第3話
王子がエラを見つけ出してから、もうすぐ一ヶ月が経つ。
エラの読み通り、周囲の好奇の目は次第に落ち着いてきた。王子がエラを、恋人ではなく友人として扱っていることも一因かもしれない。
普段通りの生活を送ることを待ち望んでいたのは、エラだけではなかった。エラと一緒にこの屋敷に住んでいる継母と姉たちも、エラと同様に噂や人の視線にさらされる立場だったのだ。
二人の姉たちも継母も、これまで出かけにくかった鬱憤を晴らすように、今日はそれぞれ朝から出かけている。エラももうすぐ家を出発して、久しぶりに王子に会う約束だ。
「一国の王子が、なんとまあ気軽に出かけるものだね」
皮肉とも、感心とも取れる口調でリオルが言う。
エラは一心に縫い物をしており、リオルに耳だけ傾けて返事をした。
「あら、国民と王族の距離が近いのは、必ずしも悪いことではないわ」
「必ずしも良いことでもないけどね」
「もう」
せわしなく動かしていた手を一旦止め、エラは頰をふくらませた。
「お優しい方じゃない。私のような、ただの国民にも心を砕いてくださるんだもの……。できたっ!」
声を明るくして立ち上がり、縫い合わせていたドレスを掲げる。それは以前、舞踏会に行くために縫って、継母に破られてしまったドレスだ。
エラが嬉しそうなので、きっと楽しいことがあったのだろうとねずみたちがエラに群がる。エラが抱えているドレスが、きっと楽しさの元だ。そう考えたのか、ねずみたちはドレスに登り始めた。
ドレスは以前のものに比べて、華やかさを抑え、代わりに普段使いもできるような形状にアレンジされていた。スカートの裾を少し上げて、地面に引きずらなくて良いようにした。これで外も気軽に歩ける。
特徴的なリボンの形をしたポケットを覗き込んだねずみが、ころっとポケットの中に落ちた。エラが笑いながら、目を回したねずみを救出する。
「なんとか間に合ったわ」
「今日、それ着ていくの?」
「ええ、そうよ。
この前会ったときに、王子様にね、あの日の姿がまた見たいって言われたの。ドレスが素敵だったって。だから今日着て行って、驚かせたくて。でも、魔法のドレスはもうなくなってしまったから……」
せめて、あの時のドレスの元になった、この服を着ていきたいのと嬉しそうに笑う。
あのドレスが手元にない以上、王子の望みを叶えてあげることはできない。事情を伝えることもできない。魔法のドレスと魔女のおばあさん。彼がどれほど高潔な人物であっても、それを打ち明けるわけにはいかないからだ。そのことを考えると、ほんの少しだけ気が重い。
リオルは何か言いたそうにしていたが、結局何も言わなかった。代わりに大きくため息をつく。
「エラが幸せそうだからね。僕はそれで充分だもの」
自分に言い聞かせるような口調だった。
「でも気をつけてね。少し落ち着いてきたとはいえ、エラはもう有名人だから。いつ何が起こるか、わかったもんじゃない」
エラは大丈夫よと安請け合いして、すぐに服を着替えた。リオルの忠告は、縫い直したドレスの魅力には到底敵わなかった。
エラはいそいそとドレスに着替えると、自分の格好を見下ろす。縫い直したドレスは以前とは違う魅力があり、自然と笑みがこぼれた。
鏡の前で何度も回り、その度にねずみたちがぽてぽて落ちる。それが楽しくなったのか、落ちたねずみは再びエラのドレスによじ登った。登っては落ち、落ちては登り、また落ちる。
ひとしきりねずみたちと遊んで、ドレスに満足すると、今度は床板の隙間からガラスの靴を取り出した。
この床板の隙間は、エラの宝箱のような役割を果たしている。鍵などもちろんないが、ねずみたちが教えてくれなかったら気付かなかったであろうわずかな隙間は、物を隠すにはぴったりだった。いくら小さい隙間といっても、ガラスの靴をしまうくらいの大きさはある。
ガラスの靴を履くと、ひんやりとした奇妙な心地よさがエラの体を駆け巡った。はじめのうちは、ガラスの靴なんて、足が痛くて歩けないのではないかと疑っていたのだが、それは杞憂だった。ガラスの靴は、まるでエラのために存在するかのようにフィットした。
次に、同じく床板の隙間から取り出したアメジストのネックレスをつけると、一気に華やかな気分になった。このアクセサリーは生前に父が買ってくれたもので、エラが持っているもので一番高価なものだ。
エラは鏡に映る自分の姿を見て、それからリオルを振り返った。
「どう?」
「とっても素敵だよ」
リオルの返答を聞いて、エラは満足げに笑った。
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