第6話

 長い時間をかけてようやく眠りについた後、エラは夢を見た。


 真っ暗な夢の中、エラは誰かに追いかけられていた。逃げても逃げても、誰かは後をついてくる。助けてと叫びたいけれど、もし叫んだら追いかけてくる誰かに聞こえてしまう。エラは恐怖と戦いながら、ひたすら逃げ続けた。


 やがて、前方にリオルの小さな背中を見つけた。ほっとしてリオルの元に駆け寄り、その肩を掴む。するとリオルは風船のようにどんどん膨れ上がって、人と同じ大きさになった。振り向いたリオルは、いつの間にかねずみではなくなっていた。怒り狂った継母の顔をしたリオルは、エラに向かって牙を向けて「お前のせいだ」と叫んでいる。


 慌てて継母から逃げ出すと、今度はエラを追いかけてきていた誰かに鉢合わせした。誰かは黒い服を着て深いフードを被っているため、顔は見えない。その人物がゆっくりとフードに手をかけた。エラはその途端、凄まじい恐怖に襲われた。見たくない。お願いだからフードを脱がないで。その願いもむなしく、その人物の顔が露わになる。

 口が見え、鼻が見え、その瞳がエラに向けられる。


(だめ……)


 目を逸らすことさえできずに、エラは凍りついたように動けない。それ以上はだめだ。見てはいけない。


(やめて!)


 そう叫んだとき、エラは目を覚ました。


 あたりはまだ暗く、月が昇っていた。エラのベッドのすぐ脇では、小さなリオルがすやすやと寝息を立てて眠っている。

 エラはびっしょりと冷や汗をかいていた。まるで全力で走ってきた後のように息が上がっている。エラはきゅっと目を瞑り、自らの体を抱きしめて眠れぬ夜を過ごした。




「エラ! 大丈夫だった!?」

 翌日の夕刻。家の鍵を総取っ替えしていたエラのもとに、いきなり王子がやってきた。突然の王子の訪問に、姉二人はきゃあきゃあ叫んで、ボサボサの髪や化粧のしていない顔を隠すように、部屋の奥に消えた。

 エラ自身もとても驚いて、大慌てで汚れた手をエプロンでぬぐうと王子を出迎えた。


「お、王子様! どうしてこちらに?」

「近衛に聞いたんだ。エラの家に泥棒が入ったって。なんともないかい? 盗まれたものは?」


 継母が、泥棒が入り込んだことを衛兵に伝えたはずだ。きっとその話が王子のところまで届いてしまたのだろう。

「大丈夫です。幸い、盗まれたものはありませんでした。ですから、正確には泥棒ではなく、不法侵入者がいたのです」

「そうか、盗まれたものはなかったのか……」

 王子は心底ほっとした様子で、胸をなでおろした。


「でも、心配だね。これからも同じことがないとは限らない。

 そこで、ひとつ提案があるんだが、どうだろう」

「提案?」

 首をかしげるエラに、王子は自信たっぷりに頷いてみせた。

「この騒動が落ち着くまで、うちにおいで。もちろん、ご家族も一緒に」


「え……、それはお城に、ということですか?」

「そうだよ。幸い、広さだけはあるからね。君たち四人分の部屋くらい、すぐに用意できるよ」

 王子の豪快な提案に、しかしエラは首を横に振った。

「いけません、私のような者をお城に住まわすなど、王子の……王家の信用に関わります!」

 すると王子は困ったように眉をひそめた。

「でも、きっとこの騒動の原因は、僕だろう? 僕が関わったせいで、エラの家が有名になってしまったんだから。

 僕のせいで国民が辛い思いをしているというのに、見て見ぬ振りをしているだなんて、それこそ信用に関わるよ。だから、どうか助けさせてほしい」


 王子にそこまで言われ、頭まで下げられた。それでもエラがためらっていると、髪を整えた姉たちがやってきて、きゃあきゃあ騒ぎ始めた。


「お城に行けるの!?」

「違うわ、お城に住めるのよ!」


 継母は少しばかり悩んだ様子であった。浮かれる娘たちを見て、そして再び考える。もしかしたら継母自身にも、王城への憧れのような感情があったのかもしれない。とうとう継母は恭しく王子に頭を下げた。


「お心遣い、痛み入ります。

 では僭越ながら、お言葉に甘えさせていただきます」

 継母までもがそう言いだし、エラは否とは言えなくなってしまった。


 王子は荷物をまとめて置くように言い残すと、荷物を運び込むための馬車を手配させ、自身も城に帰って行った。色々と準備があるのだろう。

 このときに城に行く選択をしたことが、エラの運命を変える大きな岐路になったのだが、今のエラはそんなこと、知る由もなかった。 

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