帝都組~ ウィッチズ・パーティー(前) ~

 「うふふふ♡♡」


 ラクロナ帝国の最奥にして、紛うことなくラクロナ大陸の政の最中心である『光玉宮こうぎょくきゅう』。


 「…………」


 さらにその中でも最も尊く、最も厳かで、警備などの物理的な面でも、畏れ多過ぎるという精神的な面でも、最も一般人から遠い場所に位置する絶対不可侵の玉座の間に。


 「うふふぅ♡♡ほほほぉ♡♡おほほほほぉぉぉ♡♡」


 そんな場所には全く似つかわしくない、下卑た笑い声が高らかに響き渡り。


 「…………」


 どんな場所にでも相応しくない、無垢な幼女の串刺しという凄惨な絵面が広がっていた。




 「イイわ♡イイわぁ♡本当にイイざまだわぁ♡♡♡」


 兎にも角にもというか、取りも直さずというか。


 ともあれ、メイリーン・サザンクライの性格は破綻している。


 何を置いても置かなくても。

  どれだけ言葉を選んでお為ごかし、どれほど取り繕ってぼかしてみても。


 この厭らしい顔で卑しい笑い声を上げる女の魂は、もうこれでもかというくらいに壊れ、何よりも穢れていた。


 「貴女なのよね、お嬢ちゃん?畏れ多くもデレク様に『ラ・ウールの小さな魔女を侮るな』と言わしめた女は?」


 モッサリとした明るい茶色の髪は、ねじ曲がった性根が滲み出たようにウェーブがかかり。


 ムッチリと豊満な肉体は、その内側に隠された自尊心の強さもそのままに主張が激しく。


 加虐的な方向に振りきれた嗜好は、切れたナイフの鋭利さというよりも、切れずに何度も何度も刃を入れては相手を苦悶に狂わせるように粘着質。


 手玉に取った男は数知れず。

  タマを絞られ、落とされ、潰された男は幾数多。


 同性には大体、心の底から嫌悪されるか、底冷えするほど恐怖におののかれるかのどちらか二択。


 当の本人はといえば、嫌われようが好かれようが十割の割合で一択のみ。


 この世に存在する自分以外の女は、老若も美醜も生死も問わずにすべてがただの敵でしかなかった。


 「うふふ♡デレク様の寵愛をかっさらう不届きな売女には、こんな串刺しになったブサイクな最期がお似合いよぉ♡せっかく体中に穴を増やしてあげたのだから、淫売は淫売らしく、幼女趣味の変態どもに存分に突っ込んでもらいなさいな♡」


 執着的なことヘビのごとし。

  悪辣非道なこと悪魔のごとし。


 東に自分を悪く言った者があれば、心が病むまで追い詰め続け。

 

 西に疲れた部下があれば、体が壊れてもまだ追加の仕事を押し付けた。


 もちろん人望など有りようもないし、己の全部を捧げて味方してくれる者もいない。


 それでも彼女に惹きつけられてしまう人間が驚くほどに多いこともまた確かだ。


 それは、性別を問わず劣情をいちいち刺激してやまない媚薬のような甘ったるい声のせいであり、見るもの聞くもの嗅ぐもの触れるものを麻薬のように夢心地にさせてしまう所作や言動の艶美さのせいであり、もっと単純に外見の肌色率の高さのせいである。


 負の感情を持つ者でさえも魅入し、『精』も『性』も『生』すらも吸い尽くしてしまうその在り方は、さしずめ貪欲で勤勉な淫魔のそれ。


 「それにね、私が何よりも許せないのは……」


 そこに帝国軍の定める魔術師の階級において最高位である≪S級≫の称号を得るほど豊富な魔術の知識や特出した力量・技量も絡め、この色々と各方面にイカレた女について一言に集約して表すならば……。


 「私以外の女を、デレク様が最大限の敬意を込めて『魔女』と表現したことよ」


 そう、メイリーン・サザンクライは、華々しくも禍々しい多くの伝説が語り継がれる一人の悪女……≪創世の七人≫にして≪稀代の性悪≫、リリラ=リリス=リリラルルの再来との呼び声も高い、いわゆる『魔女』であった。

 



 「うふふ♡うふふ♡…………はぁ~あ……」


 ピタリと高笑いを止めて急激に声のトーンを落とすメイリーン。


 ラクロナ帝国、ひいてはラクロナ大陸の頂点に君臨するものだけが座することを許される玉座にはばかることなく腰掛ける様子は相変わらず不遜であったが、スラリと伸びた肉感的な足を緩慢に組み換える仕草は露骨に気だるげだった。


 このような気分屋というか躁鬱の差が激しいところは、彼女の精神の不安定さを顕著に示すものなのだろう。


 「……それにしても、拍子抜けだったわ」


 「…………」


 「反撃も防御もなく、まさかたったの一発であっさり死んでしまうだなんて。一体、デレク様は貴女のどこをあれほど警戒していたのかしら。ねぇ、お嬢ちゃん??」


 「…………」


 そんなメイリーンの問いかけに、黒衣の幼女は応えない。


 いや、応えられないと言った方が正しいだろう。


 何せ、幼女は死んでいる。


 兎にも角にも、取りも直さず、何を置いても、死んでいる。


 「…………」


 まるで植物のように床から生え出でた、鈍い縞模様の杭。


 その無数に伸びた細く鋭い杭は幼女の柔らかな肉を突き破り、トロリとした血液を纏わりつかせながらも、やはり無機質に尖り続けている。


 これはメイリーンが発現させた土属性の魔術≪マイン・アゲート≫。


 『地雷マイン』の名の通りに設置型。


 『瑪瑙アゲート』と称する通りに灰や黒などの暗色を中心とした色彩が複雑に絡み合う縞模様の瑪瑙めのう石。


 本来は、あらかじめ地面に展開された魔術陣を踏んだ者にしか効果を及ぼさないトラップであり、数を多く設置することで敵を足止めないし苛立たせて隙を作るというのが主な目的な低級魔術である。


 しかし、広いラクロナ大陸にあって、現在6人しか帝国が認定していない≪S級≫号の魔術師であるメイリーン・サザンクライの手にかかれば、術のランクなど意味をなさない。


 罠である性質上、相手が陣に足を踏み入れなければいけないというその受動性は、足元であろうが空中であろうが座標指定さえすればどこにでも発動可能な能動的なものへと変わり。


 瑪瑙めのう石という宝石が持つ幾何学的な模様の美しさもそのままに、硬度も密度も鍛えられた鋼のごとく研ぎ澄まされて、威力は絶大。


 殺傷力についていえば、現に黒衣の幼女の小さな命を無残に散らしている様を見れば、もはや言葉にする必要もない。


 魔術とは、突き詰めればイメージの具象化と具現化。


 そのイメージ力の豊富さと、素材であり燃料でもある魔力量の多さによって、魔術ランクという先人たちの定めた枠組みを簡単に突き破ることができる……。


 だからこその≪SPECIALS級≫だと言えるだろう。


 「……つまらないわね(クイッ)」


 そんな呟きよりもまだ退屈そうに、メイリーンは前方に指をかざす。


 するとパリンという破砕音を響かせ、展開された瑪瑙めのうの杭が、欠片も残さずに霧散する。


 「……(ドチャ)」


 当然、支えを失った幼女の体は自重によって床へと落ち、自身から溢れ出た血だまりの中へとうつぶせのまま沈む。


 年端もいかない子供が体中から血を流して絶命したという事実だけを投げかける残酷な絵面。


 しかし、なんとも美しくて官能的な絵面。


 闇よりも深く、深淵よりも暗く、真夏の夜よりも長い黒髪が、瑞々しい鮮血の上に翼を開いたようにブワリと大きく広がる。


 それはまるで傾国の美女が、紅色の薔薇の花弁を散りばめたベッドの上で、夜な夜な忍ぶようにテラスから侵入してくる夜伽の相手を今か今かと待ち焦がれているうちに少しだけ眠ってしまったという風な、清廉さと淫靡さ、あどけなさと耽美さを同時に内包した御伽噺の一コマのようであった。


 「ちっ……」


 その構図をほんの一瞬、不覚にも綺麗だと思ってしまったメイリーンは、妬ましさと苛立ちとがい交ぜになった感情を、舌打ちによって吐き出す。


 「ホント、生意気。ガキのくせに一丁前に色気なんて出しちゃって。そんな薄っぺらい身体で女気取ってんじゃないわよ……」


 「……(ズズズズズ)」


 そう言ってメイリーンがまたやおら指を伸ばし、手招きでもするようにクイクイッとすると、物言わぬ幼女の死体は、床を滑りながら玉座の前までやって来る。


 「あ~あ、つまらない、つまらない。……なんでこの私がこんな退屈な場所でこんなガキの相手をしなくちゃならなかったのかしら」


 腰掛けた玉座の上から、メイリーンはその死体を見下す。


 それは純粋に段差によって発生した高低の差だけではなく、もっと概念的……というよりも単純に感情的な側面に偏った冷たい嘲りの視線だった。


 「まぁ、単独でこの玉座の間まで辿り着いたからにはそれなりの実力を持っていたんでしょうね。……なにせ外でワーワーと騒いでいる有象無象の雑兵と違って、私自ら精神を虜にして操った帝国軍の精鋭・隊長クラスの警備網をかいくぐってきたんですもの」


 「…………」


 「真っ向から退けたのか、コソコソと逃げ回ってきたのか……別にどちらでもいいのだけれど、ともかく私の前までやってきて、私の手を煩わせ、私の気持ちを不快にさせたところは大いに反省してもらわないと。……ねぇ、聞いている、お嬢ちゃん??」


 「…………」


 「聞いているのかって聞いているのよ?この私が……至高の存在たるデレク・カッサンドラ様の片腕にして、その愛情を一身に受けるパートナーであるメイリーン・サザンクライが謝れと命令しているのよ?」


 「…………」


 「ねぇ?ほら?ごめんなさいって言いなさいよ。泣きながら許しを請いなさいよ。こうべを垂れ、足を舐め、這いつくばって私にひれ伏しなさよ。ねぇ?ねぇ?ねぇぇぇ!?」


 ザク、ザク、ザク……

 

 語気が強まると同時、新たに中空から発現した≪マイン・アゲート≫が、幼女の死体の上に降り注ぐ。

 

 「あぁイライラする。なんで私はここにいるの?なんでデレク様が傍にいないの?なんでネクラスがデレク様のところにいるの?なんで?なんで?ねぇ、なんで??」


 ザク、ザク、ザク、ザク……


 一本、二本、三本、四本……縞模様の石杭が降り注ぐ。

 

 「ねぇ?ねぇ?教えてくれないかしら、お嬢ちゃん?なに?何故?なんで??副官だかなんだか知らないけれど、私じゃない女が……美貌も魔術も私よりも圧倒的に劣るあの根暗女が、どうしていつだってデレク様の横にいるの?ねぇ?どうして?どうしてなの?」


 ザク、ザク、ザク、ザク……


 五本、六本、七本、八本……ただ八つ当たりの為だけの石杭が、幼女を床へと縫い付ける。


 「ラ・ウールとの戦争?『シルヴァリナ』?何よそれ?誰よそれ?……なんで私がそんな面倒臭くて胡散臭い茶番に付き合わなくちゃいけないの?本当にデレク様が革命を起こしたいって言うなら、彼の悲願を達成したいって言うのなら、さっさとこの『光玉宮こうぎょくきゅう』を吹き飛ばして、皇帝でもなんでもブチ殺してやればいいじゃない。それをこんなに回りくどいことして……アイツね?あの根暗女ね?きっとアイツがデレク様を唆したに違いないわ。ええ、そう。きっとそう。……私と彼を引きはがす為に、ただそれだけの為にわざわざこんな大仰なことして……戦争が終わるまで誰一人として『VIBRIO』の奥に近づけるなとか訳のわからない命令を出させて私を隔離して……ああ、なんて陰湿!!なんて陰険な手を使うのかしら、あのイモ女!!!!」


 ザクザクザクザクゥゥゥゥ!!!

  ザクザクザクザクゥゥゥゥ!!!


 もはやどこにも狙いを定められず、無秩序に部屋中の至る所を刺し貫く石杭。


 ≪S級≫魔術師としての品格や精緻な術の冴えなど見る影もなく、不満の感情をダダ漏らすままに魔術を暴走させるメイリーンによって、ラクロナ帝国の栄華、その象徴の中の象徴である玉座の間が、破壊されていく。


 「そうね!そうよ!そうなのよ!!このまま全部壊しちゃえばいいのよ!!デレク様のご意志でない、根暗イモ女の卑劣な計略なら、私があんな命令を守る必要なんてないじゃない!!そうそう!そうよ!そうだわ!そうなんだわ!!戦争も革命も皇帝も『シルヴァリナ』も『VIBRIO』も知ったこっちゃないわ!!全部……もう全部全部壊してしまえば、私はあの人のところに帰れるじゃないの!!」


 ザクザクザクザクゥゥゥゥ!!!

  ザクザクザクザクゥゥゥゥ!!!

   ザクザクザクザクゥゥゥゥ!!!


 「ああぁ、待っていてくださいデレク様♡ああ、ああああ、愛しい愛しいデレク様♡♡さっさとココを潰して壊して、ネクラスとかいうイモクサビッチも殺して殺して殺しまくって、貴方の傍にメイリーンが参ります♡♡♡その逞しい胸板に飛び込んで、その雄々しいイチモツで刺し突かれに参りますぅぅぅ♡♡♡」



  ――絵に描いたようなメンヘラちゃんじゃのぉ。



 「っっっっ!!!!」


 唐突に右の耳の傍で囁かれた言葉に、メイリーンはゾワリと背筋を凍らせる。


 その冷たさは魔術の発動はおろか、声のする方を見てしまうという反射的な動作でさえも怠らせ、彼女の体はピタリと膠着してしまう。

 

 

 ――絵は絵でも、今日日、薄い本くらいにしか許されないほどのイカレっぷりじゃがな。

 


 「っ!!」


 二言目にして、ようやくメイリーンはガバリと首を右に振る。

 ……しかし、そこには誰もいない。



 ――もしかして、お主の名前、シャンディちゃんとか言わんかのぉ?



 「こ、のぉぉ!!」


 今度は左の耳に聞こえる声。

 当然そちらに振り向くが、こちらにもやはり、誰もいない。

 


 ――ほれほれ、こっちじゃ、こっちじゃ。



 右……いない。



 ――違う違う。こっちじゃよ、こっち。



 左……いない。



 ――こっちこっち。にょほほほほぉぉ~~♪♪。



 下……下?

 ガクンと首がこぼれ落ちそうなほどの勢いで足元を見る。

 ……もちろん、いない。


 「っっつ!!」

 

 メイリーンは苛立つ。


 しかし、それ以上に恐怖する。


 正体がわからないもの、目に見えないもの。


 そんなものに今更、恐れを抱くメイリーン・サザンクライではない。


 そもそも恐怖など他人に与えるばかりで、生まれてこの方、彼女自身は一度も感じたことがない。


 それは生来からの歪んだ性格のせいとも言えるし、恐れを跳ねのけるだけの持って生まれた各種高性能具合のせいなのかもしれない。


 もしも似たような感情に囚われた経験があるとすれば、まだラクロナ帝国軍に籍を置き、不真面目でも一応は軍人として退屈な毎日を送っていた頃、初めてデレク・カッサンドラという正義に眩んだ男と作戦行動を共にした時に感じ、それ以降も大事に胸に抱き続けている崇敬と情愛を伴った『畏怖』くらいなものだろうか。


 その心のあまりの強さを畏れた。

  その肝の驚くほどの太さを怖れた。


 そのたとえ世間的には悪徳とされるほどの容赦のなさを、ただの正義の一言だけで塗りつぶしてしまう眩いばかりの輝きに震えた。


 当時から既に『魔女』として名を馳せていた女はその瞬間、あらゆる『オソレ』を越え、ウブな乙女のように恋をした。


 豊満な胸にも、くびれた腰にも、肉付きの良い尻にも見向きもせず。


 同時に性格の悪さを己で自覚していながら直そうともしないほどにイビツな内面にも興味がない。


 自分に言い寄ってくる中身も外見もペラペラな下らない男共とはまるで違う。


 あるいは常人であれば彼の行き過ぎた『正義』にたじろいでしまっていただろう。


 しかし、彼女はそれを甘ったるい恋慕で上書きし、蓋をしてしまったのだ。


 ……だから、知らなかった。


 「こ、のぉぉぉぉぉ!!!」


 言い知れぬ不安に囚われる焦り。


 生存本能が警鐘としてかき鳴らした冷や汗。


 死神の熱のない手の平に撫でられる感触。


 辺りを見渡してナニかの姿を必死で探させている感情。


 「誰よっ!?誰なのよっ!?」


 そんな、誰もが通っては乗り越えてきた、恐怖というものを。



 メイリーン・サザンクライは、今の今まで知らなかった。



 「この私をおちょくって!!アンタは一体、何なのよ!!??」


 「何ってそれは……」


 今度の声は真正面。


 左右に前後にと目線をあちこち回している最中。


 そのナニかは、当たり前のようにメイリーンの前に立っていた。


 「なっ!?」


 黒い髪、黒い瞳、黒いドレス、黒い日傘。


 「お主が殺した女じゃよ」


 そして、真っ黒な腹の内をそのまま形にしたような黒々とした笑みを浮かべる……。


 凄惨な死を迎えたはずの『魔女』がそこに立っていた。

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