永い夢の終わり(真)
ユウ、
私、
本当は生きて直接伝えたかった。だけど、今まで私の言葉はあなたに届かなかったから……。
私は生きて戻れないかもしれない。だから、ここに私の言葉を
……。
……。
……。
そう、よかった。あなたを壊してしまったことへの
その、本当に、ごめんなさい。謝って取り返しがつくことではないけれど、それでも私は謝ることしかできないから。
全ては
……いえ、確かに、異形と化して町の人々を殺めたのは弟のガク。でも、彼を異形に変えたのは私だった。
ねえユウ、覚えてる?
あの日、あなたはコハルと私の家までやってきた。あの時すでに家の中で、私達の両親は死んでいたの。十数年来続いた父の歪んだ愛情に私達姉弟の生命の危機を感じて、私はとうとう実の父を殺めてしまった。
でも、ことはそれだけじゃ収まらなかった。先を悲観した母が今度は私を殺そうと。包丁を取り出して、殺してやる、と……。
結果、私は両親を共に殺めてしまった。ガクの目の前で。
私は罪を
そこへあの悪魔が姿を現した。ガクは見るもおぞましい異形へと姿を変えて、町の人達を次々と殺戮していった。彼らを殺すことで私をそばに繋ぎとめておける、そう信じて。
あの災厄で生き残ったのは私とあなたの二人だけ。そう、二人だけです。
コハルは……。ずっとあなたのそばに居て、共に笑いあった
カチ、カチカチ……。
コハルは……。ずっとあなたのそばに居て、共に笑いあった雨宮小春は、もうこの世にはいません。
カチ、カチカチ……。
雨宮小春は、もうこの世にはいません。
カチ、カチカチ……。
雨宮小春は、もうこの世には――
何度巻き戻しても、端末の中のカズハは同じ言葉を繰り返した。決して変えられない過去そのもののように。
コハルは死んだ。何かの間違いであってほしいと思い続けてきたけれど、どうもそれが真実であるらしい。
カズハがまだ何かをしゃべっていたけれど、続く言葉は何一つ頭に入ってこなかった。
コハルが死んだ。僕はまだそれが信じられない。頭の中でもう一人の僕が叫んでいる。一緒に登校して、昼ごはんも食べて、笑いあったコハルは何だというのか。下校中に防犯カメラだって一緒に探したじゃないか。
……いや、もうやめよう。わかっていた。心のどこかではわかっていたんだ。
不思議だと思っていたことは幾つかある。例えばカズハは徹底してコハルと言葉を交わそうとしなかった。三人でいる時も、ずっとカズハは僕としか会話をしようとしない。コハルに話しかけていたのは僕だけだ。
校内でコハルと会話するときに感じる周りの視線。あれは虚空に向かって話しかける僕を奇異の目で見ていたんじゃないだろうか。
霊界と繋がっている。そう言ってモミジは僕を
僕が周りから犯人扱いされたのも、その薄気味悪さからだったのかもしれない。
ダイチだって、どうして僕を助けてくれたのか。アヤコの
今ならわかる。アヤコを亡くしたダイチ、コハルを亡くした僕。幼馴染を亡くした同士として、僕を自分に重ねていたんだ。
何より決定的だったのはあの映像だ。
とどのつまり、全部都合よく僕が作り上げた幻だったのだ。あの笑顔も、優しい声も、全部全部全部……。
だってコハルが死ぬだなんて耐えられるわけがなかったから。守り切れなかった自分自身が情けなくて、何より許せなかったから。だから、僕は逃げてしまったんだ。夢の世界へ。コハルがまだ生きていて、笑いかけてくれる優しい世界へ。
でももうそれも限界なんだろう。
だってカズハは、僕をずっと待ってくれていたんだから。
前触れなくふわりと、暖かい南風が僕の背中を押した。
また風が吹き始めてきたようだ。
「もう……夏なんだな」
そう口にするとまた自然と涙が溢れてきた。
前を向かなきゃ。それがどんなにつらいことだとしても。
『ザザザザ……ザザ……』
突然カズハの音声が乱れて、雑音にかき消された。
予感があった。これが最後の別れなのだと。
そして予期した通りにぐにゃりと視界が歪んで、空が赤く染まった。黒い渦巻きが上空に浮かんでいる。赤い雨がまたしとしとと降り始めていた。
目の前にはいつの間にかコハルが立っていた。ほとんどボロ雑巾のようになった制服をかろうじて身体に引っ掛けながら、顔だけは太陽のような笑顔を僕に向けている。
「僕らの終わりが、来ちゃったんだな」
「うん、ごめんね」
「僕は……君を助けられなかった」
「いいの。嬉しかった」
「でも、ああ、つまり……首なしの少女はコハルだったんだな。夜の学校の時も、あれも君なんだろう? いつも助けに来てくれたんだ」
「うん、ユウ君のおかげで、私は身体を得ることができたんだよ」
「でも、もう終わりにしなきゃ」
「うん……。そうだね……」
寂しさに負けてしまいそうだった。消えないでくれ、と叫びそうになるのを必死にこらえながら、それでも気を抜けばその細い身体を引き寄せて抱きしめてしまいそうだった。
だけど、それじゃだめなんだ。僕がしなきゃいけないのはコハルに逃げるんじゃなくて、その消滅を受け入れること。
「ね、カズハちゃんを大事にしてあげて」
「うん。……カズハは?」
「カズハちゃんはまだ独りで戦っているよ」
カズハを助ける。それが僕がしなきゃいけないもう一つだ。そして僕こそ彼女に謝らなければいけない。
だってカズハは待ってくれていた。僕の
思えば、僕は無意識に邪悪に染まっていた。知っていたはずなのだから。カズハが災厄の一因だったって。僕が
「ユウ君、お別れだよ。でもきっと私はあなたの中で生き続ける」
コハルはそう言って、胸の中から握り拳大の丸い臓器を取り出した。
「生きて、私の分まで」
両手で差し出されたそれは、どくん、どくん、と一定のリズムで収縮を繰り返している。
僕はそれ喰った。その意味すら考えずに。何か考えたら頭の中がショートして弾け飛んで気が狂ってしまいそうだったから。込み上げる嗚咽も狂気も何もかもを飲み込んで見上げた時には、すでにコハルは赤い空に溶けていなくなってしまっていた。
「ああああああああああああああああ――」
だけど同時に血脈の中で異質な何かが駆け巡っているのを感じていた。胸の奥から指先に至るまで、僕のありとあらゆる部位が違う何かに書き換えられていく。
「――うがああああっ!!」
突き動かされるまま、ありったけの腕の力を振り絞った。それだけで僕の腕は自由を取り戻す。ずっと束縛していた金属の鎖が、まるで飴細工みたいに破断していった。
両腕を交互にさすりながら僕は実感していた。今の僕は、元の世界の法則から、あらゆる
ゴムボートの上から一歩、水面に片足を踏み出した。何の躊躇もなくもう片方も隣へ運ぶ。僕は沈むことなく水面の上に直立していた。
コハルのこと、簡単に割り切るなんてできない。できるわけがない。忘れるなんてもっての外だ。だけど、僕は前を向くって決めたんだから。
その想いが過去の弱さを振りほどきながらのど奥にこみ上がって、僕の唇を揺り動かした。
「カズハ」
理屈は全くわからない。どういうわけか、彼女が今どこにいるのかを僕の脳は正確に把握できていた。
赤い水面の上を水飛沫をあげて走り出す。今なら音よりも
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