二人の会話

青羽はリナの生い立ちに触れた。それは単純に興味本位であった。


リナは幼い頃に両親が離婚をし、母親に引き取られた。家計を助ける為に高校を卒業してすぐに就職しようと考えていた。


だが、母親の思いを汲んで、奨学金を得て大学に進学した。中学、高校から成績のよかった英語を伸ばそうと、私大の英文系の学部に入学した。国際感覚を身に付けたいということで在学中にオーストラリアへ短期留学もした。


しかし、前年の秋に起きた世界的な金融恐慌で就職活動は苦戦を強いられ、自分の希望した業界、職種には就けなかった。


さらに社会人になったと同時に背負った奨学金は負債として重くのしかかる。

お世辞にも高いとは言えない月々の給与からこれを返済していくとなると、完済するのにだいぶ時間が掛かる。


そのためにリナは、本業である「昼間の仕事」と副業であるこの「夜の仕事」をしているという。もちろん母親にも友達にもダブルワークのことは秘密だ。


「本当は今日、大学時代の友達と数人でフレンチのディナーに行く予定だったの。週末だし、みんなボーナスが出たからって。でも私だけ断ったわ」


「なんで行かなかったの?」


「うちの会社はボーナスが出なかったの。夜の仕事もあったし……」

寂しそうに語った。


「仕方ないんだけど、私も行きたかったなー」

リナは笑顔で言葉を断った。


不必要な質問をしたと青羽は後悔した。こういう仕事に就く女の子には就かなければいけない理由がある。隣に寄り添う女の苦労も知らずに、「何でこんな夜の仕事をしているの?」と言いかけた言葉を飲み込んだ。


女の奨学金の返済を肩代わりするわけでもあるまいし。


青羽はさしたる苦労もなく、比較的順調に、そして裕福にここまで生きていた。大学の入学金から卒業までの授業料は全て親が負担してくれた。社会に出るまではそれが当たり前だとも思っていた。


青羽は理工学部に在籍していた。理系特有の研究とレポートの日々でサークルに入る余裕は無く、目立った女性関係もなかった。


しかし、鬱積してはおらずに楽しい大学生活を過ごした。


ゼミの教授に気に入られたことと、就職活動が始まるタイミングで運よく景気が上向いたこともあり、特段の苦労も無く大手の冠が付いた今の会社に就職した。


青羽は年下のリナよりも苦労を知らない自分の身の上を恥じた。


「よかったら明日、ここのホテルのフレンチで一緒にランチを食べない?」

不意に出た言葉に青羽自身が驚いた。冷めつつある酔いが最後に大胆さを与えてくれたのかもしれない。そこに下心は無かった。


何よりも自分より若い女が背負う苦労を少しでも緩和してあげたいと思ったからだ。


カバンの中には山本から貰った商品券も控えている。このホテルのレストランで使えることは商品券の裏面に書いてあった。その辺りの気の遣い様は山本を見習わないといけない。しかも山本の手前、こういう使い方が一番いいと思った。


「えっ、いいの?」

リナは驚く。疑い半分、嬉しさ半分であろう。


その時、終了時間を告げるタイマーが鳴った。


タイマーを止めてベッドから出ると、リナは下着を身につけて服を着た。そして、荷物をまとめながら、

「本当にいいの?」

と何度も聞いてきた。


「ああ、十一時半にロビーで待ち合わせよう」


「うん。ありがとう。明日楽しみにしているね」

 扉の前でリナは喜んで青羽を軽くハグした。


そして、荷物を手に取り、顔中に笑みを浮かべて、小さく手を振りながら部屋を出て行った。

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