、そんなことしなかった。あなたが甘やかすからよ!」

 と、私が叱られた。とほほほほ。。。


 まぁ、確かに甘やかしたのかもしれないが……。

 言い訳させていただくと。


 体が大きくなり、馬として成熟して、自分が大きくて強いってことが、わかったらしい。

 シェルは子供から大人になったのだ。


 

 最近は、あまり極道をしなくなった。

 だが、他の馬がシェルの横には入りたがらなくなった。

「シェル様の隣には、恐れ多くて入れません」

 ということらしい。

 のほほーんと穏やかな顔をしているシェルの横で、

「こら! 入れ!」

 と、叱られている馬を見ているのは、なんだか気の毒に思えてくる。

 私には、シェルの「隣に入るな」オーラが見える。



 春先と秋口、季節の変わり目は、シェルが牡馬っぽく振る舞う時期があり、用心しないといけない。


 私の頭をガリガリして、「ボクちんの方がでかい」と威張り出す。

 これが始まると、2週間ほど手を焼くこととなる。


 呼ぶとダッシュでやってきて、「どうしてボクちんを呼ぶんだよ!」と怒り狂って、去って行く。

 激しく地面をかく行動、前かきをしたり、立ち上がったり、くるっと後ろ向きになって、蹴り上げたり。

 幼子が駄々をこねているのにそっくりだ。

 それを何回か繰り返し、やっと捕まえることが出来る。

 捕まえて無口をしてしまうと、いつものシェルに戻るのだ。


 パドック掃除の時は、ボロを拾っている私のまわりを、うほほ、うほほ……と走り回る。

 なんだかなぁ、昔のアニメなんかである原住民に捕まった冒険家の気分。生贄にされて、まわりで「うほほ、うほほ」って踊るやつ。

 そして「隙あり!」と、ちまっと甘噛みしては、わーいわーいと尻っ跳ねしながら逃げていき……また、近寄ってきては、うほほ、うほほ……が始まる。

 掃除が終わってしまうと、また、いつものシェルに戻るのだ。


 馬の行動に詳しい人に動画を見せると、これは牡馬の行動だ、という。


 牡馬は牝馬を争って、仲間と力くらべをする。

 そして、勝ち残った強い馬だけが、牝馬と性交し、子孫を残すことが出来る。

 自然の中では、こうして馬は強い子孫を残して、種を繋いできたのだ。



 距離感さえ守ってくれれば、危険はないから、まぁ、いいか。 

 1、2週間の辛抱だ。


 うほほ、うほほ……。


 ちょっと、シェルや。

 おまえは遊びのつもりでもねぇ、こっちは人間なんだよ、馬じゃない。

 じゃれてうっかりその足が私の頭に当たってごらんよ、私、死ぬんだよ!

 死んだら、おまえを守ってあげられないじゃないか! 

 わかってんの!!


 うほほ、うほほ……。


 シェルは私の目の前で立ち上がって見せる。

 私の身長の倍近くになる。


「ボクちんの方がでかい!」

 

 当たり前でしょ、馬だもの。

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