帝都組~ ウィッチズ・パーティー(後) ~

 「お前……」


 「リリーたん、健っ在っ!!(きゅぴーん☆)」


 緻密な刺繍のあしらわれた日傘をクルクルと回しながら、逆の手で得意の横ピースを得意顔で披露する幼女に、メイリーンは目を見開く。


 「な、なんで……確かに殺したのに……」


 「しかし、健在な現在!!(きゅぴぴーん☆)」


 累計で数十本にも及ぶ石杭によって、顔も口も鼻も首も腕も胸も腰も足も、皮も肉も骨も神経も内臓も刺し貫かれて絶命した命。


 肉片の一つ、髪の毛の一本すらも残さずにこの世から消え去ったはずのその幼き肢体が五体満足、十全のまま、本人の言葉を借りれば無垢な幼子の透き通る肌色も健在なままにポーズを決めている。


 「再生……した?あらかじめ自己修復術式を組んでいた??」


 「にょっほっほ。混乱しとるのぉ。それなんてリレ〇ズ?って感じの顔じゃ」


 「いえ、それにしたって……あれだけ微塵切りにされたらどんなに強力な魔術だって追い付かない……」


 「顕在化する健在な現在に頭が限界で万歳??(Yeah♪チェゲラ♪)」


 「くっ!!!≪ブレード・クォーツ≫!!」



 シュウィィィィンンンン!!



 韻を踏んだ風な下手くそなラップ調というか、ダジャレにすらならない言葉遊びも取り合わずにメイリーンは腕を振り、魔術で発現させた『水晶』の刃を斬撃として飛ばす。


 「およ」


 呑気に構える幼女の体を一刀のもとに両断せんと肉薄する凶刃。


 帝国への復讐に燃えた男が生涯を賭けて磨き上げた居合いのごとき鋭さで放たれた無色透明な刃の前に、脆弱な幼子の肢体など、為すすべもなく上と下とに分かたれてしまうだろう。


 ……さらに。


 「≪バレット・クォーツ≫!!」


 

 ダダダダダダダダダダダダッッッ!!



 追い打つに放たれるのは、こちらも『水晶』でできた銃弾。


 一粒の直径が最大箇所で11ミリと少しというところ。


 拳銃の口径でいえば45口径という大振りなものから飛び出してくるような、只でさえ凶悪極まりない銃弾が、機関銃のような連射性をもって嵐のように掃射される。


 「死なないって言うならもう一度……死ぬまで殺し尽くしてあげるわっ!!!」


 「おーこわいこわい。病んだオナゴがヒスることほどおっかないものは……」


  黒衣の幼女の軽口を『水晶』たちは最後まで言わせない。


 

 ジャキィィィィンン!!

  ズダダダダダダダダダダダダダ!!!


 それは予想から寸分も違わない光景。


 斬撃は幼女をスッパリと二つに割断し、間を置かず、浮き上がった半身それぞれへと銃弾が雨あられのように着弾、細切れに細切れを重ねて細胞単位で破壊していく。



 ――とった!!



 メイリーンは確信する。


 先ほどは雑念に気をやって見向きもしなかったが、今度は明確に、自身の込めた殺意が完璧に相手へと通った感触を感じ取った。


 魔術を通じて伝わる死の手触り。


 生命を生命たらしめている魂ないし魔素が弾けて消えていく手応え。


 仕事による公的なものでも、戯れ混じりの私的なものでも、もう何十回、何百回と積み重ねてきた殺しの経験がはっきりと告げる勝利への確信。


 そして、なにより。


 またどんな不可解が入り込んでくるとも限らないと、瞬きもせずに正面を睨みつけた目に写るのは、『水晶』にされるがままに散らされていく無垢な柔肌。


 その残酷で容赦のない一方的な蹂躙から、あらゆる意味で救いなど見つけられようもなかった。



 ――結局、アレはなんだったのかしら。



 少しだけ……ほんの少しだけ驚きはしたものの。


 終わってみればいつもと変わらず圧倒的な優位を保ったままに敵を屠ることで幕を閉じた戦い。


 しかし、ちょっとだけ……本当にちょっとだけ冷や汗をかかされた。


 この傲慢な女にあって、そんな相手に敬意を払ったからというわけではもちろんなかったが、メイリーンは珍しく、もうこの世から跡形もなく消え去った、妙な雰囲気を持つ幼女のことを考える。

 

 自動修復の術式にしても速度が異常過ぎる。


 あれだけの傷をあの早さで治すなんてありえない。


 もし仮に出来たとしても、単にそれは傷を治すだけ。


 体を無傷の状態に戻したところで確定した『死』という事象は覆らない。


 けれど、幼女は生きていた。


 生きて活き活きと、益体のない軽口を弁じていた。



 ――……あれはもう修復ではなくて蘇生の類。



 『魔術』ではなく『魔法』の領域。


 死者がどんな例外も許ささず取り巻かれる『死』という理をそっくりなかったことにして蘇らせる、単純かつわかりやすい、まさしく奇跡の業。



 ――……いや、ない。それはあり得ない。



 ラ・ウールなんて時代遅れの辺境国の、名前も知らない一魔術師が……そもそも不気味ではあれあんな年端もいかない幼女が魔法を使えるだなんてあり得ようはずもない。


 発動するだけでどれくらい魔力を消費すると思っている?

  術式を展開するだけでどれだけの処理能力が必要だと思っている?


 それ以前に≪死者蘇生≫などという魔法は存在しない。


 すべての魔術・魔法の祖であるリリラ=リリス=リリラルルは、そんなものを理論の一文、詠唱の一節、概念の一欠片すらも残さなかった。


 世界各地で悪逆の限りを尽くし、覇王・ドラゴンよりもまだ古の時代に人々を震え上がらせた、人類史上……否、世界史上、最初の伝説にして最悪の魔王・リリラ=リリス=リリラルル。


 溢れるほどの敬愛と、濡れそぼるほどの情愛を抱くデレク・カッサンドラという最高の男とはまた別くくりの部分で、実は密やかに対抗意識というある種のひねくれた敬意を抱いている、かの大魔女ですら破ることが叶わなかった『死』、そして『生』という理。


 あんなガキんちょがどうこうできるわけもないのだ。


 

 ――……なら、奇跡ではなくとも奇跡の真似事なら?



 幸いというか、それならば心当たりがないわけでもない。


 非人間的なまでの性格破綻者であると同時に、比肩する者のいない非凡な魔術の才を持つメイリーンの頭の中の索引に、幾つかそれらしい術式が引っかかる。


 たとえば、現在、組織として共闘関係にあるドラゴノア教団の教祖。


 あの初対面から男という性以前に、人間的な部分で生理的嫌悪しか抱けないでいる枯れ木のような老父が扱う、古の呪術の一つを独自にアレンジした≪沼人間スワンプマン≫。


 彼は、他人の魂と自分の体の一部や魔力を注ぐことで複製体コピー……いや、本人の複写体クローンである泥人形を作り出せる。


 それは至極限定的ではあれども、大まかにくくれば不死性の獲得とも言えるだろう。


 もちろん理論上、本体であるノックス・ヘヴンリー自身が不死身になったわけではないので、彼が死んでしまえばそこで終わる。


 しかし、あのドラゴン狂いの老父はその理論を逆手に取った。


『唯一の弱点が本体であるならば、本体を失くしてしまえば無敵ではないか』と。


 その結論に至るだけでも相当なものであるのに、即日中に何の躊躇いもなく肉体を放棄してしまった思考はただただ狂気。


 違うところといえば肉の代わりに気色の悪い泥が体組織を形成しているくらいな、記憶も性質も本人とまったく同一の個体へと魂ごと自身を移すことに成功した。


 実行した時の年齢である六十代の後半で姿形は固定されてしまったが、それ以上に老いることも朽ちることもない肉体。


 しかも、そんな入れ物さえあれば幾らでも魂を移動させて半永久的に稼働が可能であるあの狂人のそれは、倫理やら矜持やら何やらを度外視すれば、やはり不死と定義しても差し支えのない、まさに奇跡のような何かである。


 ……何より、当人がそれで満足している。


 ともすれば、学術的な見地ないし生物学的な分類などから鑑みれば、結局はただの泥の塊が人間のフリをして蠢いているだけなのかもしれない。


 しかし、自分は紛れもなくヒトであり、昔と変わらずノックス・ヘヴンリー本人なのだと主張して憚らない、その自意識を保つことがきる心の強さこそが、誰かを誰かとしてたらしめるのに一番重要な要素なのかもしれないと、メイリーン・サザンクライは不快感と皮肉を抱きつつ、そんな哲学にしばし耽ったものだ。



 ――……あの子供も、ノックスのジジィみたいな何かの術だったのかしらね。



 分身、空蝉うつせみ、身代わり、泥人形、クローン……。


 正体はこの際、何でもいい。


 とにかく、あれは死を越えた『魔法』による奇跡ではなく。


 タネも仕掛けも理屈も理論もある『魔術』による手品なのだ。


 その華麗な手際は素直に褒めよう。

 

 この≪S級≫魔術師である自分にも気づかせず、僅かにでも驚かせた業前だって認めよう。


 なるほど、愛しの首領閣下が『魔女』と呼んで一目置いただけのことはある。


 なるほどなるほど、あの歳であれだけの実力と色気があったなら、いずれは末恐ろしい……もしかしたら自分から本当に『魔女』の称号を奪い取るくらいの大魔術師になったかもしれない。


 「……だけど、もう無理。もう無理なのよお嬢ちゃん?」


 そこでまた、しばし鳴りを潜めていた傲慢な笑みがメイリーンの口元に浮かぶ。


 「だってもう、死んだもの。もう何をしたってどんな術を使ったって無理だもの。これだけ体を粉微塵にしてしまえば自動修復の術式も粉々。たとえジジィみたいな変わり身を使っていたって、『水晶』に魔力炉を概念的に腐敗させる『毒』の術式を一緒に編み込んでいたのよ。それは意識共有のために個体同士を繋いでいる魔力路のパスを通じて、本体にも別個体にも余さず伝播するわ。……そうなったらもう、貴女は二度と魔力を練ることもできなければ、魔術を行使することもできなくなるでしょう。そう、どんな奇跡的な何かも、簡単な手品すらもできなくなる。……つまり、二度と復活することは叶わないということなのよ!!」


 そのニヤリとした笑みの、なんと加虐的なことか。


 およそ、まともな妙齢の女性ならば浮かべてはいけないと自戒するほどに、グニャリと禍々しく歪みきった笑顔。


 ただそれが、控えめに言っても実に美しくて妖艶で、様になってしまうのがメイリーン・サザンクライという女。


 彼女の本質は、やはり誰かを蔑み、貶め、卑下することでこれでもかというくらいに活き活きと現れる。


 だからこそ、先ほどの驚愕や恐怖、混乱の色に染まった顔は似合わない。


 「今度こそ本当に終わり……私が一番の魔術師……私こそがこの世で唯一、『魔女』という呼び名に相応しい存在なのよぉぉぉぉぉ!!!!」


 「……という夢を見たんじゃろ?」


 「…………は?」


 だからこそ、こんな呆けた顔も似合わない。


 「………………は?」


 だからこそ……こんな間の抜けた顔は、控えめに言って、とてもとても不細工なものだった。

 



 「ふむ、お主の扱うそれは『鉱物魔術』とかいうやつかの?鉱石や宝石の形を自由に変えたり、大気や大地に存在する元素を結合させて鉱物を精製したりする」


 幼女は何食わぬ顔で、そこにいた。


 「土属性の派生……いや、我が作った魔術を時代を跨いで進化させた発展形か。にゃるほどにゃるほど~なかなかに面白い。近代にできた新しい魔術も、ここまでくればもはや立派な一魔術系統じゃな。うんうん、そーゆー後進の頑張り?みたいなもんを垣間見れて、我は嬉しいのじゃ」


 「あ……う……」


 まるで場面の焼き増し。


 なんだか、うんうんと感慨に耽っている幼女。


 あまりの衝撃からヒクヒクと口元の笑みだけを残して絶句する痴女。


 より破壊が進んで、元の華美さが見る影もなくなった玉座の間。


 そんな細部がアチコチ違ってはいても、漂う空気感や目に見えぬ優位性、立ち位置の構図などは、幼女が一度目に復活した時とまるで同じ。


 ただし、そのメイリーンから醸し出される悲壮な空気はより沈み、幼女が握ったイニシアティブはより確実性を増してはいたが。


 「それにしても、お主。見た目の派手さの割に随分と地味な魔術を使うもんじゃな?」


 「っっつ!!」


 「ただでさえ土属性持ちというだけでなんだか泥臭いのに、なんじゃ、あの瑪瑙であったり無色の水晶であったりと。これがルビーだサファイアだアメジストだのという色味のある宝石ならばまだしも、彩色の乏しい地っ味ぃな鉱石って。しかも杭?銃弾?実用性一辺倒で華やかさに欠けるものばっかりじゃ」


 「な、に……」


 「あーあれか?まぁ、魔術の系統とは割と術者の内面……本質よりもまだ深いところにあるいわばその者の在り方に依存するところが多いからのぉ。そんなモッサリカールな茶髪も、ゴテゴテ塗りたくった化粧も、おっぱいを半分放り投げているような着崩しも、高圧的なイケイケな態度も、実は根暗でイモくさいお主の本当の根っこへの反発心から来とるんじゃないか?」


 「う、うるさ……」


 「ほれ、随分と目の敵にしているらしいお主のところの副官に対する当たりの強さも、単なる同族嫌悪、まるで鏡映しで自分を見ている気がしてムカツクとかなんじゃろ?」


 「っっっっ!!!!!」


 煽る、煽る、黒衣の幼女。


 「あ、怒った?怒っちゃった?図星を指摘されてオコですかぁ?」


 煽る、いじる、不死の幼女。


 「ねぇ、どんな気分?ヒスって滅茶苦茶に魔術を放って、殺したぁとか、私が一番よぉとか、うふふぅとかドヤってた相手が全然無傷で生きてて今どんな気分?しかもしかも、その相手に散々バカにされて、色々と見抜かれて、顔真っ赤にするくらい怒ってるけどもう絶対コイツには敵わないから言い返すこともやり返すこともできずにいる自分の無力さを感じている気分はどーですかぁぁ??」


 笑う、嗤う、嘲る、侮る、伝説の大魔女。


 「だまれぇぇぇ!!!」


 

 シュウィィィィンンンン!!


 

 苦し紛れというよりは、もう幼女が言葉を発する毎に自分が貶められていくことが我慢できないといった風に放たれる『水晶』の刃。


 子供一人を殺める殺傷力という点では遜色のない一撃ではあるが、魔力もイメージの練り上げも半端な出来損ないの刃。


 「もう、それはいいのじゃ」


 パリン


 しかし、さすがに指先一つで止められ、砕かれていいものではない。


 「っ!な、なん……」


 「言葉もないか。ま、元来ドSという生き物は、得てして打たれ弱いもの。じゃがの、生粋にして本物、怒級のサドというものは、案外ドMの悦びにも理解があるもんなんじゃよ。こんなに幸せな痛みなんだからアナタもきっと気に入るハズよぉ~とか言いながらの。……かくいう我なんかはそれの典型じゃな。なにせ、ほれ……」


 ニタリ……。


 「ひぃっ!!」


 「何度も殺されたこの快感、余すことなくお主にも分け与えてやろうと思っとるからのぉ」


 その笑みは、さながら終末の空にかかった赤い三日月。


 不吉で不気味で不穏な明日を予言するドス黒き赤。


 悪意?殺意?……否、そんなものだけでは言い表せない。


 希望など最初から入っていなかったパンドラの箱をひっくり返したというか。


 あらゆる悪徳を煮詰めて焦がして鍋の底にへばりついた何かを固めて寝かせて腐らせたというか。


 ともかくメイリーンには、この小さな幼女の体がまるで人間の形を象った『伏魔殿パンデモニウム』か何かのようにしか思えてならない。


 その笑みという形で開かれた口から、どれほどの数の悪魔の軍勢が溢れ出て自分を犯し尽くすのだろうと想像し、ガクガクと全身が震えてしまう。


 「……まぁ、なんじゃ。面白い物を見せてもらって感謝しているのも本当じゃよ」


 口から出たのは、醜悪な悪魔ではなく、以外にも心からの感謝の言葉。


 だからと言って醸し出される不穏当さには何一つ変化はない。


 「そんなわけで一つタネ明かしじゃ。……ほれ(きゅぴーん☆)」


 「……は?」


 これもまた、空気にはそぐわないなんとも可愛らしい横ピース。


 張り付いた笑みも相変わらずであるので、そこだけ切り取れば本当にただ人懐っこい女の子が愛想を振りまいているようにしか見えないわけなのだが……。


 ゴーン、ゴーン、ゴーン……


 「……え?」


 どこからともなく、聞こえてくる鐘の音。


 ゴーン、ゴーン、ゴーン……


 耳ではなく、頭でもなく、意識の中にスルリと入り込んでくる鐘の音。


 「こっちじゃこっち。よく見てみるのじゃ」


 そう促され、誘われ、導かれて、メイリーンは自然に幼女が示す『こっち』へと視線を送る。


 ……そこは、左目。


 「お主には何が見える?」


 「目……じゃない?……え?時計?……と……鐘??」

 

 ゴーン、ゴーン、ゴーン……


 メイリーンが見た、黒衣の幼女の左目。


 本来であるならば、髪や装い、性格や腹中と同じように黒々としている彼女の瞳。


 しかし今、その色は赤。


 不吉で不気味で不穏な何かを象徴しているようなドス黒き赤。


 そして、そこにはめ込まれているのはもう瞳ですらない。


 紋様……なのだろうか。


 数字のようで数字でない、けれどやっぱり数字としか言い表せられない不思議な書体の文字が描かれた基盤。


 長針、短針、秒針の役割を持つらしい三本の針。


 チクタク、カチカチと鳴るゼンマイ。


 とりあえず、造形は時計。


 ただし、その時計が刻むものまでがきちんと時間であるのかどうかまでは判別できない、言い知れぬ怪しさが満載だ。


 そんな瞳のまん真ん中。


 瞳で言えばちょうど黒目に当たる部分。


 三本の針の支点となる要の裏側に、もう一つ透けて見える装飾がある。


 ……それは鐘。


 いわゆる教会や、街の広場の塔の上に備え付けられた釣り型の鐘。


 時計という概念を持たない者は街中に響き渡るその荘厳な鐘の音を指針にして、神に祈りを捧げたり、仕事の手を休めて昼食を食べたり、家に帰宅したりと、生活にメリハリをつける。


 時間そのものを告げるというよりは、ある時間とある時間を明確に区切る境界線を引くような役目を担うものだろうか。


 こうしている今も、その鐘は一定のリズムを保ってゆっくりと揺れ、何かの始まりと終わりを厳かに、重々しく世界へと投げかけている。


 ゴーン、ゴーン、ゴーン……


 時計と鐘。


 どちらも時間を厳格に司るもの。

  どちらも人間を静かに支配するもの。


 ……どちらも、本来はヒトの瞳の中に存在していてはおかしいもの。


 ゴーン、ゴーン、ゴーン……



 「ま、まさか……『魔眼まがん』だとでも言うの?」


 「ご名答じゃ。にょっほっほ~」


 メイリーンが今日一番の驚きと絶望を込めて呟いた言葉に、黒衣の幼女は今日一番の軽薄さと愉悦のこもった笑い声を上げる。


 「コイツな?実は二重構造になっておるんじゃよ。合わせ鏡のように向かい合うこの『魔眼まがん』が互いに互いの力をぶつけ合うことで、際限なく力を増幅しとるんじゃ」


 「あ……あああ……」


 「これ見よがしに我が何度も横ピースをして露骨に伏線を張っておったわけじゃが、気づかんかったか?……そうじゃよ、伏線じゃよ伏線。類まれなるストーリーテリングじゃよ。決して可愛い子ぶってあざとく媚びていたわけではないんじゃよ。いや、ホントホント。マジマジ」

 

 魔術の発動には基本的に詠唱という形で術式を展開する必要がある。


 文字、言葉、想像力……そういったものを一つのまとまった情報、パッケージングして圧縮したものが術式であり、その殆どが魔術陣という円環の方陣を象っている。


 必然、高度で複雑な魔術ほど情報量は多くなり、情報量が多ければその分だけ方陣も大きくなり、読み込み……つまりは発動までに時間を要してしまう。


 その情報を限定、要点だけを押さえて発動時間を短縮したのが、いわゆる≪早撃ちクイックドロー≫と呼ばれるもの。


 威力こそ落ちるが、単純に魔力の装填、術名の詠唱という二工程だけを経れば発動できる、魔術の初歩の初歩にして基本中の基本である。


 ちなみにその初歩をさらに突き詰め、極めたところにあるのが≪無詠唱クリアドロー≫。


 弾を込め、トリガーを引くというのが≪早撃ちクイックドロー≫であるならば。


 純粋に弾だけを打ち出すのが≪無詠唱クリアドロー≫。


 ようするに本来別物であるはずの弾とトリガーを一緒に混ぜてしまうという、本物の拳銃ならば物理的にまずあり得ない加工を施すわけだ。


 もちろん、銃のたとえは比喩表現であるので、思い切り概念的な存在である魔術だからこそ可能な魔改造と言えるだろう。


 二工程の手間をかけることさえ惜しんで限界まで削り取られた一工程のアクション。


 それはただ工程をひとつ飛ばしにしたという字面以上に実は難しいもので、溢れた情報の中から必要なものとそうでないものを取捨選択できるだけの深い見識と、より緻密で繊細な魔力運用、なにより術式への完璧な理解がなければ、方陣は途端に瓦解して不発のまま終わってしまう。


 並みの魔術師では到底そんな細やかな作業はできず、使い手は自然に限られてくる。


 伝説の大魔女たる黒衣の幼女は当然として、≪S級≫号のメイリーン・サザンクライもその数少ない使い手の中に入る。


 あと馴染みの面子で言えば、ラ・ウール王国が誇る才女、『白光』・『黒冥』という二つの魔属性を持つアンナベル=ベルベットくらいだろうか。


 あらゆる魔属性に対応した天才、アルル=シルヴァリナ=ラ・ウールにも扱えない。


 ≪空間転移≫の大魔術を使える『革命の七人』の参謀、ネクラス・ボーングラフにも扱えない。


 もうそれ以上は削れない。


 もう突き詰めようもないところまで突き詰められ、磨きあげられた末に行き止まる一工程の魔術行使技術。


 『一』を更に洗練し、研磨してみたところで、その先には術式自体が霧散してしまうという本末転倒しか待ち受けてはいない。


 ……しかしながら、大昔。

  具体的には今から二千年ほど前の昔。


 それは単なる『無』ではなく、『零』が生まれるのだというなんとも屁理屈めいた、穿った考えに至った一人のひねくれ者がいた。


 「あのリリラ=リリス=リリラルルが提唱した零工程の魔術行使……『魔眼まがん』ですって?」


 メイリーンの驚愕は、もはや純然たる恐怖となって声を震わせる。


 「魔力の装填も、引き金もいらない。……脳と魔力路を直結させた眼球に常時発動型の術式を刻み込むことで、相手を視認しただけで術中にからめとる、魔術の最小・最速行使方法……」


 「うむり。正確にはスイッチのオン・オフを意識的に切り替える必要があるので、重箱の隅をつつくようにネチネチ言えばまったくのゼロではないがな。……しかし、魔術的側面だけで述べるなら、確かに何一つとして手間はかけず、すべてがオートマチック。常に我の意思とは関係なくスタンドアロン状態で可動しておる」


 「あり得ない……あり得ない……どんな小さな術式でも、方陣を描き、指先や手の平などの体の一部を補助装置として利用せずに直接の術式展開なんてしたら、脳も眼も一瞬で焼き切れてしまうじゃない……」


 「随分と回りくどい説明じゃなぁ。フィルターなしのタバコ、絶縁体なしの電化製品、イン〇ル入ってないPCみたいなもんじゃ。……おっと、ツッコミ姫がいないのに≪現世界あらよ≫ネタはNGじゃな。誰も反応してくれなくて、なんかスベったみたいになっちゃう」


 「魔力だって常時、流し込み続けていればあっという間に枯渇してしまう。……所詮は実現不可能の机上の空論として遥か昔に衰退した技術を、お前みたいな小娘がどうして……」


 「たとえ空論だとしても論は論として既に成っているんじゃ。あとはそれをどう解釈し、咀嚼し、応用するかという当人の力量次第。無理だの不可能だの夢物語だのと言って見切りをつけてしまうことは簡単じゃが、その諦めこそが何よりも理論を殺し、明日の可能性を潰し、己が限界を勝手に定める最大の凶器となってしまう。……師、曰く、『諦めたらそこで試合終了ですよ』じゃ」


 「っつ!!そ、そんなものでっ!!」


 最後に付け加えられた師の言葉はよくわからなかったが、幼女の語る理屈のあまりの子供っぽさに、恐怖心や驚きが一気に怒りでもって上書きされたメイリーン。


 「諦めるな?理論が出来上がっているなら実現するまで頑張れ?……大人はねぇ、そんなに単純な理屈で動けるものじゃないのよっ!!限られた時間、限られた資金、限られた才能、限られたチャンス……そういった色んなしがらみの中で、色んなものをやり繰りしながら誰しもが魔術の更なる発展に向けて努力しなくちゃいけないの!!実現性も薄く、お金にもならず、誰のためにもならない自己満足のためだけに理論を追求し続ける輩だなんて……それこそ社会の歯車にもなれず、明日の可能性の足を引っ張るワガママな人間でしかないのよっ!!!」


 「……そう、誰かに言われたんじゃな、お主は?」


 「っっっつ!!」


 「にょっほっほ。なんじゃ、やっぱりお主、存外にオボコイのぉ」


 「うるさいっ!!」


 バッ!とメイリーンは激情に駆られるまま、いつの間にか両手の隙間すべてに挟み込んだ鉱石を、空中にバラ蒔く。


 「私は≪S級≫魔術師っ!!誰よりも才能があって、誰よりも誰よりも努力して勉強して、たくさんの時間を犠牲にして自分の技術や信じる理論を突き詰めてきたのっ!!」


 高い玉座の間の天井付近で旋回する合計八つの鉱石。


 これまで彼女が放った魔術と同様に、やはり色味のない無色透明。


 しかし、その無色たること一切の余分も汚れも混じらぬ生粋の無彩色。


 その透明たること澄んで、清んで、透かして、輝く、美しき透明の光。


 「綺麗じゃな……なんと無垢な輝きじゃ。……それがお主の本質か?」


 「そんなわけない!!私はメイリーン・サザンクライ!!この世に6人だけの選ばれし≪S級≫魔術師にして、現代の魔女っ!!伝説の悪女たるリリラ=リリス=リリラルルをも超える、悪徳と悪行と悪名の数々で凡人どもをねじ殺す大魔術師なのよっ!!」


 そんな露悪的な台詞とは裏腹に、彼女の魔術は穢れのない光を増長させる。


 石の一つ一つにそれぞれ特殊な文字を刻んで詠唱の代替とする、メイリーン・サザンクライの編みだした、『鉱物魔術』の最極端。


 まともに唱えれば、全部で八小節もの詠唱が必要となる大魔術ではあるが、それを彼女は≪早撃ちクイックドロー≫と同じ、二工程のアクションだけで発動可能になるまで簡略化を実現した。


 ……そう、それは。


 彼女自身の言葉を借りるならば、誰よりも才能と努力と時間を費やし、色々なもの……多くの大事だと思っていたものを犠牲にした上で形となった、いわばメイリーン・サザンクライという女の人生そのものを術式の中に組み込んだとも言える魔術だった。


 「『魔眼まがん』だか不死だか知らないわよっ!!お前が何度蘇ってこようとも、その度にまた殺してやるわっ!!……認めない……私のこれまでの積み重ねが……ロクな才能も実力もないくせに、ただ特殊な魔術を扱えるからっていうだけで私と肩を並べた気になって……私の魔術が地味だって見下してきたようなヤツらなんか絶対に認めないっ!!!!!」

 


 キュィィィィィィィンンンン!!


 

 八つの鉱石が音を立てて回る。


 無色透明な眩い光が無秩序に尾を引いて、一つの大きな大きな群れを形作る。


 それはまるで、南の夜空を駆け行く流星群。


 誰よりも何よりも輝きたいと願った一人の根暗な少女の願いとクライ嘆きを乗せた、流れ星。

 

 「≪ミーティア・ダイヤモンド≫ォォォォォ!!!!」



 ズドドドドドドドドドドッッッ!!!!


 『流星ミーティア』の名の通り、『金剛石ダイヤモンド』と称する通りに、ダイヤの星が堕ちてくる。


 もはや鉱物や鉱石などではなく、単なる白々とした光となった、メイリーン・サザンクライのすべてが黒衣の幼女に迫りくる。


 「もう一度……粉々になって死になさいっ!!!!」


 「だが断る」

 

 ゴーン、ゴーン、ゴーン……


 パッ、と幼女の頭上に何気なく掲げられた日傘。


 同時に広がるは、その石突きの先端から生まれ出でた淡い桃色の光。

 


 シュウィィィィィィィィィィィンンンン……


 

 どのような色も受け入れず、排除したような白と。

  どのような暴力も受け入れ、包み込むような優しい桃色がぶつかり合う。


 「なにっ!?」

 

 メイリーンが知る由もないが、その花弁のように羽を広げた桃色の蝶々は、かつて、圧倒的な熱量をほこるかの伝説のドラゴンの『破戒光線』ですらあっさりと防いだ幼女の守りの要、≪不死蝶ふしちょう≫。


 どれほど強力な破壊力を持った攻撃でも、自身が内包する物語のとおり、そのエネルギーごとユラユラ漂うどこか遠い別次元の世界へと一緒にかどわかしてしまう、名も無きひとひら。


 ……もちろん、それは。


 

 ポン



 たとえ誰かが己の生涯を賭して完成させた、乾坤一擲の一撃であったとしても例外ではない。


 「……そん……な……」


 「……同情はしないのじゃ」


 間の抜けた音を残し、二つの光がどんな破壊も誰の死ももたらさないまま消えていく光景に、メイリーンはガクリと膝をつく。


 「これが戦い。これが魔術戦。これが殺し合い。力強き者が、力弱き者を食い殺すだけの話。わかるじゃろ?そうやってお主はこれまでどれだけの弱者を食ってきた?その劣等感のヤスリで磨き続けた魔術で何人、何十人、何百人の人間を殺してきた?……同じじゃよ。お主の方が、我よりも弱かった、ただそれだけなんじゃよ」


 「…………」


 「聞こえておらん、か……」


 スッと、黒衣の幼女は左目に指を添える。


 それは先ほどのような愛らしい横ピースではなく、そっと目蓋を覆うような形だ。


 「同情も、憐憫も、哀切もない。……しかし、やはりもう一度感謝を送る。あの無垢なる白き流星に、我の目指した『魔道』が正しき方向に進んでいるのだという確信が持てた。ありがとう、現代の魔女よ」


 「…………」


 「だから、これは手向けたむけとして取っておけ。魔術を志す者ならば、良い冥土の土産となるじゃろう」

 

 ゴーン、ゴーン、ゴーン……

 鳴り響く鐘の音。


 チクタク、チクタク、チクタク……

 刻まれる時計の音。


 キリキリ、キリキリ、キリキリ……

 回る、廻る、三本の針。


 「……何もこのデザインは単なる装飾というわけではない」


 「…………」


 何かが始まる予感……そして何かが終わる予言のような空気に、メイリーンは膝立ちのままではあるが、顔を上げて幼女の言葉に耳を傾ける。


 その素直さは、自分がもう助からないと悟った諦観と、純粋に一魔術師としての好奇心からくるものであった。


 「二重構造と言ったじゃろ?時計が象徴するは『時間』、鐘が象徴するは『境界』。つまりはある時間軸におけるココからココまでを線引いて切り取るという、どちらかが欠けても成立しない、比翼連理ひよくれんりの魔術なんじゃ」


 「時間の切り取り……そう……だから、あなた、死ななかったのね?」


 ふぅ、と零れるメイリーンの溜息。


 「いえ、正確には死んだのかしら。そして死んでから、死ぬ前の時間軸にいる自分を切り取ってきて今の時間軸に上書き……ノックスのジジィの≪スワンプマン≫どころの話じゃないわね。なんてとんでもないの。……もうそれは、リリラ=リリス=リリラルルの残した『魔法』を越える新しい何かじゃない」


 「さすがに物分かりが言いのぉ。小気味よいわい」


 「ふん、嫌味にしか聞こえないわ」


 「だって嫌味じゃからな。そう聞こえてもらわんと困る」


 「……そう……性格の悪さでも私はあなたに負けていたのね、お嬢ちゃん」


 「≪稀代の性悪≫の異名は、まだ譲ってやるわけにはいかんのじゃよ。にょっほっほ」


 「……それって、どういう……」


 ゴーン、ゴーン、ゴーン……

 鳴り響く鐘の音。


 チクタク、チクタク、チクタク……

 刻まれる時計の音。


 キリキリ、キリキリ、キリキリ……

 回る、廻る、三本の針。


 「で、じゃ。この『魔眼まがん』にはもう一つ大きな役目があってな?」


 「役目?」


 「うむ。我としてはむしろ、こちらの方を目的として瞳に埋め込んだのじゃが、後から色々と使い方を思いついてな」


 「……わからないわ」


 「我のこの体、実は魔力の生成がビタ一文できないんじゃよ」


 「魔力が……作れない??」


 「何せ今の我、過去に生き、もうとっくに死んでしまった、とある女が焼き付けた記録の再生……言ってみれば残影でしかないのじゃ。だからすっかり、魔術を放つよりも借り物の力である召喚サモンに頼るクセがついてしまったわい」


 「……わからないわね。あなたは生ける死者とでも言うのかしら?」


 「生者でも死者でも、まして亡者でもない。……単なる影。未練ではなく、ただ一つの約束の為に現代に投射された『現象』じゃ」


 「現象……人間や生き物はおろか、物体ですらないということ?」


 「うーむ、ま、とりあえずはその認識で良いかの。現界してから数か月、実際、自分でも我が一体何者なのか、未だハッキリとはせんからのぉ」


 「……なに?冥土の土産はその謎かけでいいのかしら?」


 「そうじゃな。あの世で暇つぶしがてらにでも考えておいてくれるかの?」


 「いやよ、なんでこの私が他人の存在意義に答えを出してあげなくちゃならないのよ」


 「じゃな。我だって泣いて頼まれても嫌じゃわい」

 

 ニタリ……


 現代の魔女と、創世の魔女。


 二人の性格破綻者が、それぞれに意地の悪い笑みを浮かべる。


 互いが互いを認め合うような微笑ましさはまるでない。


 それは最後の最後まで……。


 己の方が優れているのだと決して譲ろうとはしない。


 傲慢で不遜で、他者のことなど絶対に顧みない、歪んでいても強く気高い女同士の鍔迫り合いだった。


 「……さて行くか、現代の魔女よ?」


 「……そう。……うん、いいわ」


 ゴーン、ゴーン、ゴーン……

 鳴り響く鐘の音。


 チクタク、チクタク、チクタク……

 刻まれる時計の音。


 キリキリ、キリキリ、キリキリ……

 回る、廻る、三本の針。


 「魔力を練れない我が魔術を行使するには、パスを繋いだマスターから魔力を提供してもらう必要がある。……しかし、かのオノコもまた絶賛激しい戦闘中で、むしろこちらの蓄えすらも持っていかんとするほどの勢いじゃ。ま、これだけ激しく求められるのはオナゴとして嬉しい限りじゃがな」


 「……マスター?」


 「なので魔力を自力で確保するしかない。ではどうしよう……」


 メイリーンの問いかけには応えず、黒衣の幼女は滔々と言葉を続ける。


 「そんな風にここまで歩いてくる道中に5秒くらい悩んだ末、我が導き出した答え。……『そっか。魔力がないなら持ってくればいいじゃない』、じゃ」

 


 ドゴゴゴゴゴォォォォォォォォォンンンン!!!!



 「っつ!!!!」


 その瞬間、メイリーンの目に写ったのは、火柱のように幼女の体から天高く立ち込める魔力の柱。


 それは大気中の魔素でも、目の前の小さな体で作られた魔力でもない。


 これは幼女の言葉の通りであるならば、まさしくどこからか『持ってきた』という表現が相応しい、あまりにも唐突な魔力の奔流であった。


 「な、なんて魔力量なの……違う……驚くところはそこじゃない。この魔力の質の高さは何?ほとんど魔素の形をそのまま残しているのに、何の不純物も入らない透き通った純度と精度……それに……」


 チクタク、チクタク……

  ゴーン、ゴーン、ゴーン……


 それは、世界の浸食。

  それは、時計と鐘と黒みがかった赤の容赦のない侵略。

 

 何か、魔術を唱えたわけではないだろう。

  何かの意図を持ってそれが展開されたわけではないのだろう。

 

 ただ、彼女は魔力を解放しただけ。

  ただ、魔力をこちら側に『持ってきた』だけ。

 

 ただそれだけのことで、ラクロナ皇帝が座する玉座の間が……。


 いや、おそらくはこの≪幻世界とこよ≫という世界の一部そのものが……。


 幼女の描いたイメージ……この数も形も役割も無際限に拡がり続ける、時計と鐘と赤の世界に侵されていく。


 チクタク、チクタク……

  ゴーン、ゴーン、ゴーン……


 「魔力の解放だけでこの世の在り方にまで干渉って……こんなの魔術とか魔法ですらない……もはや新しい世界の創造じゃない……ははは……」


 乾いた笑いしか零せないメイリーン。


 元からすっかり心が折れてしまい、反抗や逃亡の意思もとっくに潰えてはいたが、最後の最後に見せられたこの奇跡を越えた奇跡の業に、生きるという本能が生きながらに完全に萎えしぼんでしまった。


 「……華やかで豪勢だけれど……なんて孤独な世界……」


 「素敵じゃろ?≪創世の魔女≫の面目躍如というやつかのぉ」


 「≪創世の魔女≫?……時間の切り取り……≪稀代の性悪≫……記録、残影……っつ!!まさか、あなた!?」


 「しかし、ざっと二千年前から引っ張ってきたわけじゃが……やっぱり自分の魔力じゃな。すんなりと馴染むわい」


 「……そっか……」



 ――最初から、こんなバケモノ相手に、勝てるはずなんてなかったか……



 「光栄じゃろ?引導を渡してくれる相手が、たとえ影であっても我であることが?」


 「……ふん、さっさと殺りなさい、


 「口が減らないのぉ、


 スッと自分の眉間目掛けて差し出される指先。


 スッと真っすぐに自分を捉える禍々しい赤い瞳。


 光栄ですって?


 ふざけるんじゃないわよ。


 何だって私がチンケな場所で、愛しいあの人の傍でもないところで死ななくちゃならない。


 まったく、忌々しい。

  まったくもって、憎たらしい女。


 ああ、デレク様、申し訳ありません。

  ああ、ごめんなさい、こんな下らない世界の中で唯一正しかった私の光。


 どうやら、メイリーンはここまでです。


 貴方だけが満たしてくれたこの心。

  貴方だけが潤してくれたこの渇き。


 この年増幼女が、すっかり埋めてしまったようです。


 ああ、忌々しい。

  ああ、ああ、憎らしい。


 なんて私好みの静かな世界……。

  なんて私好みの……美しい世界……。



 「BANGバン


 確かに、冥土に持っていくには十分すぎるお土産ね……。

 


 ヒュン……



 なんてことのない、ただの魔力を固めただけの静かな一撃。


 「……(パタン)……」


 華やかかつ艶やかな容姿で世の男共を魅了し続けた現代の魔女と。


 「お主の流星の魔術……無骨な鉱石ではなく、宝石たるダイヤモンドの輝きを持ってきたその意地と女心、我は確かに汲み取ったぞ、お嬢ちゃん」


 可憐な容姿とは裏腹に、見る者すべてを恐怖に震撼させるほどの絶大な魔力を得たはずの伝説の魔女との饗宴は……。


 このように、盛大でド派手な魔術合戦にはならず。


 最後まで無彩色。


 最後まで一方的な展開のままで幕を閉じた。


 しかし、当人たちはそこそこ満足気。


 ……少なくとも。


 「…………」


 初めから終わりまで敗者であり続けた現代の魔女の死に顔は。


 たとえ敗北を期しても。

  たとえ愛する男に振り向いてもらえず仕舞いでも。


 とても晴れやかに、生来の性格の悪さなど一かけらも見受けられない……。



 地味ではあるけれど、少女のような愛らしい笑みを浮かべていた。

 


           ☆★☆★☆



 「……で?」


 膨大な魔力の渦と赤黒い世界が引いた玉座。


 クルリと身を翻しながら、リリラ=リリスは誰かに問う。


 「終わったぞ。そろそろ出てきてもいいんじゃないかのぉ?」


 視線は玉座の間の入り口。


 問いかけはそこに佇む人物。


 口調に含まれる幾ばくかの棘もまた、その扉の前に立っている若い男に向かって投げかけられていた。


 「あーいつからバレていましたか?」


 「もちろん初めから。初めとは、我が『光玉宮ここ』に踏み込んだその瞬間からじゃよ」


 「いやはや、まいったな、これは……」


 そうきまり悪そうに頭を掻きながら玉座の間へと入ってくる男。


 どこかの国のバカ王子のように、無駄にキラキラとした男。


 しかし、そのキラキラ具合に、本物の煌めきを見出せる男。


 「お主はなんじゃ、イケメンよ?」


 「はい、お初にお目にかかります……」


 堂に入った雅やかな態度で静かに頭を垂れる男。


 ただそれだけのことで多くの婦女子が嘆息するであろう優美な所作の男。


 「私はジェラルス=オリヴィエオ=ラクロナ。ラクロナ帝国の君主であり、現在『革命の七人』によって拘束されている皇帝ラクロナ二十一世の息子の一人です」

 

 まるで御伽噺に出てくるような王子様は、まるで寓話の中に出てくるような悪い悪い魔女に向かって……。



 そう、ニッコリと大きく笑ってみせる。


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