努力は報われない


 シェルと私の絆は深い……。

 などと書けば、あれ? と思う人もいるだろう。


 ああ、そうか。


 最初に「馬なんかもういやだ」とわめいた私も、努力を続けて馬に乗るのが少しは上手になり、馬もいやだなんて言わなくなり、そして、ついに自分の馬を持つまでになったんだな、めでたしめでたし……。

 多分、乗馬の上達には時間がかかるけれど、皆さん、頑張りましょうね、ってことを言いたかったんだな、ヨシヨシ……。

 などと、思っているかも知れない。



 が、現実は、そんなに甘くはない。


 世の中の人たちは、簡単に言う。

「努力すれば、きっといつかは報われるよ」

 だが、胸に手を当てて、もう一度唱えてみれば、それが嘘だとわかるだろう。


 皆、努力している。頑張っている。

 でも、オリンピックで金メダルを取れる人は一人、メダリスト以外は努力が足りなかったのか? 頑張っていなかったのか?

 努力の量で、結果は決まらない。

 

 努力は報われない。

 報われないことの方が圧倒的に多いのだ。


 無駄な努力に努力を重ね、恐怖心に震える自分に嘘をつき、報われないことに傷ついて、さらに努力を重ねて……10年。

 心が死んだ。

 ある時から、馬を見ても可愛いともなんとも思えなくなり、触りたいとも思わなくなり……虚しくなった。

 ……が、ホッとした。

 報われない恋が終わったような、安らぎを覚えたのだ。



 私は、乗馬をやめた。



「馬に乗れるんだって? すごいねー!」

 と言われると、気が重くなった。

 捨ててしまいたい過去をほじくり返されたような気分になった。


 趣味は乗馬……と言わなくなった。

 馬が好きとも言わなくなった。

 馬のアクセサリーを見ても欲しくなくなった。


 それでも、いつかは馬に対する愛情を、もう一度取り返すかも知れない。


 観光地で馬を見ると、懐かしくなって乗ったこともある。

 でも、恥ずかしくて「乗っていたんです」の一言が言えず、初めて乗るふりをした。

 だが、身についたものは、プロのインストラクターには見抜かれてしまう。

「乗っていたことある人ですよね? 100鞍は乗っているでしょう?」

「はい……まぁ……それくらい」

 相手は褒めているつもりだろう、だが、とてもいやな気分。


「鞍」と言うのは、騎乗回数の単位だ。

 だいたい、40分1鞍として、レッスンしているクラブが多い。

 週2ペースで乗馬クラブに通ったとしたら、1年近くで100鞍に達する計算になる。

 私の騎乗回数は、その10倍は、軽く超えている。

 その鞍数が……恥ずかしい。

 もう一度、馬を知る前の白紙に戻りたい。


 カビだらけになってしまった乗馬用ブーツを捨てた時、もう二度と馬に乗ることはないんだろうなぁ……とぼんやり思った。




 そんな私が、また乗馬を再開したのは……まぁ、それはまた後に書くとして。


 私の乗馬ライフは、常に挫折の繰り返しだった。

 挫折のたびに、何か潮の変わり目のような大きな変化があり、運命が揺れ動くような出来事があり……。

 様々な出来事が通り過ぎるたび、少しずつ、わかってきたことがある。


 頑張って努力すればなんとかなるんだ。

 ……と思っていた私は、傲慢ではないか? と。


 そう気がついた時、必死に頑張る自分の存在が薄くなっていって、目の前の馬が徐々にはっきり見えるようになってきた。


 私の、真の乗馬ライフは、おそらく、それから始まったのだ。



 そんな時、経済的に厳しくなって、それまでいたクラブをやめるしかなくなってしまった。

 ほぼ毎日馬に乗っている私には、今のクラブに移って自馬を持ったほうが経済的に安上がりだという計算になり……。

 乗馬を続けるために、自分の馬を持つという羽目になったのだ。

 

 まさか、この私が、自分の馬を持つことになろうとは……。


 努力や頑張りとは、無縁の展開でこうなった。

 でも、それでも、やってきたことは、やはり無駄ではなかったのだ、と思う。

 乗馬の神様が、ここまで頑張ってきた私を見るに見かねて、シェルという「奇跡の馬」を与えてくれたんだ、そう思えるのだ。




 

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