部屋に戻ると、

ホテルの部屋に戻ると、青羽は先ほどの茶封筒を開いてみた。中身は数万円相当の「商品券」であった。これには青羽も驚いた。


(こんなもの受け取っていいのだろうか……)

昨今では取引先との癒着は、パワハラや深夜残業と同じくらい「悪」とされてきている。


青羽の性格上、これをそのまま受け取り、仕事で便宜を図らないといけなくはなるのは嫌だと考えた。かといって、これをそのまま突き返せば、先方のご好意を拒否することになり、今後の仕事がやり辛くなる。

 

返そうか返すまいか考えていたが、酔っていて頭が働かない。

疲れた身体がそのままベッドに吸い込まれる。

 

その時、

「コンコンコン……」

部屋のドアがノックされた。


(誰だろう? こんな夜中に……)

そっとドアの覗き穴から廊下を見ると、一人の女が立っている。


「コンコンコン……」

またもノックが繰り返される。

 

ドアにチェーンを掛けて扉を半開きにすると、隙間越しにその女と目が合った。

あどけなさの残る顔立ち、肌の色艶から推測すると女は二十代前半だろうか。

綺麗というよりも、可愛いという表現が当てはまる。


白いワンピースに薄い黄色のカーディガンを羽織っている。そんな姿から、大人しそうな印象を受ける。


「あのー、青羽さんですか? 私はリナと申します」

首を傾げながら女は青羽の名前をつぶやいた。名前を知られている事に青羽は一瞬、ドキリとした。


「はい……、私に何か用ですか?」


「この部屋に行くように、山本さんから言われました」

山本の名前を聞いてピンときた。取引先の上司で、先ほどまで酒宴を盛り上げていた人物だ。


青羽のカバンに茶封筒を入れたことからも分かる様に、山本はこういう「夜のおもてなし」が得意らしいと先輩から聞いたことがある。


青羽が帰った後、山本が風俗店に連絡を入れて、目の前にいるリナが派遣されてきたのだ。酒席での会話から変に気を使ってきたようだ。


(これも接待の一環なのか?)

青羽は困った。


ただ、リナなる女をこのまま廊下に置いておくわけにはいかない。さっきから廊下を通る通行人から、不思議な目でこのやり取りが見られている。


とりあえず、チェーンを外して扉を開けると、リナを部屋へ入れた。これは、酒の勢いと山本の顔を潰してはいけないという建前がそうさせた。


しかし、本音はこういう遊びをした事がなかった青羽の男性としての興味に過ぎない。全ては山本が悪いのだ。


部屋の扉を閉める際にリナの髪の匂いが鼻腔をくすぐった。

リナは着ていたカーディガンを脱いでイスに掛けると、荷物からタオル類を取り出して準備を始める。


そして、時間を計る為にタイマーをセットした。


(――こういう感じで始まるのか……)

 初めての光景を青羽はまじまじと見る。


「お仕事は何をしていますか?」


「ふっ、普通のサラリーマンだよ」


「そうだと思いました。男の人のスーツ姿ってカッコイイですよね」

会話の合間にリナは青羽のワイシャツのボタンに指を絡める。リナは滑るようにワンピースを脱ぐと、薄い桃色の下着姿になった。


アルコールの動悸が緊張の動悸に変わる。青羽はこういうシチュエーションに慣れていない。


明かりが落とされた薄暗い室内でお互いの裸体が晒される。そして、リナに促されるままにコトは進んでいく。


肌と肌が触れ合うことで青羽の心拍は高まるが、肝心なところで酔いが邪魔をして上手くいかない。


「ダメだ、止めよう」

数十分間の格闘の末に青羽が言った。酔いがピークを上回ると使い物にならないのは男性全般の悩みだ。


悔しさを感じながらベッドから起き上がると、うな垂れた。


「ねえ、まだ時間はあるから、お話ししませんか?」

こういうことはよくあるかのように、タイマーを見ながらリナが言う。


ベッドの上で二人は頭を揃えて、天井を見上げた。

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