ラ・ウール防衛組~ リドル・ドール ~
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お絵描きをして遊びたいけれど、
私には鉛筆も絵具もクレヨンもないの
積み木をつんで遊びたいけれど、
この部屋には木切れの一つだって落ちてないの
絵本を読んで遊びたいけれど、
そもそも私は字が読めないの
お人形で遊びたいけれど、
そもそも私がお人形なの
ねぇ
それなら私は、何をして遊べばいいのかしら?
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相変わらず、そこの戦場で繰り広げられる戦いは、他の場所と比べて趣がだいぶ違っていた。
「きゃははははははぁぁぁ♪♪」
「きゃははははははぁぁぁ♪♪」
夜闇を味方につけた獣の狩りのような静けさもなく。
その空を赤黒く染め上げた老人の呪いのような禍々しさもなく。
「踊って、唄って、笑って、くるくる回るぅ~♪」
「ちぎって、潰れて、焼かれて、のたうち回るぅ~♪」
何もかもを諦めた男と、まだ堕ちていないのだと諭す男が意地と意地とをぶつけ合ったような熱力もなく。
復讐にだけ生きてきた漢と、それを真っ向から受け止めた漢が織りなした高度な斬り合いのような鮮やかさもなく。
「キラキラのフワフワのサッラサラ~♪」
「メタメタのズタズタのボッロボロ~♪」
高慢な性格とそれを増長させる並外れた才覚から、己こそが当代一の魔術師だと自負していたプライドをこれでもかというほどに引き裂かれ、唯一愛した男にも結局振り向いてもらえず、それでも最後の最後に何一つ取り繕うことのない満足気な微笑みを浮かべていた現代の魔女のような潔さもなく。
ただの一撃、ただ最小限の力だけで器の違いを見せつけ、倒した相手の死に顔を眺めもせずにさっさと踵を返した様は冷徹で傲慢。
しかしながら、それは現代の魔女が人生を賭して自ら作り上げてきたペルソナへ最大限の敬意を示してのことだった……などと本人は決して認めはしないで飄々とお為ごかすであろう伝説の大魔女のような捻くれた慈悲深さもなく。
ラ・ウール王国の王城、その広い前庭で巻き起こっているのは、ようするに単なる殺戮。
「ほ~ら、みんながんばれがんばれぇ~♪」
「ほ~ら、みんな逃げて逃げてぇ~♪」
敵味方を問わずの暴走ならばまだ幾らか救いはあっただろう。
なにせこれは戦争だ。
血が通い、血をたぎらせ、実際に血が流される現実の戦争だ。
敵を倒すべく放たれた砲弾に味方が巻き込まれることも間々ある。
乱戦の中、振り抜いた剣が図らずも自軍の兵に当たってしまうこともまた無い話ではない。
もちろん、間違えましたごめんなさいでは済まないし、そんな味方のうっかりで殺されてしまおうものなら無念も無念、未練も未練。
死んでも死にきれず、ただ生者を恨んで漂い続ける悪質な地縛霊にでもなるのかもしれない。
……だが、これは違う。
「ピ、ピピピ、ガガガ、ガガガガ……」
「ぐうぇわぁぁぁぁ!!!」
「ち、畜生!!な、なんっ!!!!」
こんな死に、無念も未練も恨みつらみもあるものか。
「フ、フノウ、セイギョ、セイギョ、セイギョギョフフフフノノノノ……」
「や、やめ……」
「カロン様!カノン様!こ、こんな、うぎゃぁぁぁぁ!!!!」
無念を抱くにはあまりにも突然で。
未練を残すにはあまりにも唐突で。
まともな怨嗟をこぼすような間もなければ、誰が何で何の目的をもって自分たちの命を軒並み刈り取っていくのか全くわからないまま、彼らは非業の死を遂げていく。
「ぐわぁぁぁだって!! きゃははははぁぁぁ!!」
「うぎゃぁぁぁだって!!ぎゃははははぁぁぁ!!」
誰が?……二人の愛らしい少女が。
何で?……ラ・ウール側が防衛目的で投入した10体の機械人形で。
何の目的を持って?……特に理由も目的もなく。
一緒にラ・ウールの王宮に押し入った3千人弱の『革命の七人』の仲間を、楽しそうに蹂躙していく。
本当に、何の理由も、何の目的も、どのような大義名分も、どんな理想もなく、ただただ殺しの為の殺しを無邪気にこなしていく。
それでも、彼女たちを突き動かしている原動力は何なのかと問われれば……ムリヤリ何かしらこじつけられないこともない。
「楽しいね?面白いね?カノン?」
「愉しいよ?退屈だよ?カロン?」
「それじゃ、もっと面白くしないとね、カノン?」
「それじゃ、もっともっと殺さないとね、カロン?」
「「さぁさぁ、みんな。お人形遊びを続けましょう?」」
そう、これはあくまでも遊び。
カロン・エルロンとカノン・エルロンという双子の姉妹が、戦場という箱の中で人間という人形を使って愉快に興じる……。
もはや殺戮行為にすらならない、単なる児戯でしかなかったのだ。
☆★☆★☆
「ふぅぅぅ~~~~」
姉・カロンは額の汗を拭いながら実に満ち足りた溜息を吐いた。
「もう疲れちゃったのかしら?」
妹・カノンも汗を拭くような仕草をしながら姉に問いかけた。
「うーん、ちょっとだけね」
「ほら、そこの噴水の水を水筒に汲んできたから飲んで?少しだけ休みましょう?」
「噴水って……それ飲めるの?」
「ええ、大丈夫よ。さすがは『水の都』ラ・ウールね。こんなところの何でもない水でも帝都なんかよりよっぽどキレイだわ」
「そうじゃなくって、ほら、あそこ。死体がプカプカ浮かんでるよ?あんなロクにお風呂にも入ってなさそうな汚いオジサンの浸かった水なんて飲んだら、ボクきっとお腹壊しちゃう」
「前から思っていたのだけれど、アナタはいつだって少し潔癖的に過ぎると思うの」
「いや、フツーにバッチィじゃん。それにケッペキって言ったらカノンのほーだよ。ほら、ちょっとでも服に血が付くの嫌だからっていっつもビミョーに離れたところで戦ってるし」
「それはそういう戦術だからよ。カロンが前衛でワタシが後衛……アナタが殺し損ねた奴らをワタシが仕留める。潔癖症なくせに戦い方がいつまでも雑なアナタをフォローしてあげているのだから、ケチを付けられる謂れはないわ」
「ぶぅ……別にケチをつけてるわけじゃ……」
「それにね、安心なさい。この水はちゃんと湧き出ている源泉のところから汲んだものよ。……ワタシがアナタの害になるようなものを勧めるわけがないじゃない。ね?」
「……うん。そうだ。そうだったね、カノン!!」
「ふふふ、そうよ、とてもイイ返事。……ワタシはいつだって姉さんの為になることしか考えていないのだから……あ、ゆっくり。急がないでゆっくり飲むのよ?」
たとえば今が戦争中でなく、そこが戦場の真ん中でなく、見渡す限りに破壊の痕跡と死体の山が積まれていなければ、なんともほのぼのとした平和な日常の一風景となったことだろう。
カロンとカノン。
双子ということもあって、どちらの容姿も文字通り瓜二つ。
年のころは十代の初めというところ。
ちょうどギリギリで第二次性徴がやって来る前のまだ明確な性差が現れず、さりとて確かな女としての目覚めを予感させる、瑞々しくプックリと膨れた蕾の頃。
容姿は誰もが丁寧に作られた人形を第一に連想してしまうほど、不自然に自然の黄金律を保って美しく整い過ぎている。
櫛で梳きたてのように真っすぐに伸びた、白に近い仄かなスミレ色の長い髪。
いつでもキラキラと揺れている青みがかった瞳は空よりもむしろ凪の水面。
安易なたとえではあるが陶磁器よりも真っ白で、淡雪よりも儚げな透き通る肌が、同じくらい真っ白なワンピースの隙間から眩く覗いている。
華奢な矮躯、感情豊かな表情、あどけない仕草、舌足らずな口調を総じて鑑みれば、童話の中に出てくるその旺盛な好奇心のせいで不思議な物語に巻き込まれてしまう、少しお転婆で少しオシャマな少女そのもの。
そこに悪戯好きな困った性格と、わかりやい打算と愛らしい計算、さらに子供特有のまったく邪気の孕まない……それ故にいささか鋭くて加減を知らない残虐性を加えれば、それでエルロン姉妹の人となりは説明できるだろう。
「あ、カロン、少しだけジッとして。頬に血が付いているわ」
「ん……いたい、いたいよカノン」
普段はその子供っぽい言動と行動で大人たちを煙に巻くのを至上の悦びとしている姉妹。
見た目も口調も殆ど差異がないので見分けはつきにくく、二人で一人の人格を共有でもしているのではないかとよく疑われるが、こうして二人きりになった時には、互いが互いにそれぞれハッキリとした個性を出す。
「いいから。こいうのは乾く前に拭ってしまわないといけないわ」
「いーよ、別に。どうせまたすぐについちゃうから」
姉・カロンは周囲が認識している性格とそう大差ない。
あどけなさにしても、カラリとした明るさにしても大体はそのまま。
しかし、姉妹でいる時は、そのただでさえ幼い精神年齢がもう一段階ほど下がり、甘えたがりと寂しがりとが二段階ほど増長する。
「だーめ。大人しくなさい」
「もう……こんなのはこうやって……」
「またすぐそうやって横着する。いい、カロン?女の子がそんな風に返り血を手でグシグシこすっちゃダメよ。お手洗いに行った時も食事の時もそう。服で拭うのではなく、きちんとこうやってハンカチを使わなくちゃ」
「うるさいなぁ、カノンは。ボクの汚れなんだからボクの勝手だろ?」
「いいえ、違うわ。姉が下品だと双子の妹であるワタシまで品性を疑われてしまうもの」
「ちぇ……いいよ、もう好きにすればいいよ」
「いい子よ、姉さん」
カロンに比べて妹・カノンの変化は顕著だ。
もうお気づきかとは思うが、とにかく姉の世話を焼きたがる。
普段の子供らしさはどこへやら、声質は妙に低く大人び、口調もまたいっぱしの淑女のよう。
甲斐甲斐しく姉の頬をハンカチで拭いてあげる手つきは力強くも優しく、子供扱いされてふてくされる姉を見つめる視線はやれやれと思いつつとても生暖かい。
これではどちらが姉でどちらが妹かわからない。
それどころか、そうやって世話をしている関係性は姉妹というよりむしろ母娘。
はたしていつも外面として晒している子供らしさは演技なのか?
こちらの母性が爆発した人格が素であるのか?
ならばどうして、いつもは姉の真似のように無邪気に振舞っているのか?
それは当人同士……いや、もしかしたら当人にしかわからないことなのかもしれない。
「それにしても……」
と、妹・カノンはおもむろに呟く。
「ラ・ウールがこんな素敵なオモチャを用意していただなんて予想外だったわ」
「ギギギギ……」
「ガガガガ……」
そうして彼女が目を向けた先に立ち並ぶのは、2種10体のカカシ。
本来は魔術の教練、あるいは姫君の庭園の管理と警備の役目を仰せつかっていたのだが、開戦にあたり、製作者の意図もないがしろに悪鬼のごとき攻撃特化型なチューニングを施され、ラ・ウール防衛の切り札として戦場に投入された機械人形だ。
実際その活躍はめざましかった。
あえて隙間を作った結界の綻びから≪空間転移≫によって侵入してきた敵軍。
それを吹き飛ばす粒子砲。
斬り払うフォトンブレード。
焼き尽くすビームランチャー……。
超科学兵装を駆使して自軍が割と本気で引くくらい一方的に撃滅。
戦況もゲームバランスも世界観もその足代わりについたローラーで踏みにじり、縦横無尽に戦場をキュルキュル駆け巡る頼もしくも恐ろしい姿に、ラ・ウール王宮の司令部に詰めていた各員は勝利を確信した。
まぁ、色々とアレだけれども、これでこの戦場は大丈夫だと。
ホント、アレがアレでアレだけれども、ともかくラ・ウールは守られたのだと。
殆どの人間がホッと胸を撫で下ろした。
まさか、無敵のはずの機械人形たちにとって何よりも相性的に最悪の敵が『革命の七人』の中にいて、その敵がよりにもよってこちらに派遣されてくるという状況的にも最低最悪な事態が起ころうとは、悪夢にも正夢にも思わずに……。
「戦略としてはお粗末……と言ってしまっては酷かしら。敵軍に偶然≪
「ギギギギ……セイギョ、セイギョフノウ……」
「ガガガガ……カカカ、カク、カクメイノシチニンニニニ、シヲ、シヲ……」
「はいはい、『革命の七人』に死を、ね。十分アナタたちは職務を全うしているわ。……ただワタシたちに任せた方がよっぽど上手くやれるから、大人しく従っていなさいな」
そう優しく語り掛ける妹・カノンの言葉に、感情なき機械人形たちの目が悔しそうな色に輝いて見えたのは、あながち気のせいと言うわけでもない。
なにせ、こうして目の前に殲滅対象である『革命の七人』の構成員が呑気に休憩しているというのに動くこともできないばかりか、まるでその少女達を守るかのようにグルリと囲まされているのだ。
重大なエラーやバグの集積……つまりは忸怩たる思い、端的に言えばストレスが溜まるのは必然だろう。
≪
字面の通り、人形を自らの意思でもって手足のように操る術者の総称である。
その定義は縦にも横にも幅広い。
縦としてはその操る手法の違い。
エルロン姉妹のように、魔力で編んだ糸のようなものを繋いで操り人形の要領で動かす『有線型』。
内蔵させた術式に魔力を送って遠隔操作する『無線型』。
天才魔道具技師たるアルルが採用したのは簡単な行動パターンを術式としてプログラミングし、それを状況に応じて繰り返させる『自立駆動型』。
その『自立駆動型』を極めた先にある発展系として、人形自体が思考し、学習し、行動へと反映させられるだけの知能を有した……≪
大まかに言えばこの四つの系統に分類されるが、術者の大半の主流は前の二つ。
あとの二つは、どちらかと言えば人形そのもののスペックに偏った、術師と言うよりは技師の側面を持つだろうか。
そして横の定義……それは縦以上に裾野が広い。
なにせ人形に限らず、縫いぐるみ、刃物、食器、鉄、ガラス、陶磁器、岩塊、などなどなど……とにかく世に蔓延る無機物全般を自在に操る者もまた、≪
肝となるのが、この無機物というところ。
少しでも生命として、生物としての魂たる魔素が含まれる有機物であれば小動物や昆虫や細菌類に至るまでまったくの無力ではある。
反面で、魂なきこの世のあらゆる無機物……どれだけ山のように巨大な岩でも未知の宇宙金属でも、術者の技量云々はともかく原理としては簡単に掌中へおさめることができるわけだ。
人の形にこだわることのないその節操のなさは、むしろ≪無生物遣い≫と称した方が正しいのかもしれないが、因習として彼ら・彼女らの呼び名は≪
それがたとえ生物でなくとも己が魔力で何かを屈服させて自在に操作する
「おそらくはそれなりに優秀な軍師がいるのでしょう……」
妹・カノンは言葉に出しながら思考を続ける。
「けれど、それ故に偶然だとかの不確定要素を極力排除した、一点特化の最善よりも広く浅い最良の戦術を練りがち。不測の事態に対する対処法は当然幾つも備えていたとしても、ここまで相手に都合の良すぎる展開へ転がるイレギュラーは、優秀であればあるほど思いもつかないでしょうね。……まぁ、そもそもウチの軍師様が普段から何を考えているかまったく読めない食わせものだから、こっちもどこまで読んでワタシたちをラ・ウールへ向かわせたのかはわからないのだけれど……」
「よーし、きゅーけー終わりっ!!」
容姿に似合わぬ大人顔負けのカノンの思考作業を断ち切るように、姉・カロンはピョンと元気に立ち上がる。
「もういいの、姉さん?」
考えごとを邪魔されたことに全く怒ることもなく、柔和な声で妹・カノンは語り掛ける。
「予想外に手に入った素敵なオモチャのおかげで、そんなに急がなくても、ワタシたちのお仕事は簡単に終わりそうよ?」
「うん、そーだね、カノン。でも休むのも飽きちゃった。そろそろまた遊びたいなぁ~」
「ええ、そうね、そうしましょう。アナタが遊びたいのならそうしましょうか、カロン」
「あーでも、ちょっとヒト、減っちゃった??」
姉・カロンは手近なカカシの上にまたがり、肩車の要領で辺りを見渡す。
そこにはあちこちに破壊の爪痕と無残な死に様を晒して物言わぬ肉塊とかした死体が散らばろうとも、まだ壮麗さを維持し続けるラ・ウール王宮の前庭が横たわり。
呆然と立ち尽くしたり、打ちひしがれて膝をついたり、ケラケラと笑って正気を失ったり、辛うじて息のあるケガ人をどうにか助けようと治療したりする『革命の七人』の構成員たちの人いきれで溢れていた。
しかし、その数は侵入当初の3千人弱よりは明らかに減っている。
「仕方がないわね。たくさん殺してしまったもの。……それに懸命な判断力と幾らかでもまともな知性を持った者ならば、今の自分たちの立場が一体なんであるのかすぐに気づいてさっさと逃げているでしょうし……」
その言葉通り、庭に残っているグループとは別に、脇目もふらず外に出ようとする一群が、まるで一つの川の流れのように城門へと続く道に人波を作っている。
「せっかくデレク様がボクたちの為に用意してくれた遊び相手だっていうのに、逃げちゃうだなんてムカつく」
「ええ、そうね。単なるお人形の分際で勝手に動き回るだなんてムカつくわ」
「どうしようか、カノン?」
「どうしたいかしら、カロン?」
「もちろん……逃がすわけないよね!!」
「ええ、そうね。そうしましょう。決して彼らを逃がしてはいけないわ」
姉・カロンが勢いよく両手を伸ばす。
妹・カノンも後に続くように静かに両手を伸ばす。
「ギギギギギギギ……」
「ガガガガガ、ガガガガガ……」
彼女たちに釣られるように、それまで整列していた10体の機械人形たちが動き出す。
その人形たちの再稼働に、今しがた植え付けられたばかりのトラウマが刺激されて震え上がる、『革命の七人』の生き残りたち。
「いくよ、カノン?」
「いきましょう、カロン?」
「「楽しく、愉しく、
『塵は塵に散り散りに、返す返すも変わり還る……』
サク……
「うん?」
「ん?」
それは、静かに響く誰かの声。
『一夜一夜に一所、千夜一夜に人見ごろ……』
サク……サク……サク、サク……
「ギギギ?」
「ガガガ?」
それは、静かに熱く、冷たく荒い、誰かの感情。
『炎は暗く仄暗く、
サク、サク、サクサクサク……
「なに、これ?」
「……影縫い……そして魔術詠唱?」
それは、魔力を帯びたクナイの投擲と、物語を秘めた言の葉の連なり。
『
ゆらりゆらり、
ぬらりぬらり……
機械人形10体の影法師へと刺さったクナイから、ゆらり、ぬらりと暗い影が伸び、人形たちの体を這い上がっていく。
「え?え?なに?なに??」
「……っ!!」
その不吉さを孕んだ影に対処すべく動いたのは妹・カノン。
自身の指から伸びた魔力の糸を手繰って干渉し、どうにか自分の持ち分である5体だけでもその場から離脱させようとする。
……しかし。
「っつ!!動かないっ!?……制御が上書きされてる?」
自動人形の体を侵食する影にカノンの糸による干渉が阻害され、操ることができない。
ゆらりゆらり、
ぬらりぬらり……
「か、カノン!なに?何なのアレ!?」
影はゆっくりと、しかし着実に人形たちの心臓部……外殻に隠された核となる部分をも侵していく。
≪
彼らの多くが魔力で糸を紡いで無機物を操るとは言ったが、それではその魔力を糸とするとはそもそも何なのか?
文字通りに、自身の魔力炉で生成した魔力を概念的にも見た目的にも細い糸状に加工することだ。
繊細な作業と豊富な魔力がなければ成り立たないが、出力の調整や形の形成を成すだけの単純な手順。
たとえばヒイラギ・キョウスケやモリグチ・トオルの作り出す光剣が良い例だろう。
そして、そこに出力した魔力には必ず属性がつく。
なにせ、それは結局のところ血縁関係も遺伝も介入する余地のない、当人がそれぞれ固有に持ちうる魔力炉から生み出された当人固有の魔力であるので、無色であるはずの魔力が生成の過程で何某かの色を帯びてしまうのは必然だ。
ヒイラギ・キョウスケの剣が『雷』属性の青白い光であったように。
モリグチ・トオルの剣が『風』属性の薄緑の光であったように……。
エルロン姉妹の糸は黒い輝き。
常闇を思わせる深い深い黒色、『黒冥』の属性に染まった魔力の瞬きだ。
炎、水、土、風、雷の五大属性とはまた毛色の違う二属性、『白光』と『黒冥』。
人によっては他の属性の上位互換だとか『魔法』の下位互換だとかいう考えもあるほど、より奇跡に近づいた高等魔術が多く、反面で適合者が圧倒的に少ない稀有な魔術属性。
それを双子の姉妹が同時に持つということは更なるレアケースであるのはもちろんなのだが、それを上回る、≪
「――というわけで、よろしくお願いします」
右手の指をこめかみに当て、どこかに『白光』属性の魔術≪テレ・パス≫で送る念話の内容をあえて口にしながら。
「――ええ、私はこれから少し忙しくなりますので、あとはそちらでご判断を……」
左の手のひらを前に掲げ、前方でもがく機械人形たちを『黒冥』の魔術で縛るなどという、対極にあるハズの魔属性を同時に使いこなす麗しき才女が、ラ・ウール王国王室近衛騎士団には存在する。
『沈めて鎮め……≪ダイ・ドリーマーズ・ハイ≫』
グッ!!
パァァァァァァァァァンンンンン!!!!
「「「「「ギ……(プスン)」」」」」
「「「「「ガガ……(プスン)」」」」」
術者が魔術名を唱えながら左の拳を握り込んだ瞬間、自身の内側から盛大な破裂音を響かせ、自動人形たちの機能が一斉に停止する。
「「なっ!?」」
「――は?何をするか?……決まっているじゃないですか」
……それでも、彼女の表情は変わらない。
エルロン姉妹が驚愕の表情を浮かべるのにも、即死系の高位魔術が完璧に炸裂したのにも一切表情は変わらない。
「――オイタの過ぎるお子様たちに……」
『白光』と『黒冥』、光と闇、金と黒、優しさと残酷さ。
そんな二律背反をぶつけ合うことなく。
そんな二面性を両立させるだけにとどまらず。
その熱量をもって互いにより高みへと昇華させたラ・ウール王国の軍師。
≪戦場の麗人≫・アンナベル=ベルベットが、その二つ名の指す通りの華麗な佇まいと……。
「……少々きつめのお仕置きをするんですよ」
冷酷な眼差しを携えて、ついに戦場へと降り立った。
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