第5話

 スキップしながら家に帰り、自宅のドアを開ける。靴を見る限り、まだ継母も姉たちも帰ってきてはいないらしい。

 ただいま、と上機嫌に叫ぶエラの元に、大慌てでねずみたちがやってきた。

 我先にとエラの元に走り、手のひらに飛び乗ったねずみが、何かを必死に訴える。


「大変だよ」

「怖かったんだよ」

「知らない人がいたんだよう」

「僕らを蹴ってきたんだよ」


 口々に、知らない人を相手に勇敢に戦ったのだと伝えてくるが、ねずみたちの証言はいまいち要領を得ない。


 きょろきょろと辺りを見回し、リオルと目が合った。リオルならば、わかりやすい解説ができるはずだ。しかしリオルは肩をすくめて首を振るばかりで、何の説明もしてはくれない。仕方なく、ねずみたちに向かって話しかける。


「ちょっと待ってね、まずはお部屋に行きましょう。それから、なにがあったのか、もう一度聞かせてちょうだい」


 エラはねずみたちを連れて部屋に戻ると、暖かいミルクを浅い皿に入れて、ねずみたちに飲ませた。ひとしきり飲み終えると、ねずみたちは幾分落ちついた様子になった。


 エラはゆっくり、何が起きたのかを尋ねる。ねずみたちの話は誇張されたり、勘違いしていたりすることが多い。だから、聞くときは慎重にならなくてはいけない。ねずみたちはときに脱線し、ときに喧嘩をしながら、今日起こった出来事を語る。


 曰く、今日エラの部屋に見知らぬ男の人が入り込んできて、何かを探しているようだったらしい。エラの、というか、自分たちの空間に侵入したことに怒り、ねずみたちは男に噛み付いたが、男に蹴り飛ばされてしまったそうだ。

 それからねずみたちは男を怖がり、震えながら、陰から男を見ていたのだという。


 男は結局、目当てのものを見付けることができなかったようだ。何も盗むことなく、悪態を一つつくと、部屋を元どおりに戻してその場を後にした。

 ねずみたちは、怖かったと口々に言う。そして何も盗まれずに済んだのは、自分たちが噛み付いたからだと主張した。


「とっても勇敢だったのね」


 エラに褒められて、ねずみたちは満足げであったが、一方のエラは浮かない顔をしていた。知らない男が勝手に部屋に入り込んでいるなんて! とても怖くて、今日はこの部屋で眠ろうという気にはなれなかった。


 改めて自分の部屋を見回した。いつもと何も変わった様子はない。だが今は、むしろそのことが気味悪く感じられた。つまり侵入者は何の痕跡も残さず、エラの部屋に侵入できたということなのだから。


 エラはねずみたちに、男の容姿や年齢など詳しいことを聞いてみたが、ねずみからしたら人間の容姿など皆同じに見えるらしく、結局何もわからなかった。


「ごめんよ。僕は、こんな大事なときに出かけていたなんて」

 リオルが耳を下げてしょんぼりと言った。

「気にしないで。リオルのせいじゃないわ」


 だがとにかく、対策は考えるべきだろう。ねずみたちの証言を聞く限り、男の狙いはエラのようだが、継母や姉にも無関係な話ではないのだ。

 エラはその夜に、誰かが侵入した形跡があることを継母に伝え、とりあえず今日のところは空き部屋で眠ることにした。


 明日は家の鍵を付け直して、今後どうするべきなのかを、真剣に考えなくてはならない。恐怖と不安で頭が冴えて、寝返りばかり何度も打った。


 その夜は、なかなか眠りにつくことができなかった。

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