ボクちんを選んでおくれよーん!

「自馬を持つのって、そんなに簡単にできるの?」

「馬房掃除も毎日自分でしなくちゃいけないの?」


 などと、誤解されてしまいそう……。


 今のクラブは、馬房提供と1日2回の飼葉、乾草、水は与えてくれるが、あとは放置……という条件で、安い金額で馬を置いてくれる。

 ちょっと特殊なのだ。

 一般的なクラブのような至れり尽くせりは期待出来ないが、バイトを首になって資金難に陥っていた私には、暇は十分あった。

 それと……何もかもが無駄だった……と思えていた過去が、実は私に馬の世話をこなすためのノウハウを身につけさせていたことに、改めて気がついた。




 早速、クラブに行って、何頭か試し乗り。

 私はさほど上手に乗れるわけではない。小障害が飛べて、一番下のクラスの馬場競技に出られるくらいで十分、と言って見繕ってもらった。

 すると……。


「タマゴカケゴハンはどうでしょう?」


 まさか、それが馬の名前だと思っていなかったから、え?

 ……になりますよねぇ。


 その頃のシェルは、まだ、故障中で、後肢がバンバンに腫れ上がっていて、象のような足をしていた。そんな足の馬は見たことがない。

 しかも、当時のオーナーが早く治そうと思って薬を塗りまくっていたので、足の白いソックスが緑色に染まっていた。

 見栄えのする美しい馬ではあるけれど、とても選べるような状態ではない。


 しかも、大問題は……。


 私は小柄だ。150センチしかない。

 だが、この馬はいかんせん大きすぎる。体高は170近くあるのではないだろうか? 手入れするにも、台がいるし、だいたい、力負けするだろう。

 それと、まだ競走馬を上がったばかりの、たったの3歳。若すぎる。

 人間でいえば中学生とか、はしゃぎたいお年頃だ。

 いくら大人しいとはいえ、私の手におえるのだろうか?


 最終的には、もう少し年齢のいった、すでにレッスンに使われていて初心者を乗せても大丈夫な馬と、どちらかを選ぶ……ということになった。


 シェルを選んだ。


 無難に選べばもう1頭の方だったと思う。

 でも、その馬に乗った時、確かに大人しくて言うことを聞く馬だったのだけれど、ふと、勝気な馬だな……とわかったのだ。


「ここまでなら言うことを聞く。でも、俺にこれ以上のことを要求するな」


 今はまだ乗りこなせるけれど、この先、必ずこの馬の気性には手を焼くことになりそうだ……と感じたのだ。

 そして、実際、その後、レッスンにイライラして何度か人を落としている姿を見ることになった。

 その度に、私の馬を選ぶ目は確かだったなぁ……と自画自賛するのだった。


 シェルは、オーナーに手放されたばかりの馬で、愛情に飢えていて、寂しそうだった。

 もっとも、そのオーナーは馬に厳しく、シェルにもきつく当たっていたらしいが、それでも、シェルは懐いていたようだった。

 私をつぶらな瞳でじっと見て、顔を斜めにして、馬栓棒の横から鼻を出し


「ボクちんを選んでおくれよーん。選んでくれたら、なんでもするよーん」


 と懇願していた。


「なんだ、こいつ?」


 と、正直思った。


 人間でいえば、ごますり野郎。

 必死に揉み手をしているように思えた。

 媚び媚び野郎は、大嫌いだ。


 可愛くてきれいな馬ではあるけれど、けしてシェルの第一印象はよかったわけではない。

 だが、どちらかといえば、「俺に要求するな」と言う馬よりも「何でもします」の方がマシである。

 消去法で、シェルを選んだのである。


 シェルはまるで悪い摂政に押さえ込まれている深窓の王子様のようだった。


 私の前のオーナーが、とても厳しい人だったせいもあるかも知れない。

 人参をあげても「食べていいんでしょうか?」だった。

 何だか物足りないというか……もっと馬らしく、自分を出しやがれ! と思った。


 ……が、心配は不要。


 3ヶ月もすると、態度デカッ!!


 強い人には可愛い顔をして人参をねだり、弱い者には恐喝して人参を奪い取る、長いものには巻かれ、短いものはいじめる。

 人間だったら、絶対にお友達にはなりたくない、媚び媚びのお調子者である。

 私は、見なくてもシェルの前に立っている人が誰かわかるようになった。

 人参のねだり方で、判断がつくのである。



 もっと馬らしく自分を出しやがれ! と思ったが……。

 シェルは、見事にその期待に応えてくれた。

 ……応えすぎ……とも言う。

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